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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
二章 自警団
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1-2 森籠り訓練 part2

――それは一瞬の出来事だった。


 ぼくが暗闇の中に光る何かを見つけてから、フェンデルの腹にタックルするまでに、おそらく一秒と掛からなかっただろう。彼を最速で地面に伏せさせるための行動をとったのだが、それでも、彼の頭部が心配だった。


 次に起こったのは、ぼくが座っていた場所の、真後ろの木がはじけ飛び、その破片をまき散らしていた。アリアの防御壁の展開がわずかでも遅ければ、全員、致命傷とは言わずとも、木片にズタズタにされるような傷を負っていたのは確かだ。


 もしも、ぼくが光を見つけられずに、フェンデルがそれにあたっていたら。それこそ本当に命に係わる傷を負っていたかもしれない。いや、着弾痕からすると、ぼくを狙っていたのか。詳しく見れば分かるだろうが、そんな暇はない。


 周辺の木々を狙ったわけではなさそうだが、万が一外れた場合の炸裂時の二次被害まで考えられている。爆発する火の魔法ではない、風魔法か。


「アリア!!」


 ぼくの呼び声と共に、小さな金属音が響く。コインを指先で弾くような音だ。本来ならば風で簡単に掻き消されるようなか細い音が、闇にそびえる木々のざわめきを上書きしていく。


 ガギン、と。


 たったその一点の音だけが、他全ての感覚を塗りつぶした。


 即座に反応。フェンデルがぼくを蹴り飛ばす。空に向かって。


 それは真正面から影を捉えるコースだった。


 手にしていた槍が硬いものを受け止める。火花が微かに散る。


 力で弾いて、地面に着地。


「お見事」


 そう言って、影も音を出す。前方、ギリギリ影になる部分に落ちたようだ。


「こんな状況でも談笑とは、と思っていたのだが」


 誰かが木の上から話しかける。フェンデルだけがそちらを向く。


「釣られたのは、おれたちの方、ということだな。これはしてやられた」

「思ってねぇことを」

「思っているとも。最初の一撃を躱されてしまった時点で、ね」


 再び物音。木の上に居た人物が、フェンデルの目の前に姿を現す。

 背はそこまで高くない、エルフの男性。眼鏡をしているようだが、眼光は鋭い。知っている顔、というほどではない。が、見たことはある。


 フェンデルが顔をしかめる。


「Bクラスのおまえがなぜここにいる」

「分かっていることを聞く必要があるのか?」


「質問に答えろ」とアリア。「短く、要点だけだ。あんたの声は耳障りだからな」


「『Aクラス狩り』だよ。ああ、勘違いしないでくれ。これは正式な訓練なのだ」


 ぶつけてきたか、とつぶやく。


 セント・ヴァイシュの森は広大だ。リドの村よりも、訓練所をも含めたものよりも遥かに広い。


 そんな中で、Aクラスの二百人が森でばったり遭遇する、なんてことは、ボルツ聖道とつながる橋あたりでしか生じ得ないだろう。どれだけ早くても、そこにたどり着くまでに明日の朝までかかるだろうから、言うなればエンカウントはそれ以降の出来事だ。


 だが、A同士がぶつかり合うのは本来の目的ではなかったようだ。


 Bクラスは、Aクラスよりも実力が劣るか、実戦経験のない者たちが集められているクラスだ。当然、その数はAよりも多い。


 実力が劣る、と言えど、その差は歴然、なんてこともなく、かなり拮抗している状態がここ何週間か続いている。実力、というのは、班活動の成果を数値化、グラフ化したものだが、ぼくら三人がトップを走っている状態で、他は地べたかちょっと伸びているか、という、あまり宜しくないものだった。ちなみにクラスはA,B,C,Dとあり、成績が悪ければ下に落ちていく。


 最下位のDクラスに入ってしまったとたん、除隊処置を受ける。絶対評価なのでろくでもない成績でもなければ落ちることはないのだが、すでにD入りしてしまった人たちを見たことがないわけでない。逆に、成績が良ければ昇格していくことも可能だ。


