2-2 アラム王国 part2
地下水路。はるか昔に来たヨビビトと、現地の天才が設計図を描いたという、歴史ある建造物だ。今はさらに進歩した治水工事がなされており、ここはすでに廃棄されていた。なので、悪いものが集まるには絶好の場所なのだ。
とてもジメジメしていて、魔法カンテラが未だに光を放っているのが不思議なくらいに、老朽化していた。取り壊しの予定は今はないようだが、天井を支える柱が朽ちていたりしているので、早めに行われるだろう、というのが、フェンデルの予想だった。
壁際に背を当てて、静かに曲がり角を確認する。
「!!」
すぐに反応が返ってくる。弾丸と言う非常に危険なものとして。
科学技術も魔法技術も相当に発展しているのならば、銃が存在していてもおかしくはない。ただ、ぼくは槍や剣やと、そう言った手に取って振るうものをよく見ていたせいで、すっかり失念していた。
もちろん、一発でも被弾すると死に至る可能性は十分にある。ただ、それらは魔法とは相性が悪いようで、防護壁を展開すれば弾丸自体はなんとか凌ぐことができ、相手を制圧することは可能だった。気を付けなければならないのは、意識外からの奇襲だ。
ただ、このような入り組んだ迷路のような場所では、奇襲を仕掛けられるポイントは限られてくる。ぼくとアリアの二人が居れば、そのポイントを、地形を無視して明らかにすることもできた。やろうと思えば、彼らを意識外から攻撃することも可能だった。
よって、旧地下水路において行われていた、反王族集団<レッド・ホロウ>の集会を奇襲することは、案外容易だった。
地上での活動をこなす中で、<レッド・ホロウ>の影が割と見え隠れしていた。最初はわざと誘っているのだろうか、なにか特大の隠し玉を用意しているのでは、と思っていた。しかし、王国軍とのつながりをあっさりとつかんでしまったために、それは単に彼らの行動の粗であるだけだった。
数日間、依頼をこなしつつ、他の班との情報交換を綿密に行っていると、すぐに秘密集会の時刻と場所を割り出せてしまった。
もしかして、モンスターの方がもっと賢い行動をするのでは、というのは、アリアとリカルドの感想。ぼくもそれに同意した。
ただし、彼らの主張に同調したただの民間人が主体となって行動していることが、マテウスづてで判明していた。つまり、この集会に集っているメンバは、ほとんどが末端構成員であるため、根本的な解決にはつながりにくいと考えられた。しかしながら、それを見逃すこともできない。すでに王国軍との関係を確かめられていることから、クーデタを画策している可能性がわずかでも存在するため、ギルド経由で、王国依頼としてぼくたちに捕縛命令が下った。
捕縛なら、殺す必要はない。
相手は奇襲を受けて恐慌状態だった。また、訓練されているわけでもなかった。
弾をすべて撃ち切ってしまうほどに、彼らは怯えていた。
「ッッ!!」
必死にトリガーをひく音が聞こえ、次はぼくが飛び出した。
持っている銃でぼくを殴りかかる。が、そんな大ぶりではあたらない、あたってやらない。
二人いた、その間を滑り込むように見せかけ、狭い通路の壁を蹴って、一人目の頭を叩く。これで一人ダウンだ。
続く二人目が、拳銃を取り出そうと、腿のホルスタへと手を伸ばしている。
持っている棒で正確に、ホルスタの留め具を狙い、それを外したあと、腰に突きを一回。それだけで体勢が崩れる。
そのまま、脳挫傷などを起こさないように、気を付けて、気絶させる。
彼らは黒いポンチョのようなものをかぶっている。が、その素顔は青年であったり、老人であったりと様々だ。
本当に彼らの意思で、この場に居るのか。彼らが倒れるのを見るたび、そういう疑問が頭の中をよぎった。
持ってきた結束バンドで手足を縛る。これは特別製で、いわゆるタグのような役割を持つ。サーチに反応して、居場所が分かるようになる。
次に向かおう、と思って、立ち上がったところで、足元の何かにぶつかった。彼らが持っていた銃だった。黒光りしていて、塗装の剥がれも少なく、傷がない。比較的新しいように見える。
槍でそれを突いて壊す。ばねや金属部品が飛び散った。これは純粋に、科学技術で作られたものだった。
