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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
二章 自警団
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3-3 渦巻くなにか

 リカルドらは全員無事、オプ・スナと出会ってしまったパーティは、リーダに引きずられていた男性が亡くなったが、そのほかの三人は命に別状はないとのことだった。


「一緒に行動する予定のメンバは?」


 リカルドに聞いた。彼は左腕についたギプスを恨めしそうに見つめていた。


「その者らが、オプ・スナを呼び寄せた」口惜くやしそうに言う。「Bクラスの手伝いだった。内容は、シシくんならわかっていると思う。奴らは全員、<ホロウ>だったよ」


 その言葉に、ぼくは衝撃を受けた。足元が急におぼつかない感覚だ。椅子に座っているはずなのに、ふらふらする。


 この報告は、すぐにアルフレッド教官らの耳に入った。そして、彼らも衝撃を受けていると同時に、それらしき兆候を見たことがあると言った。


 大きなショックを受けたものの、ぼくは別のところが気になっていた。


 実際のところ、ぼくら自警団の中に<レッド・ホロウ>が紛れ込んでいても、驚きはするが不思議ではない。反王族という奴らの主張に関しては、この自警団の理念とはほぼほぼ無関係であるからだ。教官陣もそう考えていたのだろう。報告時の彼らの嘆息はそういうものだった。この自警団と言う集団は、第一にこの村の人々を守ることを優先する。アラム王国の援助を受けているとはいえ、その事が引っかかっていないのであれば、紛れ込むことはたやすい。


 ぼくの関心は、オプ・スナに記憶の継承が見られたことについて、考えている。


 モンスターが倒される、つまり核を破壊されると、魔力をその形につなぎ留め続けることができず、霧散するかたちで消滅する。


 その際、それはいわゆる死と同様に、その個体の消滅を意味する。


 死ぬと、その個体は終わる。それは誰も彼もが同じで、何かを遺すかと言えば、モンスターはドロップ物であり、人であれば遺産だとか、他者の記憶とかそういったものが残る。


 しかし、あのオプ・スナは、ネロのことと、リンネさんのことを覚えていた。自分が倒されたことも自覚していた。これは、いわば死者が蘇ったというに等しい。出現した場所も、以前と同じ場所だったと、ギルドの記録と照合して判明している。ただ、記憶の継承が場所で起きるのなら、他のモンスターもそうでなくてはならない。


 いや、そうなのかもしれない。ただ、記憶の継承が起きるように、同じ位置で凝固する個体など、日に生まれるモンスターたちの総数に比べれば、何万、何十万分の一といってもいいくらいだろう。


(それが、特異種、もしくは変異種の発生条件だったりして)


 可能性は捨てられない。検証は狙ってできるようなものではないが、実際、アイツはオプ・スナとしての特異種、もしくは変異種に該当するのだろう。能力は記憶の継承だ。


 ぼくは、ハッと我に返る。


 ということに、<レッド・ホロウ>はこの可能性をすでに知っていたことになる。


(もしや、モスナもその所為で……?)


 この時点では、ぼくはモスナ公国のことをあまり知らない。ただ、王族と貴族。権力の強いもの同士というものは、得てして磁石のような性質を持つ。引き合ってつながるか、半永久的に反発するか。性質を失う条件もあると聞くが、それは互いがとんでもなく高い温度で燃やされたときくらいか、或いは物理法則云々がまったく乱れてしまったときくらいだろう。魔法がある世界で物理法則もへったくれもないものだが、少なくとも、リンゴは木から落ちる世界だ。がれきは、浮いているが。


 ともかく、モスナ公国においては、公都の封鎖は<レッド・ホロウ>による工作である可能性は高い。では、何のために。


 それを断定、或いは推測する材料は足りていない。少なくとも、リドの村で起こしたこととは、別の目的だろう。もしくは、モスナ公国での実験の検証か。

 ふと気づく。これは、西大陸のあの事と連動しているのではないだろうか。


「シシ」


 顔を上げると、アルフレッド教官が立っている。彼のしわの刻まれた、厳つい髭面はいつ見ても圧倒される。そこから敬礼という動作を自動的に行えるようになるまで、わりかし時間がかかったような気がする。


 彼のあとを歩け、とのことだったので、ぼくはそれに従った。


「ご苦労だった」教官は言った。「一人は残念だったが、それ以上の被害を増やさずに済んだのは、おまえたちのお陰だ」

「それを言うのであれば、自分ではなく、リカルドらに言うべきでしょう」


「リカルドも同じことを言ったぞ。では、おれは誰に礼を言えばいい?」

「ネロ、というのはどうです?」

「あいつか」


 会議室の前。教官は立ち止まってぼくに振り返る。


「あいつには、この髭を剃られたことがある」


 教官は笑って、ドアを開ける。


 ここは、グラーファ隊長ら、リンネさんと会った場所だ。久しぶりに足を運んだ気がする。あの時から、ずっとここを無意識に遠ざけていたのだろう。記憶の中の会議室と、小物の位置が変化している。