 さて、ぼくらの目の前に立つ彼は、Bクラスのトップだ。彼の顔を見たことがある、というのも、Bクラスの名簿を見たときの記憶があるからだろう。


 Bのトップである彼らがここにいる、という事は、A入りを狙ってきたということで間違いなさそうだ。

 確か、その班のリーダが彼だ。


「リカルド…!!」

「フェンデル!!」


 彼らの剣がぶつかり、甲高い音を立てる。

 それと同時に、ぼくの目の前に火球があらわれる。


 槍を振るって掻き消す。目くらましだ。

 素早く槍の中心をにぎって、追撃に対応する。読み通り、剣が飛んでくる。

 御せないことはない。割と簡単に相手を突き飛ばすことができた。


 アリアが焚火に水を掛ける。暗闇。


 薄暗く相手の姿が見える。獣人(ムント)の、女性。


 彼女もまた見覚えがある。

 切り払い。左から右。槍を持たず剣筋に沿わせる。

 そのままの勢いで右から横なぎが来る。かがんで、カウンター。


 横に払うと、相手の胴体に当たった感触が伝わる。

 この槍には穂先、つまり刃がない。なので、傷つける心配はいらない。

 そんな心配してるな、と、前にフェンデルに言われたことを思い出す。

 再び魔法攻撃。距離はある。おそらく風魔法だ。


 そうだ、と、思いついた行動をしてみる。魔力を槍に纏わせ、それをその場で舞うように回転させる。


「なっ!!」


 周囲に流れていた魔力の流れを乱し、発動に必要な条件を整えさせない。

 風の流れが消える。

 相手も、同じものを使うんだ。戒めのように、頭の中で考える。


 あちらは火の魔法が得意なようで、周囲の魔力に頼らずに使えるのがそれしかないらしい。

 急に明かりが出現する。

 炎を纏った剣が現れ、それがぼくに向かって一直線に飛んでくる。


 受け止めるのは危険だ。

 勢いよく斬り払い。右から左。剣筋になるべく掠めないように身体をかがませる。

 遠心力を活かすように持ち、足払い。相手はジャンプ、そのまま突き刺そうとするのを、後ろに飛んで回避。


 また飛んでくる。

 それを槍の先でけん制。体勢が崩れるままに、チマチマと追撃。

 突くのと、払うのを不規則に。


 そして唐突に薙ぎ払い。

 剣での防御が間に合わず、腕に当たった感触。ダメージを軽減するために、同一方向にステップ。


 剣の火が消える。火の玉が現れ、それがゆっくり向かってくる。


「くそっっ!!」


 発動失敗。風にかき消される。


 先ほどから火の魔法ばかり使ってくるのを見て、ぼくは少し不思議に思った。得意であるから使うというのは分かるが、それ以外の属性の魔法の練度は、お世辞にも高いとはいいがたい。先ほどの風魔法はおそらく彼女のものではないのだろう。