『シシ、生きてるか。銃声が聞こえたけど』
アリアの声が頭の中で響く。念通話、俗にいうテレパシーと言うやつだ。風魔法と土魔法を応用して編み出された、下級魔術の一つである。飛ばせる距離が短いのが難点だが、その分、喋らなくて済むのが利点だ。
『大丈夫。本当に、民間人しかいないね』
『ああ。囮とも考えにくいのだけど……。ところで、リカルドが奇妙なものを見つけた。儀式を行うための、魔法陣らしきものだ』
『儀式?』
『あたしが見るに、これは召喚陣だ。やつら、ここで、モンスターか何かを呼び出すつもりだったらしい』
『それなら、ぼくたちが動いて正解だったみたいだね』
『あたしらしか動かなかった、と言うのが正しいだろう。銃の出所を知ればわかる』
気を付けろよ、と言って、テレパシーは消えた。床に散らばった銃の部品を見る。銃本体 にある刻印は、アラム王国を示すシンボルそのものが付けられている。羽根が二対、四枚ある鳥だ。伝説を人々に伝え遺す神の鳥とされている。
それをそのままにしている、という事は、この国を壊すことが目的ではない、という表れだろうか。少なくとも、王城にいる人たちを取り除くこと、それを信念として彼らは動いているのだろう。
しかし、王族がいたからこそ、この国はアラムという名前と、現在の地位を確立できたのではないだろうか。そして、そのことを、彼らもうすうす理解しているのでは。
そのことについては、今のぼくが考えを巡らせても無駄だった。彼らにどういう思惑があるにせよ、ここで何をしようとしていたかを、はっきりさせ、危険な事ならば、起こる前に止めなくてはならない。
再び狭い通路を進む。ここは天井も低い。近くには水が流れている場所もなく、水路の点検のために作られたものではないのは確かだったが、では、何のために作られたのだろう。少なくとも、他の通路と同様に時が経っていることはわかる。急に水気が消えたことも。さきほどの彼らを「のした」場所とは大違いだった。ここはからからに乾いている。
手に持っていた魔法カンテラの灯が揺らぐ。風はない。
その時。
嫌な寒気が背筋を伝った。
「だれだ」
口が勝手に言葉を発する。
その言葉はだれかを射止めるためでない。
ぼくのことを言っているのだと、なぜか理解できた。
ぼくは、ぼくだ。
念じるようにそう言い聞かせる。
「ここだ」
様々な音程が重なって、だれの声かもわからない。しかし、動く口はぼくのものだ。
視界が動く。ぼくの首が動いている。身体を動かそうにも、ぴたりと止まってしまっている。
ざざ、と。背中側の壁の砂ぼこりが落ちた。湿った空気が流れるのを感じると、どこからか水音が聞こえてきた。
――誘われているんだ。
首は向けられた方向を保っている。これは行くしかない。
魔法カンテラは煌々と行く先を照らしている。光が届く範囲はそこまで広くはないが、いまは何よりも頼もしい。もしかすると、右手に持つこの棒よりも、そう思える。暗闇の狭い通路は、時間と、距離の感覚を失わせるからだ。
わずかに歩いたところに、開け放たれた扉が姿を現した。この通路はここに行くためだけに作られたようだ。分岐も何もない一本道だった。
部屋の中に這入る。
微かな息遣いに気づく。だれかが居る。
魔法カンテラに魔力を注ぐ。光量が強まると、この場所がどんな所かが分かってくる。ここは部屋と言うにはあまりにも殺風景だった。まるで牢獄だ。
その中心。だれも座っていない椅子と共に、棒に縛り付けられた小さな人影があった。彼らと同じ、ポンチョをしている、白い長い髪。俯いているせいで、髪が顔を隠している。
人影を縛り付けている棒は、縦と横にある。つまり十字であった。
魔法カンテラを地面に置いて、近づく。近づけば近づくほど、それは異様さを増していく。
広げられた腕は白く、傷一つない。それは身に纏う、もはやぼろ雑巾であるポンチョとは正反対に、地肌はまるで生まれて間もないように光を反射している。呼吸はしているが、この部屋全体に良く響いている。まるで寝息のように安らかだ。
どういうわけか、最初から、ぼくの心の中には、その人を助ける、という行動は思い浮かばなかった。
