1-1 森籠り訓練 part1
限りある平穏
滲むインクに
飲み込まれる意思
ぼくとフェンデル、そしてアリアの三人は、今、セント・ヴァイシュの森に居る。
時間は夜になったばかり。得体の知れない鳥の低い鳴き声が、木々の合間をすり抜け風と共にぼくらを撫でてくる。この不気味な森の中を進むための明かりは、先頭を行くフェンデルの持つ魔法カンテラのみ。
少し前まで、怖いものはおそらく駄目だ、と思っていたのだが、意気揚々と先頭を行っていたフェンデルがビビり散らかしているのを見て、意外と平気になってきた。
アリアはというと、彼女はモンスターに対する気配察知能力が高く、この三人の中でも最も重要な役割を果たしてくれており、フェンデルのへっぴり腰でも、比較的安全に森の中を進むことができていた。実際、彼女は何度か魔物の群れとの遭遇を察知しており、無用な戦闘を回避していた。
古い文献で読んだのだが、モンスターたちは日の光が届かない影の場所で活発化することが分かっており、したがって、夜に行動することは、よほどの命知らずか腕利きかでなければ危険だという。魔力が魔物になる凝固が起こるのも、夜の時間帯が最も多いと考えられている。生まれたてほやほやの魔物たちが群れを成している可能性が高いことも含めて、危険と判断されたのだろう。
ではなぜ、ぼくらがそんな時間にセント・ヴァイシュの森を進んでいるかと言うと、これは自警団の訓練の風物詩である「森籠り訓練」の最中だからだ。
時はさかのぼって、今日の昼間。
朝の訓練を終えて食堂に向かおうとしたところ、ぼくらAクラスに対し呼び出しがかかった。三人班を組み、室内体育館に来い、という内容だったので、いつものように、アリアとフェンデルを連れ、相変わらずの仲を取り持ちながら、体育館に向かった。
おおよそ五分ほどでAクラス訓練生は集合したところ、ちょっとした荷物が三人班に分配され、そのまま何の説明もなく急に床に大規模な魔法陣が展開されるや否や、まばゆい光に包まれた。
そして、気が付けば、ぼくたち三人はいつぞやの、ぼくが目覚めた切り株の近くに居た。その切り株のお陰で、ここがセント・ヴァイシュの森であることが分かった。懐かしい地面を見て、どういうふうに寝転んでいたのだろうか、と思い出をめぐっている暇はなかった。
状況をよくわかっていないぼくを置いておいて、アリアとフェンデルの行動は素早く、直前に与えられた荷物の中を調べた。紙一枚と、魔法カンテラと、三つのネックレスのような装飾品が入っているだけだった。
フェンデルが紙を広げて内容を読む。簡単に説明すると、森を抜け、ボルツ聖道に通じる橋まで来ることが最終目的であり、期限は特に設けられていない。ただし、早く森を抜けても評価しない、つまり意味はない。三つのネックレス、これを他の班と奪い合いながら、より多くそれらを持って帰ってこい。そう書かれてあった。
アリアは昨年もこれに参加した(させられた)らしいが、ネックレスはなく、何とか生きて帰ってこい、という趣旨の訓練だったそうだ。それも、これも、果たして訓練と言えるのか、という疑問が絶えず頭を回ったが、やるしかない。
評価はどうする、とフェンデルが話す。ぼくとアリアは訓練生における優秀さはさほど重要視していなかったが、彼は捨てがたいものだと思っていた。しかし、この森に長いこと居座る気になれないのは彼も同じだった。
と言うわけで、ぼくらはそれぞれ武器を手に、もしも誰かが襲ってきたのなら返り討ちにしつつ、三日で森を抜けることを目標とした。そして、今は初日の夜ということだ。
まずは、食料を確保するところから始めた。
モンスターを倒すと、凝固の際に作り出されたと考えられる、モンスタードロップと呼ばれる何かしらが出現することは知っていたが、種族によってはその肉を遺すこともあることは初めて知った。鳥型の魔物、ハプトと、猪型の魔獣、イバーはその代表例だ。霧散するまでにそれらを切り取れば、本体が消滅しても、ドロップとして切り取った部分だけは残り続けるようだ。ここでもアリアの気配察知が役立ち、イバー肉を難なく三人分は確保できた。
