2-3 アラム王国 part3
地下水路で出会った、あの無数の腕を持つ新種のモンスターは、すぐさまギルド内で情報が募られた。名前は「アノイン」に決定した。その後、さっそく、同種が東検問付近で発生したという報が入り、ぼくたちはキダラに乗って現場に急行した。到着したときには、すでに討伐が完了していた。
討伐を担当したチームメンバの話によると、影からヒトを生み出すような攻撃はなかった、核は最初から曝していた、など、ぼくとマテウスが出会った奴とはやや異なる特徴だった。また、モンスタードロップはあったか、と聞くと、小さな正八面体の凝固石を見せてくれた。ぼくたちは礼を言って、彼らを見送ったあと、再びギルドに向かった。
応接室に通されると、そこには燕尾服を着、モノクルを付けた、いかにもベテラン執事といった風貌の男性が居た。口ひげを生やし、歳は五十ほどだろうか、白髪はなく、体格もがっしりしている。ぼくはマテウスとともに、二人でその部屋に入室した。
彼は、とある貴族の元執事だと言った。元、と言うのは、すでにその貴族は離散し、今はこのアラム王国での王族の下で働いているらしい。
そして、ギルドに管理を頼んでいた、くだんの髪飾りを震えながら机に置くと、彼は涙を流しつつ、こう言った。
「これは、その一家が離散する原因となった、お嬢様のものなのです」
少しの間、彼の思い出話を聞いた。貴族と言っても、平均よりも少し下の、地元の有力者程度の、気さくな一家だったと。領民からは慕われ、大きな事件もなく、平穏そのものだったと。
しかし、ある日、突然、その平穏が破られてしまった。唯一の子ども、その髪飾りがお気に入りだった子どもが消えてしまったからだ。
彼はしきりにぼくたちに礼をして、少ないながら、と謝礼を出そうとしてきたが、すでに王国側から謝礼は頂いていると、断った。彼はそのまま、住宅地に歩いて行った。
「大丈夫か、シシ」
マテウスがぼくの顔を覗き込む。
「嫌な、予感がします」
「どういうことだ」
「マテウス、は、聞いたことはありますか」
「敬語でなくてもいい。何を、だ?」
「ヒトがモンスターになってしまう事例を」
「それは……」
ごくわずかに存在する過去の事件。
それは病名ではなく、事件。
半年前の、カーサラさんとネロと、孤児院での勉強中。「われわれ」のようなヒトは、「相手」にもいる、という会話があった。
それはもとから「相手」側、簡単に言えば他のテルミドールなどと同じく、闇の中で魔力の凝固によって生じたヒト、というわけだ。ぼくは今までモンスターの「ヒト」を目撃したことはないのだが、彼らは確かに存在する。
それは最初から「相手」側から生まれたヒトである。魔物として生まれたヒトである。
――過去に数例、「われわれ」側から「相手」側になったヒトの実例がある。
直近でも百年単位で離れている。が、確かな事件としてそれらは「解決」している。どちら側に生まれたにせよ、概念上、対角線の存在である「われわれ」と「相手」、この二つの間で行き来することは、通常、あり得ないことだとされていた。今でも、そう思われている。が、それを揺るがす事件だった。
言葉を発しなくなった。唐突に暴力性を帯びた。魔物を使役するようになった。そのヒト自身が魔物になった。
この現象は、「χ(カイ)化」と呼ばれている。
χ化は、もとはリカルドやポボル、そしてアリアみたいな、魔人や獣人たちが、「相手」側に精神を堕としてしまう現象を呼称していた。彼らは元来、ヒトよりも「相手」側に近いため、確率は非常に低いとは言われているものの、そうなる要因はないわけではなかった。
しかし、ヒトにおいてはそう考えられていなかった。魔力適正が全般的に低いぼくらは、「相手」側に堕ちるとは思われなかったのだろうか。