近づくぼくの影に気づいたのか、その人は顔を上げた。さらさらと前髪が、だれかの手によってかき分けられるように持ち上げられ、顔を見せる。
「――」
にやり、と表現すべきだろうか。
気味が悪いほどに白い顔は、口角を上げた。声も出さず、ぼくを見て、乾いた地面に滴る水が作り出す染みのように、笑った。
先ほどとおなじような悪寒。
突如として、その人の腹が突き破られる。
「!!」
その人は血を吐き出す。苦しみ悶える声を出し、その拘束から逃れようと両腕であがくが、大量の血液が流れ出る腹部から、黒い手が伸び、その人の顔を抑えこむ。
ばしゃ、と。握りつぶされた頭の欠片が飛び散る。白い毛髪を伴って四散したにも関わらず、その人の身体はいまだ藻掻いている。黒い手はそのまま管状になって、頭があった場所でぐるぐると丸まり、球体を形作る。
呼応するように、身体中から次々に黒い手が皮膚を突き破り、遂には拘束されている両腕を肘からもぎ取った。支点を失った身体が倒れこむが、無くなった肘の先から、無数の手が生まれてくる。それらが身体を起こそうと必死に地面を叩いている。
それ目掛けて、ぼくは火魔法を叩き込む。
一発。一発。
反応はある。当たっているし、それをうっとうしく思っている。しかし、衝撃でたゆんでいるだけで、ダメージはない。
黒い腕の一本が、邪魔をするなと言うように、こちらの顔に伸びてくる。
手に持っている槍でそれを切り落とすと、ようやく害意を感じ取ったのか、背中側から生えてきた手が数本伸びてきた。それらは、手の周囲に小さな魔法陣を浮かばせていた。
ぼくはそれらを落してから、アリアとフェンデルのタグを探る。結束バンドにつけたタグと同様、サーチして通話を飛ばすためのものだ。手当たり次第にタグを紐づける。
つながったと同時に、喋る必要もないのに、ぼくは叫んだ。
『アリア、フェンデル!!』
『なんだなんだ、どうした』とフェンデル。『何があった』
『新種だ!!』
なんだと、とフェンデルが言い終える前に、一瞬のノイズが入る。念通話するために必要な、彼のタグが見えなくなる。アリアも同様だ。サーチが飛ばせなくなったのではない。
新種のモンスターを見ると、ぼくのサーチに反応して、光る魔法陣を伴った手をわさわさと動かしている。
妨害、直感的にそう思った。
再び手が伸びる。魔力の流れがぼくの耳元を通り過ぎていく。
奴の手から、巨大な氷塊が飛び出す。直径三十センチはある紡錘状のそれは、砲弾のごとく、ぼくのいた地面をえぐる。
手はそれを放つと消滅するようだが、一つ、二つ、三つと、装填に時間がかかるなら数を用意すると言わんばかりに、手が生えてくる。そして、それらはすぐに魔法を放つ。
部屋を飛び出すか、いや、あれから目を放して、背を向けて逃げるのも危険だ。どこに行くかわからないし、もしも地上に向かうとするなら、その方が被害は大きくなる。
やるなら、ここでやるしかない。
放たれた氷塊を、砕く、避ける、砕く。
地面をけりつけ、先で突く。
ずぶ、っと嫌な感触。沈み込んでいく。思わず棒を引き抜くと、どす黒く、生臭い、血のような液体がそこから噴出する。
気味が悪いが、ダメージにはなったようだ。
しかし、モンスターには必ずあるはずの弱点が見えない。ゴブリンで言えばコア、総称して核と呼ばれる、心臓部と頭脳部をつかさどるそれが、ない。
ダメージが足りないか、と、奥歯を食いしばり、射出される炎の球体や氷塊や、カマイタチを避けながら、再びそれに斬りかかる。水を浅く斬るような感覚に、わずかな抵抗感を増したようなものだった。
できる限り噴出する血を避けつつ、何度も何度も斬りつける。
モンスターは釣り鐘のような形になっていた。成形となったようで、腕をはやす以外に変わらなくなった。
モンスターの動きが止まる。生えていた腕が全て引っ込められる。ぶよぶよの外殻が、波立つ表面が引き締まる。
ぼくは反射的に距離を取る。背中に壁がぶつかった。
モンスターが身もだえると同時に、そいつの影から、腕が無数に伸びてくる。おぞましい光景に、ぼくは目を見開いた。
影から、ヒトの形をしたものがこちらを見ている。眼窩、鼻腔、口腔。一見すればただの泡が弾けたあとにしか見えないそれらは、しかし、次第にその三つに見えるような位置に直っていく。
