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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
一章 リドの村
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1-2 どこに向かうの?

 ネロと名乗った少女に手を引かれ、四足歩行の動物のく車に乗りこみ、森を抜けた。森の出口らしき木造のゲートをくぐるとすぐに、幅がかなり広い川が、左から右へと流れていた。また、それを渡るための石造りの橋があった。その川はそこまで汚くは無かったが、泳ぎたいとは思わなかった。


 橋を渡りきると、木々に挟まれた道になったが、人の手がかなり入っているようで、大きな石はなく、両端には木の柵が立っているなど、古さは感じるものの、きちんと整備された道となっていた。


この街道は、ネロが住む村、リドの村と言うところに繋がっているそうだ。


 この荷車を牽く四足歩行の動物、キダラというらしい生物は存外頭がいいらしく、時々ネロが手綱を握って合図をくれてやるだけで、勝手に道を進んでくれる。その合間に、ネロと会話していた。


「あそこ、セント・ヴァイシュの森は、この世界に住まう人々の祖先が生まれたと、言い伝えられている森なのです」

「へえ」


 簡易的ではあるが、荷車には、左右が少し盛り上がっていて、そこに腰を下ろすことができるような造りになっている。ぼくは左、ネロは運転席から逆を向いて座っていた。


 ネロは目を輝かせながら、ぼくの目を覗き込むように話してくれた。


「また、同じ言い伝えの中には、数百年に一度、迷い込んだ人が現れる、というものもあります。これは、実際に記録にもきちんと残っていて、シシさんも、その一人というわけです」

「それが、呼人ヨビビトというわけですか。いやはや、本当に助かりましたよ、ネロさん」

「わたしに敬語もさん付けも必要ありませんよ、シシさん」

「はぁ」


 ぼくは頭を掻いた。荷車が若干揺れた。


 誰かと会話したのがずいぶんと久しいような気がするせいで、どうしてもたどたどしい会話になっている気がするのだが、少なくとも、今のところ、意思疎通の面で心配するほどのものでもなさそうだ。


 全てのことを一度に知る必要はない、身近なところから聞き出していこう。


 荷台から景色が後方にながれていく。ネロと出会って、おおよそ一時間くらいは経過しただろう。地面にはいくつもの足跡が残っていることから、村が近づいている証拠だとわかる。しかし、あのセント・ヴァイシュの森の巨大樹は、ここからでもまだはっきりと視認できた。


 荷車の風除けの布の隙間から、ちらりと外を覗いてみる。


 街道を挟み込む木々の頭上に、おそらく人工物だと思われる柱が見えた。巨大樹にも建物の一部が埋まっていたのを思い出した。もしかすると、この世界には、それなりに発展した科学が存在するのだろうか。


 頭上にあるものがよぎっていった。街道を跨ぐように、一対の三角錐が、頭上を支え無しで漂い、アーチ状の奇妙な線を、その頂点からもう一方の頂点へと通していた。


 その他にも、似たような物体が左右に見られた。


 三角錐のそれは、高さはないが、数々の鉄骨を支柱として組み立てられているその様は、まるで鉄塔のようだった。


「あの、浮いているのはなに?」指で示してネロに尋ねてみる。「時折似たようなのを見かけるけど」


「私たちにもわかっていません。昔からあるので、わたし達は遺跡と呼んでいます」


――遺跡。

 復唱するようにつぶやいた。

 そうだ、と、ぼくは物のついでにネロに尋ねてみた。


「あの巨大樹にあった、ええっと、部屋みたいな、箱みたいなやつ、あれも遺跡?」


「ええ、そうです。部屋はおそらく建物であったと推測されていますが、ほとんどは謎のままです。巨大樹にあったような、ほら、あんなふうなのとか」


 ネロが唐突に左上を指さす。その方向を見ると、木々の間から、捻じ曲がった鉄柱が、空に向かって伸びていた。それも一本や二本どころの数ではない。もしかすると百本を越えているかもしれない。


