表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
二章 自警団
23/80

2-3 アラム王国 part3

 地下水路で出会った、あの無数の腕を持つ新種のモンスターは、すぐさまギルド内で情報が募られた。名前は「アノイン」に決定した。その後、さっそく、同種が東検問付近で発生したという報が入り、ぼくたちはキダラに乗って現場に急行した。到着したときには、すでに討伐が完了していた。


 討伐を担当したチームメンバの話によると、影からヒトを生み出すような攻撃はなかった、核は最初から曝していた、など、ぼくとマテウスが出会った奴とはやや異なる特徴だった。また、モンスタードロップはあったか、と聞くと、小さな正八面体の凝固石を見せてくれた。ぼくたちは礼を言って、彼らを見送ったあと、再びギルドに向かった。


 応接室に通されると、そこには燕尾服を着、モノクルを付けた、いかにもベテラン執事といった風貌の男性が居た。口ひげを生やし、歳は五十ほどだろうか、白髪はなく、体格もがっしりしている。ぼくはマテウスとともに、二人でその部屋に入室した。


 彼は、とある貴族の元執事だと言った。元、と言うのは、すでにその貴族は離散し、今はこのアラム王国での王族の下で働いているらしい。


 そして、ギルドに管理を頼んでいた、くだんの髪飾りを震えながら机に置くと、彼は涙を流しつつ、こう言った。


「これは、その一家が離散する原因となった、お嬢様のものなのです」


 少しの間、彼の思い出話を聞いた。貴族と言っても、平均よりも少し下の、地元の有力者程度の、気さくな一家だったと。領民からは慕われ、大きな事件もなく、平穏そのものだったと。

 しかし、ある日、突然、その平穏が破られてしまった。唯一の子ども、その髪飾りがお気に入りだった子どもが消えてしまったからだ。


 彼はしきりにぼくたちに礼をして、少ないながら、と謝礼を出そうとしてきたが、すでに王国側から謝礼は頂いていると、断った。彼はそのまま、住宅地に歩いて行った。


「大丈夫か、シシ」


 マテウスがぼくの顔を覗き込む。


「嫌な、予感がします」

「どういうことだ」


「マテウス、は、聞いたことはありますか」


「敬語でなくてもいい。何を、だ?」


「ヒトがモンスターになってしまう事例を」

「それは……」


 ごくわずかに存在する過去の事件。


 それは病名ではなく、事件。


 半年前の、カーサラさんとネロと、孤児院での勉強中。「われわれ」のようなヒトは、「相手」にもいる、という会話があった。


 それはもとから「相手」側、簡単に言えば他のテルミドールなどと同じく、闇の中で魔力の凝固によって生じたヒト、というわけだ。ぼくは今までモンスターの「ヒト」を目撃したことはないのだが、彼らは確かに存在する。


 それは最初から「相手」側から生まれたヒトである。魔物として生まれたヒトである。

――過去に数例、「われわれ」側から「相手」側になったヒトの実例がある。


 直近でも百年単位で離れている。が、確かな事件としてそれらは「解決」している。どちら側に生まれたにせよ、概念上、対角線の存在である「われわれ」と「相手」、この二つの間で行き来することは、通常、あり得ないことだとされていた。今でも、そう思われている。が、それを揺るがす事件だった。


 言葉を発しなくなった。唐突に暴力性を帯びた。魔物を使役するようになった。そのヒト自身が魔物になった。

 この現象は、「χ(カイ)化」と呼ばれている。


 χ化は、もとはリカルドやポボル、そしてアリアみたいな、魔人や獣人たちが、「相手」側に精神を堕としてしまう現象を呼称していた。彼らは元来、ヒトよりも「相手」側に近いため、確率は非常に低いとは言われているものの、そうなる要因はないわけではなかった。


 しかし、ヒトにおいてはそう考えられていなかった。魔力適正が全般的に低いぼくらは、「相手」側に堕ちるとは思われなかったのだろうか。


 どういった条件がそれを引き起こすかは、彼ら魔人たちを含めても例の少なさから未だ解明されておらず、それを証明するためには、人為的に誰かを「相手」にする必要がある。そのため、人道的観点からの非難の声は少なからず起こる。これらからも、この現象はおそらく今後も解明されることはないだろう。


