3-2 吹雪く前に
雪まじりの砂埃が舞う中を突撃する。アイツが動き回るたび、木々はへし折れ、道路は陥没し、地面は揺れる。
ぼくらの目の前に現れたのは、かつてネロとリンネが倒したと言う、オプ・スナと名付けられた個体だった。
油のような液体が常に滲出する、木の根だけが集められたかのような表面。へし折った木を武器とするくらいに巨大な体躯と、それを可能にする細かい指。形容するならば、首なし大巨人といったものだ。
そして何より、見る者の正気を失わせる、目玉。
両肩の、腕の付け根あたりに三つの目。そして、胴体の、人に例えるならば、鎖骨のあたりに斜めになった巨大な目。そいつらは不規則に瞬きをする。
それを真正面から見てしまったせいで、フェンデルは震えが止まらなくなった。頭はしっかりと意識を保持しているのだが、武器を持って動くことが出来なくなってしまった。対して、ぼくらは何ともなかった。
あのパーティメンバを助けた人たちというのは、リカルドら三人だった。いや、本当ならば、彼らは他のメンバとも動いている予定だったが、ぼくらが見つけたのは、すでに満身創痍の彼らの姿だけだった。
ぼくらの姿を見て、倒れてしまうリカルドに対して追い打ちをかけるように、巨大な拳が降りかかる。その時、ぼくらはまだキダラの荷台に乗って近づいていた。
どう考えても、間に合わない。そう思って目を閉じてしまった。
しかし、何も起きることは無かった。
気づけば、オプ・スナの両足がなくなっていた。巨体は大きくバランスを崩し、後ろに倒れる。その音を聞く前に、キダラを止めて飛び降り、その場から動けなくなっているフェンデルにリカルドを投げ渡す。ネロはいつの間にか降りており、集まってきている小モンスターを倒していた。
他二人、ポボルとマテウスの負傷も深く、フェンデルに彼らを任せた。
キダラの足音が遠ざかるころには、オプ・スナの両足はほぼ復活していた。
「おまえ、見たことあるぞ」
腹に響く低音。耳をふさいでも、その声は身体中で受ける。嫌でも声が聞こえてきた。
おまえ、と言うのは、ネロの事である。全ての目が、オプ・スナの足元に居る小さな人を見つめていた。
「わたしは知らない」
「いや、どこかであったことがある」
「雑魚の事なんていちいち憶えていられないのよ」
再び拳が振りかざされる。しかし、拳が最高高度になったところで、肩ごと斬り落とされる。
足元に立つネロの持つ剣が、雪の曇り空の下でも、一際きらめいていた。
彼女の傍に立つ。袋から取り出した武器は、重たくなかった。重さを感じる余裕は無くなっていた。
「とにかく疲弊させます。潰されないように気を付けてください」
「了解」
弾かれるように飛び出す。
残っている腕で掬うような薙ぎ払いがくる。
難なくそれを避ける。ネロはその腕に乗って走る。
足を攻撃してみる。
表面は柔らかい。簡単に傷がつく。
槍を長く持ち、右から左への薙ぎ。
やはり、空気を斬るように抵抗が少ない。
だが、大木のごとく太いものだ、そう簡単にちぎれはしない。
「うっとうしい!!」
足踏みが来る。黒い断面を晒している足を使って。
だが、その攻撃は緩慢もいいところだ。
後ろにステップしてそれを躱す。
地面に付いた足はすでに断面を見せていなかった。
回復力が高い。
疲弊させろ、というのはこういう事か。
槍に魔力を纏わせる。
柄が柔らかな光を漂わせる。穂先が陽炎のように空間を歪ませる。
回転。演武のように。踊るように。
左側に身体を捻る。槍を右に抱えるようにして持つ。
足を使って遠心力をくわえ、
一閃。
空気ごと切断する。
穂先がなぞった道が、カンヴァスに描かれた線のように残る。