夜になれば凝固が起こりやすい、と先ほども言ったが、実際にその場面に出くわした。急に見通しの悪い靄が立ち込め、それが魔力だと分かった途端に、テルミドールの姿かたちが作られていく。まるで影をそのまま立体化したかのように。それも一体や二体だけではなく、数十体がその場に発生した。生まれたての彼らは仲間がその場に“居すぎる”せいで、隠れているぼくたち三人のことには気づかなかった。その後、明後日の方向に走り出した一体に釣られ、集団は森の奥に消えていった。
ぼくの記憶では、凝固に関する詳しい記述を載せていた本はなかった。凝固を目の当たりにしたのは二人も初めての様で、三人で書くレポートの内容をメモしている。
自警団に入団してもうすぐ半年だが、いまだに分からないことが沢山ある。この山籠もり、ではなく森籠もり訓練は、そういった点でも有意義になるだろう。
日が暮れたので、今日はその場に留まることにした。落ちている枝葉などを集め、火を起こして肉を焼いていた。
「味付けなしの肉を食うのは久々だぜ」フェンデルは火に枝をくべながら言う。「事前に分かってりゃ塩とか持ってきたんだがな」
「分かってたら訓練の意味ないだろ」
「まあ、そうだよね。前も、あんな感じに始まったの?」
「いや、前は大体の時期を知らされていた。その時期も違っていたし」
「いつやってたんだ?」
「少し前くらい、リドの村にあれが来たくらいの時期。何だったら、この森籠もりは入団初年度にやるようなものじゃない」
「あれと言うと、親衛隊か。余裕のなさがわかるね」
アリアは頷き、フェンデルはあくびをする。
もうすぐ青い二つの月が頭の上に現れるだろう。枝葉と枝葉のギャップの上から差し込む月光が、だんだんと強くなっていくのが分かる。
イバー肉が良い感じに焼けたので、フェンデルに手渡す。なんだかんだ文句を言いつつも、彼は手渡されたイバー肉を美味しそうに食べていた。
アリアも、どこからか採取してきた野草を細かく刻んで肉に振りかけて食べている。彼女の普段の言動からはあまり想像がつかないが、結構、“お上品”な人だった。ぼくはと言うと、勢いよくかぶりついたものの、直前まで火に当たっていた部分で舌を火傷していた。
少しだけ、くべられた枝がはじける音と咀嚼音だけの空間があった。その静寂ともいえる空気を破ったのは、アリアだった。
「アンタはなんで自警団に入ったんだ?」
目線はフェンデルに向いていた。ぼくもそっちを見る。
「そりゃ、強くなるためだ。剣の腕を磨いて、誰にも負けないくらいに強くなる」
「前に、アラム王国出身だと言っていたけど、どうしてこの村に来た?」
「なんだ、尋問か?」半目になってアリアを睨む、が、食べる手を止めない。「それともおれのことが気に入ったか?」
「それはぼくも思った。アラム王国の方が、そういう剣とかの修行をしやすいんじゃないかなって」
「まあ、確かにそうだ。向こうの方がいろんな流派の師範代が集まっているし、何だったら王国軍に入隊することも考えたさ」
「親衛隊は?」
「落ちた」
「そりゃ残念」アリアは笑う。
「親衛隊にも予備役はあるんでしょ? フェンデルの実力ならそれくらいは通過できるんじゃあ――」
「座学と実技は通った。でも、面接で落ちた」
「なんじゃそりゃ」
「まあ、親衛隊の理念とおれのやりたいことが合わなかったってことだよ」
明らかに気落ちするフェンデルに、アリアは水を渡す。それを一息で飲み干すと、再びフェンデルはぽつりぽつりと話し始めた。
「親衛隊にさ、オヤジと姉貴が居るんだ。第二隊と第六隊」
「たしか、第二が突撃と、第六が偵察だったっけ」親衛隊のファンが作ったらしい本の内容を思い出す。あの時の、リンネさんの戦いを見る前に、ぼくとグラーファ隊長が居た見物櫓を飛び越えていった影が、偵察の第六隊だった。「すんごい速さで走れるとか」