「う、うわぁぁぁぁ!!?」
思わず叫び声をあげながら、ぼくは棒に魔力を纏わせ、宙を斬り上げる。纏った魔力はそれに呼応して、斬撃として地面を這う。
影から這い寄るそれらを真っ二つにしながら突き進んでいく。不定期にふるえる本体に当たると、激しく炸裂した。
裂孔から再び出血すると、影は引き込まれていく。
動悸が激しい。見てはならないものを見たようだ。目のくぼみの奥に光る何かが、イメージとして焼き付いて離れない。
どろどろと、引き戻されるように影が本体に戻ると、再び本体から腕が生える。
なんとかして、こいつの核を見つけなければならない。ただ闇雲に、アイツの腕を切り落としているだけではだめだ。だけど、どうすれば、アイツの核が現れるか、皆目見当がつかない。
再び魔法による火と氷の雨。
隙を見つけて、叩いていく。
しかし、先ほどとは違い、表面は硬く、先が突き刺さらなくなっていた。
バチバチ、と、何かが弾ける音とともに、不意に、振るった先端が空ぶった。
いや、当たってはいる。しかし、それを身に寄せられない。
「掴まれた……っ」
無数の小さな手が、武器の先端を引き込んでいる。徐々に、体内に沈んでいく。引っ張っても意味はないだろう。
「なら、これはどうだ!!」
棒から手を放し、手のひらをそれの尻にあてる。火の魔法をそこに流し込み、簡単に手放せなくなるほどに飲みこんだタイミングで、それを押し込んだ。
直後、くぐもった爆発。
同時に、そいつの「口」が開く。
ヒトの口を模した、ぼくぐらいの大きさならば、一息に呑み込めるような、そんな口が開く。
まずい、と思っても、足に逃げるための力が入るのが、寸分、遅れた。
「させるかッッ!!」
鈍い音を聞いた後、モンスターの口が一気に遠のく。奥の壁に叩きつけられて、潰れた。しかし、まだ形は保っていた。
風が背中に向かって吹き戻される。
後ろからした、聞き覚えのある声を、記憶をたどって名前を出す。
「マテウス、さん」
辛うじて声が出る。彼はぼくの隣に立つと、棒状のものを押し付けた。穂先に刃が付いた、本物の槍だ。彼の手が離れると、先ほどの棒とは比べ物にならないほどに重たい。
「本物でも、人を傷つけない振るい方はいくらでもある。まだまだ修行が足りんな」
「ありがとうございます、助けていただいて」
「うむ」
重たい感触を確かめながら構える。再びモンスターに目をやると、それは人型になっていた。ただし、完全に人、と言うわけではない。頭は人並の大きさだが、不自然に手が長く、そして胴体は細い。足は腕の三分の一程度の長さしかない割に、全長は二メートルを優に超えているだろう。
奴が動く。肩をめくるようにそらし、また腕を伸ばす。
バビュン!! と、今までの遅さは何だったのかと思うような素早さ。
しかし、マテウスがそれを大盾で防ぐ。鈍い音と共に、彼の身体がわずかに後ろに下がる。
すかさずそれを切り落とす。
「チマチマやってもらちが明かない。本体を叩くぞ」
「はい!!」
シールド・バッシュ。突風のように放たれたそれは、再びモンスターを壁際まで追い込む。
ぬめりとした奴の表面がはがれ、きらきらと光る箇所が見える。そこが奴の心臓だ。
もう一度、抑え込む。壁に叩きつけられたそいつは、無防備に本体を晒す。
槍に魔力を乗せる。穂先が明るい炎で包まれる。
そいつの防衛本能が作動したのか、無事な足が伸びる。しかし、槍を当てるだけで、するりするりとそれらを斬り飛ばす。
ぼくとマテウスさんは飛びこむ。
「うらぁ!!」
壁からはがれてきたソイツを、今度は床に叩きつける。
背中側から、光る箇所を目掛け、槍を突き刺す。
硬いものを割った感触が手に伝わったと同時に、全体が大きく震える。ぶくぶくと泡立ち始めたので、ぼくは急いで槍を抜いて、その場から離れた。
核を失った本体は、その形を保つことができなくなり、音もなく溶けていった。
カラン、と。
乾いた音が響く。みると、縮小していく染みの中に、何かが落ちている。白い。
肩で息をしているぼくを通り過ぎて、マテウスがそれを手に取った。
「髪飾りだ」