 だが、そう言った体面を気にしなくてもいいのであれば。

 人為的にχ化を引き起こすことができるかもしれない。

 それが可能な<レッド・ホロウ>は単なる反王族集団ではなくなっている。


 いや、

 最初からそれが狙いだった。

 であれば。


「……!! 王城がまずい!!」


 その他のメンバが「彼女」のようになっている可能性は、切り捨てることはできない。


『みんな!!』

『アリアと王城に居てよかったぜ!! まだ騒ぎになっちゃいない、さっさと来いよ!!』

『われわれも急行中だ、早い者勝ちだぞ』


 マテウスがキダラを連れてくる。王城への入場許可証を首から提げていた。


     *


 すでに夜がどっぷりと空を包んでいる。すでに静まり返ってしまっている工業住宅地区の歩道を、アリアと二人並んで歩いていた。


 王城での「人為的χ化事件」は未遂に終わった。情報収集のために王城で監禁されていた男女一組が確かにχ化らしき兆候を見せたようだが、うまく発動できなかったらしい。ぼくの目撃情報通りに黒い手が出現したが、そのまま頭部を食われてしまったあと、身体のほうが死亡したのか、そのまま自壊、捕食だけが進み、肉片だけが残ったという。


 他の捕虜メンバも同時にそれを行ったが、やはりことごとく失敗したようだ。


 これは、一発逆転を狙ったのか、それとも、われわれに情報を渡さないための自爆だったのか。しかし、王城内にいた研究者たちは鼻息荒く、貴重なデータが取れたと、χ化研究を進めていた。


 今回の遠征による貢献が認められ、ぼくら六人は、現アラム国王への謁見を許された。


「なんというか、めちゃくちゃフランクな人だったね」

「話には聞いていたが、人望がある理由そのものだったな。土下座したら金貸してくれそう」

「流石に、それはないと思うけど」


 そうは言ったが、しかしあり得そうな人だった、とぼくは思う。


 現アラム国王、エッダ王は若かった。若いと言ってもおそらくは五十代ではあるだろうが、国王としては若いと言って差し支えない。


 親衛隊に父と姉がいるフェンデルに対する態度は、歳の離れた友人といった感じだった。フェンデルの昔話をしようとしたところ、付き人に肘うちされて、王座についた時の変わりようは、別人を疑った。なるほど、彼は国王だ、と思わされるような、威厳が溢れていた。


 褒美をもらえるとのことだったが、あらかじめ、リドの村の自警団への依頼で入国しているから、ここに居る六人に対しては必要ない、以前から村に対して援助してもらっているから、今後とも良き関係でありたい、と、フェンデルが溌溂と言った。その時の彼はとてもカッコよかった。


 そのため、ギルド依頼の報酬金へわずかに色付け、という形となった。全くない、ということにはできなかった。あちらにもそう言った事情はあるのだろうから、頑なに拒んでは立場がない、ということだ。


「それで、どんな話をしたんだ?」

「いや、特に」

「ほんとか? なんか貰ったんじゃないの?」


「なにも」ズボンのポケットを引っ張り出す。コインが一枚だけ飛び出し、静かな町にむなしく響いた。「ほら」


「顔パスで王城の女はべらせられるとか」

「そういうのに興味あるのは、六人のうちアリアだけじゃない?」

「シシ、おまえは本当に男か?」

「そういう奴が居てもいいでしょ」


 リカルド、マテウスのことは流石にまだ付き合いが浅いために、深くは知り得ていない。ポボルはネロに執着している。


 フェンデルはというと、本当に恋人がいた。ギルドの受付をやっている魔人の女性だった。


 今、彼がぼくら二人とともに歩いていないのは、彼を恋人とともに実家に届けた後だからだ。彼の母から夕食に誘われたが、久しぶりの団らんを邪魔するのは気が引けたので、ぼくらはそのまま帰ることにした。