「よく知っているな」
「見たことあるんだ。というか、話したことがあるかもしれない。たしか、金髪の、すっごくよくしゃべるヒト」
そいつだ、とフェンデルが笑う。
「速さだけじゃない、静寂を支配できると言っても過言じゃない。オヤジなんかは、大槍の一振りで山を消し飛ばした、なんていわれるほどだ」
「へぇ。きっと、バダラグ教官みたいな男なんだろうな」
頷く。バダラグ教官は槍ではなく、格闘術の専門であるので、この中ではアリアが師事している。あの体格で振るわれる大槍の破壊力は、想像を絶するものなんだろう。
同じく槍を扱うものとして、少しだけ興味が湧いていた。
「二人とも、まるで親衛隊に居るのが当然のように入隊したんだ。オヤジは親衛隊創立時から居るから、王国軍からの編入だったが。それに比べて、おれはそんな簡単にいかなかった。王国の士官学校にちょっと前まで居たんだが、空虚感を覚えるようになっていった」
「強くなれないから?」アリアは笑っていなかった。「それで辞めたのか」
「いくらやっても、二人の影すら踏めない。だけど、どうやったって影がまとわりつく。ずっと二人と比べられてきた。そいつが、ワザとでも、無自覚でも。落ち込むおれにかけられる慰めの言葉にも、影は必ずあった。おれにどうしろってんだよ、って。そんな心持で入隊試験を受けたんだ。当然、不合格さ。おれ、士官学校内じゃ、これでも最有力候補とか言って、持ち上げられていたんだぜ?」
「おいおい、今年のニュービィ、ヤバいんじゃない?」
「力があっても精神的に不安定なら、そいつはいつか大爆発する。多少は劣っていても安定している奴を取るのは間違いじゃない。おれもそれはすぐに分かった。そんなとき、リドの村で臨時の自警団の募集をするって教官から教えられてさ。迷った記憶はなかったな」
「今はどう?」
「楽しい、って言うとヤバい奴に聞こえるか?」
いつの間にか食べ終えていた、イバーの骨をぼくに向ける。先ほどまでの真剣な表情はどこへやら、今のフェンデルは悪そうな笑みを浮かべていた。
「ううん、ぼくも楽しい」
「じゃあ、この三人組はヤバい奴の集まりだ」
ぼくとフェンデルがアリアを見る。彼女はなんだよ、と言ってきょとんとしていた。
「アリアはどうなんだよ」
「あたし?」
「アラムとリドの出身ではないだろ。おれみたく自分から入ってきた感じもしない」
「あんた、結構鋭い時あるよね。そうさ、あたしは盗賊団で生まれて、十くらいの頃に団を逃げ出して、シシも知ってるカーサラって人に拾われたんだ」
指をなめつつ、骨を火の中に投げ入れる。
「まあ、当時のあたしはヒネててさ。盗賊団出身ってこともあって、周りからは疎まれるし、あたしを拾ったカーサラさんはというと」ぼくを見る。「あたしよりも出来の良い子どもにばかり構っていたしな」
その何年か後に、孤児院を抜け出し、再び盗賊っぽいことをしていたあるとき、襲った相手がバダラグ教官だった。教官はその身軽さと、内に秘められていた魔法の適性を見抜いた。また、教官の格闘術に翻弄されるのが悔しかったアリアは、自警団に入ることになったそうだ。
ネロと関わる理由の一片を知れたが、ネロ本人のことに関する謎は増えるばかりだ。いつか、彼女とちゃんと話してみよう。
今度はフェンデルが水を渡したあと、腕組をして聞いた。
「で? 今回の募集に応じた理由は?」
「あん? なんだ、これ。面接練習か?」
「いいから答えろよ」
「はぁ」大きめのため息。「単純に、もっと強くなれると思ったから。なんにもないとは言われているが、二人ともは気づいてるんだろ?」
「西大陸のことか?」フェンデルの声色はまじめだった。「この前、姉貴から聞いたよ」
「そうだ。あたしはあんたらヒトよりも魔力保有量が多い。魔人だからな。なんとなく感じられるんだよ。流れって言った方が分かりやすいかも」
「やっぱり、そういうのあるんだね」