どういった条件がそれを引き起こすかは、彼ら魔人たちを含めても例の少なさから未だ解明されておらず、それを証明するためには、人為的に誰かを「相手」にする必要がある。そのため、人道的観点からの非難の声は少なからず起こる。これらからも、この現象はおそらく今後も解明されることはないだろう。
だが、そう言った体面を気にしなくてもいいのであれば。
人為的にχ化を引き起こすことができるかもしれない。
それが可能な<レッド・ホロウ>は単なる反王族集団ではなくなっている。
いや、
最初からそれが狙いだった。
であれば。
「……!! 王城がまずい!!」
その他のメンバが「彼女」のようになっている可能性は、切り捨てることはできない。
『みんな!!』
『アリアと王城に居てよかったぜ!! まだ騒ぎになっちゃいない、さっさと来いよ!!』
『われわれも急行中だ、早い者勝ちだぞ』
マテウスがキダラを連れてくる。王城への入場許可証を首から提げていた。
*
すでに夜がどっぷりと空を包んでいる。すでに静まり返ってしまっている工業住宅地区の歩道を、アリアと二人並んで歩いていた。
王城での「人為的χ化事件」は未遂に終わった。情報収集のために王城で監禁されていた男女一組が確かにχ化らしき兆候を見せたようだが、うまく発動できなかったらしい。ぼくの目撃情報通りに黒い手が出現したが、そのまま頭部を食われてしまったあと、身体のほうが死亡したのか、そのまま自壊、捕食だけが進み、肉片だけが残ったという。
他の捕虜メンバも同時にそれを行ったが、やはりことごとく失敗したようだ。
これは、一発逆転を狙ったのか、それとも、われわれに情報を渡さないための自爆だったのか。しかし、王城内にいた研究者たちは鼻息荒く、貴重なデータが取れたと、χ化研究を進めていた。
今回の遠征による貢献が認められ、ぼくら六人は、現アラム国王への謁見を許された。
「なんというか、めちゃくちゃフランクな人だったね」
「話には聞いていたが、人望がある理由そのものだったな。土下座したら金貸してくれそう」
「流石に、それはないと思うけど」
そうは言ったが、しかしあり得そうな人だった、とぼくは思う。
現アラム国王、エッダ王は若かった。若いと言ってもおそらくは五十代ではあるだろうが、国王としては若いと言って差し支えない。
親衛隊に父と姉がいるフェンデルに対する態度は、歳の離れた友人といった感じだった。フェンデルの昔話をしようとしたところ、付き人に肘うちされて、王座についた時の変わりようは、別人を疑った。なるほど、彼は国王だ、と思わされるような、威厳が溢れていた。
褒美をもらえるとのことだったが、あらかじめ、リドの村の自警団への依頼で入国しているから、ここに居る六人に対しては必要ない、以前から村に対して援助してもらっているから、今後とも良き関係でありたい、と、フェンデルが溌溂と言った。その時の彼はとてもカッコよかった。
そのため、ギルド依頼の報酬金へわずかに色付け、という形となった。全くない、ということにはできなかった。あちらにもそう言った事情はあるのだろうから、頑なに拒んでは立場がない、ということだ。
「それで、どんな話をしたんだ?」
「いや、特に」
「ほんとか? なんか貰ったんじゃないの?」
「なにも」ズボンのポケットを引っ張り出す。コインが一枚だけ飛び出し、静かな町にむなしく響いた。「ほら」
「顔パスで王城の女はべらせられるとか」
「そういうのに興味あるのは、六人のうちアリアだけじゃない?」
「シシ、おまえは本当に男か?」
「そういう奴が居てもいいでしょ」
リカルド、マテウスのことは流石にまだ付き合いが浅いために、深くは知り得ていない。ポボルはネロに執着している。
フェンデルはというと、本当に恋人がいた。ギルドの受付をやっている魔人の女性だった。
今、彼がぼくら二人とともに歩いていないのは、彼を恋人とともに実家に届けた後だからだ。彼の母から夕食に誘われたが、久しぶりの団らんを邪魔するのは気が引けたので、ぼくらはそのまま帰ることにした。