「で、何の話をしたんだよ」

「まだ聞きたいの?」

「そりゃ気になるから。シシと王様、何も起きないハズもなく」

「ないない、ないから」


 実際、何もなかった。


 彼の執務室に通されただけ、と言っても過言ではない。てかてかの明らかに高級感を見せる机、様々な国の土産物が飾り付けられ、床は暖かい石でできており、天蓋付きベッドなどなど、なるほど王族らしい部屋だった。執務室なのにベッド? という疑問を横に、ぼくは彼と二言三言、会話を交わした。


 本当に、よくわからなかった。わからない、というのは、彼の人と、その内容だ。


「キミがシシくんか。話は、リンネくんから聞いているよ」

「話って、どんなものでしょう? エッダ王、ご存じかとは思いますが……」

「そう、キミはヨビビトだ。キミも知る()()人物から色々聞いている」


「であれば、ぼくからは何も話すことはありませんが」

「会って、話をしてみたかっただけ。いけないかい?」

「いえ、王がそう望まれるのであれば」

「カタいねぇ。いいよ、楽にして。と言っても、すぐ終わるかもしれないけど」

「はあ」


「キミは自警団に入っている、間違いないかい?」

「間違いありません」

「楽しい?」

「責任は感じております」

「仲間がいるのは、どう?」

「たがいに切磋琢磨する、良いものだと思っております」


「リンネくんが聞いたら、渋い顔をするだろうね」

「そう、ですか」

「わたしも彼女の約束を破っている」

「と、いうと」

「それは言えない。わたしは彼女に、キミは元気だ、という手紙を送るだけだ」

「手紙、ですか」


「わたしは字が汚くてね。付き人の奴によく苦い顔をされるんだ。苦い思いなのか、そういう顔をしないと読めないのか、どっちも良くないがね」


 そこで、ぼくら二人の会話は終わった。礼をして、ごくわずかな時間だけ、彼の行動を眺めた。言った通り、王は机から一枚の紙と机上のペンを取り、そしてぼくが見ているのに気づいて、活躍を期待しているよ、と言った。もう一度礼をして、そして部屋を出た。すぐそばに、王の付き人が居た。王城出口まで案内してくれるとのことだった。 


 その人はエッダ王とかなり親しげであり、王の話を色々してくれた。途中、彼女の話も含まれていた。王が以前、余興で婚約を彼女に対し冗談半分で申し込んだら、逆に自分がからかわれて本気で惚れかけた、とか。


 そんな、言ってしまえばくだらない、そういう話しかしていない。


「しかし、今日は疲れたぜ」あくびをする。「ここは、()()()だらけだ」

「規模が大きくなれば、それだけいろんなことが起こり得る。一色に染まるのは幸福とは言い難いね」


「そうかもな。ま、明日は休みだ。王様のお話を聞く必要があるがね」

「あの人はしっかりしている人だ。少なくとも、ぼくはそう思うよ」

「シシがしっかり者じゃないからなぁ」

「分かってる。ぼく一人だけじゃ、どうしようもない」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど」


 後頭部の結んでいる髪をほどきながら、ため息を吐く。そして、ぼくの左肩に手を回した。彼女の体重がぼくにのしかかる。彼女の方が十センチくらい身長が高いから、容易に腕を首に回せるのだろう。


「明日の用事は昼からだ。まだ日付は変わっていないし、美味しそうなところに行こうぜ」

「宿のところじゃ、だめ?」


「今日のこと、忘れたいんだ」


 彼女の顔を見上げる。街灯と月明りに照らされて、優しい色の肌が見えた。しかし、彼女は微笑んではいるものの、その奥にあるものは、ぼくにも分かった。


 回された腕を視線でなぞり、手を見つけて、それを握る。ちょっとだけ汗ばんでいた。


「明日に響かない程度なら」

「よっしゃ。肉食おうぜ、()()


 アリアが飛び跳ねるたび、ぼくはぐわんぐわんと揺さぶられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