 それの近くを、このキダラが通り過ぎる。そのとき、その鉄柱のサイズが、一メートルや二メートル程度ではないことも分かった。少なくとも五メートル以上はあり、何かを支えるための資材だったようで、それ相応の太さもあった。


 具体的な重量は分からないが、無論、あれが落下してきたら、その下にあるものはすべて押しつぶされることは、想像に難くなかった。


得体の知れない力によって、鉄柱なんかが重力に逆らって宙に浮いている。その光景に、とたんにぼくは恐怖を感じた。異物感は凄まじいものだった。


 その他にも、一本だけの支柱で支えられた岩塊や、物を運搬する用途のための手押し車が宙を漂っているのを見つけた。


 あれは? と問うと、少し前の事件で浮き上がってしまったらしい。物が重力に反するような事件が、この世界では起きるらしい、ぼくは身震いする。


 異物感が強まる。だが、この世界からすれば、異物はぼくの方なのだ。飲み込むしかないだろう。


「こんなふうに遺跡や遺物がたくさん観光できるので、ここは遺跡街道なんて呼ばれていたりします。本当は、ボルツ聖道っていう名前ですが」

「ああいうのは記録に残ってないの?」

「古いものには残ってはいますが、その当時でさえもよくわからないものとして記録されていますね」


 今度は骨組みと階段状のものがそろって残っていた。もしかすると、骨組みの上には物見のための小さな部屋があったのかもしれない。想像で補ってみると意外とバランスが良くなる。


 いつの間にか浮かれていた腰を下ろした。見ていると、荷車からこぼれ落ちてしまいそうだった。あれらが浮いている力には、同じように、見ている者を引き寄せる力があるのかもしれない。


 話題を変えようと、とりあえず思いついたことを口にした。


「ネロは毎日あんなところで、一人で笛を吹いているの? 危なくないかい?」


 そんなぼくの様子を察したか、ネロは明るめの表情をする。笑ってはいなかった。


「毎日、と言うわけではありません」


 ネロは視線を上げる。ぼくも目線を合わせる。

 ぼくの座っているところの左斜め上。その先にあるのは、暦表だった。そこには、今は暑気が強い時期である、と書かれていた。言うなれば夏ということだろう。


「ちょっと前から、世界の、気の流れと言いましょうか、情勢が、その言い伝えと一致するようなことになっていまして」

「情勢?」

「ええ」


 ネロは手帳を取り出す。そこに何かが書いてあるのか、と覗こうとしたところ、苦笑して、これは言い伝えの事が記されたもの、ではなく、単なる日記帳のようなものだと言ってポケットにしまった。


「まあ、言い伝えの予言の内容って、大抵悪いものなんですけどね」


 具体的にどういった例があるかは例によって思い出せないが、ネロの言うことは分かる。世界の混乱に、それらを解決してくれる英雄が生まれてくる。いわゆる、創作物語フィクション典型例テンプレだろう。


 ん? とぼくは声には出さなかったが、首をひねった。


 そうなると、今のぼくは、その英雄サマと同じ状況なのでは。こんな、記憶喪失の、ただのヒョロガリな子供が? いやいや、それもよくある話じゃないか。実は王家の血筋を引く勇者であった、とか、神の隠し子だった、とか。


 いやいやいやいや、ぼくは決してそういう、後世に名を遺すような人間ではない。しかし、ほんの一時間ちょっとの記憶を思い出せば、おそらく言い伝えをなぞっているのだろう。だからネロはあそこにいたのだ。


「もちろん、毎日あそこにいるわけではないですし。今日は別件が早めに片付いたので、本当、よかったです」

「別件?」


 ネロは笑って、食い扶持ですよ、と言った。


 野菜とか、キノコとか、なにかそういうものの採取だろうか、と思って荷台を見たが、それらしきものはなかった。あるのは可愛らしいガラの布で包まれた弁当箱と、布で覆われた棒状の何かだ。


 何かを持ち帰っているわけでもない、が、ぼくがネロと出会う前にやっておいてよかったこと。


 それってどういう、と言おうとした瞬間。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴が街道を衝撃波のように駆け巡り、キダラの足を止めた。

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