「で、何の話をしたんだよ」
「まだ聞きたいの?」
「そりゃ気になるから。シシと王様、何も起きないハズもなく」
「ないない、ないから」
実際、何もなかった。
彼の執務室に通されただけ、と言っても過言ではない。てかてかの明らかに高級感を見せる机、様々な国の土産物が飾り付けられ、床は暖かい石でできており、天蓋付きベッドなどなど、なるほど王族らしい部屋だった。執務室なのにベッド? という疑問を横に、ぼくは彼と二言三言、会話を交わした。
本当に、よくわからなかった。わからない、というのは、彼の人と、その内容だ。
「キミがシシくんか。話は、リンネくんから聞いているよ」
「話って、どんなものでしょう? エッダ王、ご存じかとは思いますが……」
「そう、キミはヨビビトだ。キミも知るある人物から色々聞いている」
「であれば、ぼくからは何も話すことはありませんが」
「会って、話をしてみたかっただけ。いけないかい?」
「いえ、王がそう望まれるのであれば」
「カタいねぇ。いいよ、楽にして。と言っても、すぐ終わるかもしれないけど」
「はあ」
「キミは自警団に入っている、間違いないかい?」
「間違いありません」
「楽しい?」
「責任は感じております」
「仲間がいるのは、どう?」
「たがいに切磋琢磨する、良いものだと思っております」
「リンネくんが聞いたら、渋い顔をするだろうね」
「そう、ですか」
「わたしも彼女の約束を破っている」
「と、いうと」
「それは言えない。わたしは彼女に、キミは元気だ、という手紙を送るだけだ」
「手紙、ですか」
「わたしは字が汚くてね。付き人の奴によく苦い顔をされるんだ。苦い思いなのか、そういう顔をしないと読めないのか、どっちも良くないがね」
そこで、ぼくら二人の会話は終わった。礼をして、ごくわずかな時間だけ、彼の行動を眺めた。言った通り、王は机から一枚の紙と机上のペンを取り、そしてぼくが見ているのに気づいて、活躍を期待しているよ、と言った。もう一度礼をして、そして部屋を出た。すぐそばに、王の付き人が居た。王城出口まで案内してくれるとのことだった。
その人はエッダ王とかなり親しげであり、王の話を色々してくれた。途中、彼女の話も含まれていた。王が以前、余興で婚約を彼女に対し冗談半分で申し込んだら、逆に自分がからかわれて本気で惚れかけた、とか。
そんな、言ってしまえばくだらない、そういう話しかしていない。
「しかし、今日は疲れたぜ」あくびをする。「ここは、メッキだらけだ」
「規模が大きくなれば、それだけいろんなことが起こり得る。一色に染まるのは幸福とは言い難いね」
「そうかもな。ま、明日は休みだ。王様のお話を聞く必要があるがね」
「あの人はしっかりしている人だ。少なくとも、ぼくはそう思うよ」
「シシがしっかり者じゃないからなぁ」
「分かってる。ぼく一人だけじゃ、どうしようもない」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど」
後頭部の結んでいる髪をほどきながら、ため息を吐く。そして、ぼくの左肩に手を回した。彼女の体重がぼくにのしかかる。彼女の方が十センチくらい身長が高いから、容易に腕を首に回せるのだろう。
「明日の用事は昼からだ。まだ日付は変わっていないし、美味しそうなところに行こうぜ」
「宿のところじゃ、だめ?」
「今日のこと、忘れたいんだ」
彼女の顔を見上げる。街灯と月明りに照らされて、優しい色の肌が見えた。しかし、彼女は微笑んではいるものの、その奥にあるものは、ぼくにも分かった。
回された腕を視線でなぞり、手を見つけて、それを握る。ちょっとだけ汗ばんでいた。
「明日に響かない程度なら」
「よっしゃ。肉食おうぜ、にく」
アリアが飛び跳ねるたび、ぼくはぐわんぐわんと揺さぶられた。