「そう。それで、思った。世界が、流れが大きく変わりそうだ。自分の命を守るためには、流れに翻弄されずしっかりと足で立つためには、強くならなきゃならないって。だから、ここにいる。ま、あとは魔法の訓練だな。これは知識がものを言うから、とにかく勉強できるところがよかった」
「くそう、うらやましいぜ」
そういいながら、フェンデルが後ろへ寝転がる。頭上を見上げると、一つ目の月がちらりと地上を覗いていた。もうそんな時間か。
手元のイバー肉がまだ少し残っていた。冷めてしまっていて、流石に硬くなってきていた。飲み込めずにいると、アリアから水を貰った。
それを飲むと、二人の目線がぼくに向けられていることに気づいた。何かを期待しているまなざしだった。その意味に気づかないほど鈍くはなかったが、いざ話す番となると、緊張する。
何を話すべきか。ただ、いまだに鍵がかかった頭の中身で話すことがあるだろうか。そんなことを思いながら、水を飲む。焚火で若干ぬるくなっていた。
「ここに来てからの話しかできないよ」
「構わねえよ」寝ころんだままフェンデルが言う。「気にはなるけどな」
「ここに来るまで、武器を触ったことはなかったんだろ? それなのにそれだけ戦えるのは、何かあるんじゃないの」
「それも、良くわかっていないんだよね」
あの時の話、テルミドールの変異種の戦いの話をする。ホブゴブリンが人の声をまねて、ぼくとネロの引き離しを図ったこと、小石でキダラの荷台を全壊させられたこと、魔法がまったく効かない本体、なぜか動く身体。
ネロの話をするとアリアは嫌がると思ったが、その予想の反対で、彼女は静かに聞いていた。
持ったこともないはずだとわかるのに、槍を使った攻撃ができた。ネロとの連携で倒せたが、ネロの魔法がほとんど効いていなかった。
しかしネロのその、爆発する魔法というものは、火の魔力を高密度に収斂し、撃ち放つもので、普通のテルミドールなら一撃で黒焦げどころか炭になりかねないような威力を持つ。幾度かともに依頼に出たことがあるけれど、それを見たかったために連れて行ってもらったようなものだ。実際に黒焦げにしているのも見た。
そういえばぼくを助けるためとはいえ、すぐ近くにいるアイツにネロはそれを当てていたな、と思い出す。ただ単にそれを連続で撃てるだけではなく、しっかり命中させるその正確さ、ぼくに被害を及ぼさない精密さ。技量もやはり並外れているのだろう。今度教えてもらおう、と、話しながら思った。
次に話したのは、パレードのときのことだ。そこで、押し出されるように彼らの進行方向へと出てしまったせいで、(本当はリンネさんの名前を、誰も知らない方の名前を呼んだせいで)、親衛隊の人たちに捕まった。そこで、フェンデルのお姉さんに出会ったのだ。
もちろん、すべてを詳らかに話したわけではない。ただ、彼ら親衛隊の人気は凄かった、六隊の仕事も少しだけ見た、と話すと、フェンデルは誇らしげだったのが、ぼくはちょっとうれしかった。なんだかんだと言っても、彼は家族を誇りに思っていたようだ。
リンネさんたち十二隊の話もした。それで、ぼくは自警団入りをグラーファ隊長に勧められ、ここに居ることになった。
いつの間にかフェンデルは身体を起こし、アリアはかなり真剣な表情でぼくの話を聞いていた。夢中になって話してしまっていたのが、急に恥ずかしくなってきた。手元で弄んでいる急ごしらえのコップの中に少しだけ残っていた水を、大げさにあおった。
「グラーファ隊長と話せる機会なんて、そうそうないぜ」
「話せる人のほうが少ない。あんた、結構すごいことしてるね」
「ぼくもそう思うよ。まるで、あらかじめ決められていたみたいだった」
「それで、生ける伝説はどんなことをしたい?」
「え?」
「自警団入りを果たしたあとの、目標はなんだ?」
そう問われた途端、ぼくは言葉をなくした。
目標。
まだ、見つけられていなかった。