オプ・スナの身体がよろめく。
しかし、ただそれだけだった。
口は(頭があれば)首の付け根にあり、ぼくからは見えないが、そいつは明らかに笑った。
こいつは魔法耐性が高い。魔法主体の攻撃だと、傷つかない。
捲るようなアッパーがくる。
実際、地面をえぐりながら迫ってきている。
だが、動きそのものは鈍重だ。
話を聞いていた分、身構え過ぎたのか、ただただしぶとい相手だという感想がしみ出てくる。
落ち着けば、何も怖いことはない。
えぐった地面を投げつけるように腕を振るうが、それだって奴の巨体のサイズ感そのままのスピードだ。方向修正も効きづらいのだろう。
コインを爪で弾くような仕草とともに、火魔法と雷魔法を合わせた火球を飛ばす。
閃光。目くらまし弾だ。それだけ大きな目玉があれば、さぞ眩しいだろう。
「ぬぅぅ!!」
これは予想通り。全ての目玉が瞼を閉じている。
巨体はうなりながらあてずっぽうにあたりを叩いているが、すでにぼくはそこには居ない。
尻を上げた構え。ユキムラ式槍術と我流の魔法を組みこんだ、自分だけの技だ。
落ち着いて狙え。獲物はデカいのだ。
ぐっと腰を据えろ。足で地面を踏み縛れ。
パキュン、と。
ともすれば間抜けに聞こえる発射音。
しかし、放たれた突きは、いとも簡単にデカブツの腕を真っ二つに裂いた。
一発だけでは終わらせない。
時間がゆっくり流れる。雪の結晶すらも見えてしまうかもしれない。
胸にある目玉。
二つに分かれた腕にある目玉。
胴体の真ん中。
狙えるところはすべて撃ちぬいた。
魔力の残滓を振り払うと、吹雪が強まる。
オプ・スナが倒れる。
だが、まだ、核が見えない。
ネロはどこだ。
雪を踏む音。これはぼくの足音ではない。
見れば、すでに真っ黒なネロが横に立っていた。
「何してたの」
ネロが剣を振ると、粘着質な液体がべしゃっと地面に落ちる。それはもぞもぞと蠢き、そして蒸発していった。
「シシさんが気兼ねなく戦えるように、周りを掃除してました」
「掃除って」
「あいつはシシさんなら十分倒せます」
ネロは宙に手を振りかざすと、そこから氷塊が生まれる。
立ち上がろうとしていたオプ・スナの胴体に、とんでもない数の氷の槍が放たれる。
串刺しなんて優しいもんじゃない。
無数の槍がオプ・スナを貫くと、閃いて、爆ぜた。
爆風が木々の枝についた雪を吹き飛ばす。
ぼっこりと、アイツの胴体に大穴があいた。
それでも、核は見つからない。
ぞぞ、ぞぞぞぞ、と、地面が小刻みに揺れる。
大穴がみるみる狭まっていく。大地の魔力を奪っているのか。
ぱちん、と、ネロは指を鳴らす。
再び、宙が閃く。
小規模な爆発が無数に起きた。
それは徐々に互いに巻き込みあい、最終的にはすさまじい爆発になった。
あまりの熱さに、ぼくは防護壁を出した。
ギラリという音が聞こえるくらいに、怪しく光るものが見える。
柄を握りしめる。防護壁を解除する。
すでにネロの姿は隣にない。あるのは地面に残る彼女の足跡だけ。
あの熱風の中を、彼女はゆうゆうと歩いていた。
「思い、だした……。おまえは、あの時の……」
ごぼごぼとしゃべりづらそうに、オプ・スナは胴体を上げようとするが、たった一人の、華奢な足の力だけで、地面に叩きつけられる。
「あの時の一人か……」
それに応えるかのように、ネロは一振りでオプ・スナのコアを破壊する。
直後、その大きな体躯が全て霧散する。爆風にも似たそれは、中身を伴わない空虚なものだった。
「結局、ほとんどネロに持っていかれた」
「雪が強まってきましたから」
にこやかにネロは言った。まるで、散歩を終えてきただけと言わんばかりの笑みだった。