 何か理由があるのだろう、火の魔法に固執する理由が。

 槍を脇に抱え、ぼくは左手に火をイメージする。

 ふんわりとした火の玉。火に柔らかいも硬いもないとは思うが、表現としてはこれが一番近いだろう。


 それを宙に放つ。大丈夫だ、火事にはならない。

 小規模の空間に明かりがともされる。

 お互いの姿が見える。


「あなたは……」


 獣人なのは先ほど分かったが、その姿には見覚えがあった。

 さほど悩まず、思い出せる。アリアに絡まれたギルド内で、ネロにサインをねだっていた、ネロのファンの彼女だ。


 なるほど、そういうことか、と独り言。


「ネロさまの隣は、わたしのもの……」


 ヤなもの聞いちゃったな、とさらに独り言。

 剣戟が飛んでくる。これはちょっと予想外。

 大ぶりだが速い。隙だらけだがめんどくさい。


 いくつか捌いたところで再び火球。今度は高密度。

 即座に、魔力を槍先に固めて突き崩す。バチバチと火花が舞う。

 突撃しながら小火球が来る。

 槍を回して受け止める。


 やらかした、とすぐさま思った。


 それと同時に、剣に炎が再び灯される。

 爆発。

 数メートルほど空中に吹っ飛ばされる。防護壁のお陰でダメージは軽い。

 焦げ臭い空気を吐き出しつつ、掴まれそうな枝にぶら下がる。

 姿が見えない。


 上か。


 読みは当たった。だが、ちょっと遅かった。

 不利な体勢で着地。

 再び鍔迫り合い、また剣に炎が灯される。


 すぐさま力をいなし、左手を腹部にあてて、風魔法で吹き飛ばす。

 が、すぐに戻ってくる。獣人なだけあって、瞬発力はけた違いだ。

 吹き飛ばした勢いのままUターン。またまた接近を許してしまう。もっと積極的に攻めなければいけない。


 勢いを殺すために半歩前で一度打ち合ったあと、二歩ほど下がり、槍の端を持つ。先端を作り、それで刺突を繰り返す。


 力任せな弾きがきた。それを狙っていた。

 薙ぎ払い。

 手ごたえがない、何もない闇を斬った。


 上なのは分かった。だが、頭を、目をそちらに向ける前に、彼女の身体が降ってくる。

 隙だらけの背中に体重を乗せた蹴りが入り、地面に押されつつぶっ飛ばされる。

 ゴロゴロと地面を転がされ、なんとか槍を支えに立ち上がるが、呼吸ができない。痛みで目の前がちかちかと明滅する。


「――ッ!!」

「シシ!!」


 世界が真横にスライドする。

 次にあったのは、強烈な浮遊感。そして、地面に叩きつけられた感触。

 バウンドしながら、地面に突っ伏す。冷たい、湿った土に、朦朧としながらも懐かしさを覚えていた。


 再び、ガギン、と言う金属音。連続していくつもの爆発音と、打ち合いの音。


 誰かがぼくの傍に駆け寄り、起き上がろうとするぼくの胸に暖かい手が添えられる。


「大丈夫か⁉」

「だい、じょうぶ」

「全然、そんなふうには見えないけどな!!」


 今、飛んできたのはフェンデルだ。なら、ぼくに治癒魔法をかけているのはアリアだ。

 二人とも、ほとんど無傷だ。ぼくほど打ちのめされていない。

 正面に目をやると、ボコボコになった大きな盾を持った男性が垂れてきた鼻血をぬぐっている。その隣に、ぼくが相手していた獣人の人が、エルフのリーダを支えていた。


 痛い、とかいう感情よりも、恥ずかしさが全てを上塗りにした。


「やはり、良い腕をしている、フェンデル」

「そりゃどうも。おまえの方は相変わらずねちっこい剣だぜ」

「ヨビビトさんは、思ったほど、強くないけどね」

「期待はずれで、悪かった」


 礼を言って、アリアの手を放す。


「こいつはいいヤツでよ、誰かを傷つけることが出来ねえんだ」笑いながらフェンデルが言う。「トモダチに平然と刃を向けられる、ダレかさんとは違ってなァ?」

「粘着質なのはそちらだろう」と、盾の男性。「それに、戦いに性格の良し悪しは関係ない。優しさも、必要ではない」


 獣人の女性が、盾に魔力を固める。

 直後、空気に疎密の波が生み出された。魔法で増強された、衝撃波を起こすシールド・バッシュ。


 アリアが防護魔法を発動するが、それではあれを防げない。しかも、前に居るフェンデルを守れない。