 会議室には、フェンデルとアリア、ネロ、リカルドと、バダラグ教官が居た。ぼくは教官らの対面に座った。


「すまねぇ、シシ」フェンデルはぼくの腕をつかむ。「あんなにブルっちまって、情けねぇ」

「話を聞くだけでも悍ましい見た目してるんだろ、仕方ないって」

「ざまあない、と笑いたいところだが、おれたちもブルブル震えてしまったよ」


 リカルドは目線を落とす。


「トップがこの有様じゃあ、安心して眠れませんよ」


 ネロが嫌味で言ったその言葉は、この四人に深く刺さってしまった。だが、それも事実だ。ぼくらは何のためにいるのか、訓練しているのか。それは決して、トモダチごっこをするためではないのだ。


「その点に関しては、二人に感謝しなくてはならない」


 バダラグ教官はぼくとネロを見た。ぎゅっと、ネロの手がぼくの腕にとりついた。


「オプ・スナに対峙できたのは、ネロとシシ、そして十二隊の彼女だけだ」

「ぼくだけ、格落ちが過ぎますね」

「卑下するな」アルフレッド教官は食い気味に、弱音を掻き消した。「お前は奴と渡り合ったのだ」


 ぼくは口をつぐんだ。これ以上は何も言うことはなかった。

 バダラグ教官は机に手をおき、指を組んだ。これは彼の癖だ、話がある、という仕草だ。


「手短に話す」


 咳払い。アルフレッド教官が窓の外を見ている。


「つい先ほど、学校長のカーサラがアラム王国に呼び戻された」


 空気がざわつく。いや、誰も声を出して何かを言ったのではないし、動いてもいない。だが、震えた。緊張の糸が、思考が乱れたのだ。


 カーサラさんがアラム王国、つまりはあのエッダ王の下でどのような事をしていたかは、以前にも話された通りだ。それらしいことも、あのエッダ王と謁見した際に聞かされたから、他の三人も察しているだろう。


 彼が呼び戻された理由。それは、情報を得るためだ。カーサラさんは、ハプトを使役することができる。自在に言葉を交わすことができるらしい。ハプトはフリュークでは珍しくもなんともない魔物だ。だから、情報を取るにはこれ以上ないくらい適任だろう。


 何の情報が欲しいのか。


 モスナ公国の公都の件だろうか。


 それとも。


 ぼくはしばらく、新聞の切り抜きを作っていないことを思い出した。


「それをわたしたちに」ネロが言った。「この限られた人数に知らせて、何の意味があるのです」


「一つは無用な混乱を抑えたい」


 バダラグ教官に続いて、アルフレッド教官は、窓の外に目をやったまま言う。


「もう一つは、ここに居るのが、この村トップの戦力だからだ。大半が子どもなのが、如何ともしがたい」

「年齢は関係ありません」


 一番強く、そして一番年下のネロが言うんだから、それには説得力が必然的に伴う。しかし、それはあくまでも、技量についてである。


 生存競争。その段階にまで来ているのか。

 生き残るのは、「相手」か、「われわれ」か。


「リドの村の避難手順は覚えているな」


 バダラグ教官の言葉に、ぼくら五人は頷く。

 魔物或いは外敵による襲撃が予見される、若しくはできた場合、リドの村は「放棄」される。その時点で村に居る非戦闘員は、キダラによってセント・ヴァイシュの森まで輸送される。森籠り訓練は、避難場所に最適な場所を見つけるためのものだった。


 自警団は、その避難までの時間稼ぎを行う。リドの村は壁に囲まれている。自警団の数は、追加募集された訓練生を含めても、足りているとは言い難い。だが、相手は待ってはくれない。


「ここに攻めてくるという確信があるのですか?」


 アリアが聞いた。彼女らしくない声色だ。すると、アルフレッド教官はきっぱりと、ない、と答える。


「だが、何もしないわけにはいかない。雲行きが怪しくなっているのは、おそらく誰もが肌で感じていると思う」


 ギルド前に居た集団。あれが、その良い例だろう。


「騒乱が来る。そう遠くないうちにな」

「キミたちには、そういうものを敏感に感じ取ってほしい。つまり、哨戒任務は手を抜くな、という事だ」


 ぼくら四人はそろった返事をする。その様子を、ネロがじんまりと半目で見ている。

 その日は解散となった。リカルドは二人の様子を見に行くと、足早に去ってしまった。


 雪はすでに止んでいた。村に多少の雪が積もった。だが、雲が青空を隠したままだった。

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