 衝撃は一瞬で到達する。全員を引っ張る余裕などない。


 考えるよりも先に、前に立つフェンデルの肩を手前に引き、その勢いを活かして、その衝撃波を、


 殴った。


 ガラスが割れるような音とともに、突風が吹きすさぶ。


 防護壁の魔法を拳にだけ当てた、即興の行動だった。右手を確かめる、ちゃんと全指は無事だ。


 誰もが呆気に取られている中で、一足先に我に返ったアリアが風魔法を発動。フェンデルの背を押し、彼は蹴りを盾の男性にぶつけた。


 同時にフェンデルに瞬発性を高める時魔法をわずかに付与。

 反応できていないエルフのリーダと、獣人の女性が、一瞬にして切り飛ばされる。


 再び、場を静寂が支配する。


 シールド・バッシュを放ってから、ケリがつくまで、十秒もない。体感では五秒だ。


「く、はは」


 エルフのリーダが笑う。フェンデルは彼に剣先を向ける。


「さっきまでの打ち合いが、ばかばかしいではないか」

「打ち合いなんてする方が、ばかばかしいと、おれは思っている」そう言い、フェンデルは剣を下げる。「それで、『狩り側』を撃退できたら、何かないのかよ」

「あるはずもなかろう、AはBを撃退出来て当然だと、バダラグ教官が仰っていた」

「その意味は理解できたけど、納得できないってところかな」


 膝を抱えて座る獣人の女性が、ぼくを見て言う。それには目を合わせなかった。彼女の眼が、別のものに見えたからだ。


「まあでも、バッシュ砕かれてるし、負けでいいよ」

「そうだな。あれに対処されるとは思っていなかった。他の者との違いだな」

「他の?」アリアが聞き返す。「あたしらが最初じゃないのか」

「すでに四グループほど潰してきている」


 と言って、エルフのリーダが小袋をフェンデルに投げ渡す。彼の反応を見たところ、それには、ぼくらに支給されているネックレスの装飾品が入っているようだった。数にして、確かに十二あると、フェンデルは言う。


 ふがいない、とアリアが嘆息する。戻ったら、ぼくらAクラスは教官陣からの雷がおちることが、これで確定したようなものだ。


「これだけあれば、おれたちもAクラスに昇格できるだろう」

「そうかもな」


 フェンデルがそれを投げ返すと、彼らは何事もなかったかのように、静かに、闇の木々の合間に消えていった。

 夜の空気が漂う。頭上には二つ目の月の光が降っていた。


 思わず力が抜け、へたり込む。


「大丈夫か」フェンデルがぼくの顔を覗く。

「ほんと、おまえだけクタクタだな」

「体力ついたと思ってるんだけどね」


「体力の問題じゃあねえな、それは」

「にしても、すごかった」アリアは鼻息をすこし荒めにしつつ、腕をパンチの形にしつつ喋っている。「あの盾野郎の、デカい盾を砕きやがった。誇っていいと思う」

「あの盾をヘコませたアリアにはかなわないよ」

「いや、シシの方がカッコよかったぞ」


 二人にわしゃわしゃと頭を撫でられる。

 服装を正し、ぼくらは先ほどのキャンプ地に戻った。十分弱ほどの出来事だったが、焚火はすでに消えてしまっていた。しかし、ちょうどよく、折れた枝がそこら中に転がっていたので、それらを集めて、再び火を灯した。


 その後、交代で夜番をしつつ、二日目の朝を迎えた。

 その日のうちに森を抜け出すことができたのだが、他のBクラスとの衝突はなかった。後から聞いたのだが、どうやら、ぼくらは避けられていたようだ。Bだけでなく、同格のAすらも近寄ってこなかった。


 また、あのフェンデルの古い友人らしい、エルフのリカルド率いるメンバがかなり暴れまわったようで、内容的には、教官陣の思惑通りになったらしく、ボロボロになったAクラスをみて大笑いしていた。当然、その後の訓練はさらに厳しくなり、結果的に、Aクラスは大きく入れ替わりをすることになった。


 ちなみにぼくのその後は、ネロとの手合わせがさらに厳しくなった。あの獣人の女性、ポボンにやられたことがフェンデルづてで耳に入ったようで、しばらくはずっと、ぼくはボロボロの状態のまま、訓練に臨んだ。

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