今の、いままでの二人の話を聞いて、二人ともがこの自警団に対して目標を持っている。対して、ぼくはまだ何も考えつかない。単純に強くなるだけでは、この二人に並び立つこともできない。
なんか、やべえこと聞いちまったかな、とフェンデルがアリアに耳打ちするのを聞いて、ぼくは笑うよう努めた。
「まだ、分からないんだ。決めてない、とも言える。フェンデルやアリアみたいに、強くなるっていうのは一緒なんだけど、どう強くなるのか、それがまだわからないんだ」
「あたしみたいに、魔法を極めてみるのもいいと思う。シシにはその才能がある」
アリアは時折、ぼくに魔法を勧めてくれる。彼女は目標にしている通り、魔法に関してかなり熱心であり、日々ぼくと魔法の訓練を欠かさず行っている。ぼくと彼女は魔法・魔術・魔導に関しては意見が合うことが多い。これに関してはネロよりも、ぼくの魔法の実力が底上げされたのは、アリアの存在は切り離せない。
その流れのもとはネロか、カーサラさんか。どちらにせよ、その熱心さはぼくには、そしてこの三人で行動するにはありがたかった。
クエストギルドで稼ぐ人たちの傾向を見るに、補助を行うメンバが一人くらい居るのが常道、というより常識だ。補助と言うのは、回復魔法であったり、或いは強化魔法であったり、はたまた支援攻撃であったり。相手を休ませず、かつ仲間を摩耗から保護する大変な役割だ。モンスターを安全に狩るためには、そういった者を組み込んだ編成が当たり前、ということになる。しかし、ぼくらは三人ともが前に出る。なので、補助を専門に行うものが居ないのである。
なので、ぼくとアリアが互いに補助を行いつつ、フェンデルが自慢の剣技で突破していく、そういうスタイルが確立しつつあった。誰かがもとからのスタイルを変える、という発想はなかった。全ては、各々の能力を発揮するため。
セオリーを無視した無茶な動き方だと、アルフレッド教官に言われたのを思い出す。
これを提案したのは、フェンデルだった。
「いーや。シシには槍の力がある。おれには分かる。考えなくても身体が動くのは、才能があるからだ」
フェンデルは王宮剣術と言う、由緒正しい(らしい)剣術をもとにした動きをする。それを一言で表すと、かまいたち、だ。素早い、正確な一撃。普段の言動からはあまり想像できないような、いやらしい攻撃が得意だった。
それでいて、パワフルなのだ。幾度か、フェンデルとクエストをこなしたことがある。彼が得意とするゴブリン退治だ。早いくせに、一撃が重たい。それでコアも正確に狙える精度を持っている。文字通り、ゴブリン二体を吹き飛ばしてしまったのを目の当たりにした。おかげでモンスタードロップすらも吹き飛んでしまい、追加報酬がゼロになってしまったのだが。
弱点がないわけではない。ぼくとフェンデルの模擬戦の成績は、八戦三勝五敗。負けてはいるが、三勝のうち二勝は直近の二連勝だ。彼は修正が効きづらいところがある。よく言えばスタイルにブレがないのだが、見えてしまえば対処ができないわけではなかった。これはぼくと彼の打ち合い回数が多いのも原因だろう。
負けているぼくが言うのも変な話だが、しかし、そんなぼくを、彼は期待してくれている。彼と打ち合うたび、ぼくも彼も、強くなるための階段を着実に上っているのが実感できた。
つくづく、良い仲間を得られたと、幸せに思っている。
「ああ、確かに」ぼくとフェンデルの顔を見比べながらアリアは言う。「シシの方がデカそう」
「お? 喧嘩か?」
「どういう意味?」
殴りかかるふりなどをしていた二人が、ぼくの顔を見る。
「シシ、おまえってさ、ネロさんとどんな関係なわけ?」とフェンデル。
「居候と、家主」単純な答えで返す。「あ、拾われた犬と、その命の恩人?」
「で?」
「で、って、なに?」
「なにって、そりゃおまえ」
そこまで言って口ごもる彼に、アリアは噴き出す。この人、結構笑う人だ、と思ったのもつい最近のことだ。
「おまえもそっち側だろ」
「お、おれはそんなことねぇぜ。地元には今まさに、強くなったおれが帰るのを、この夜空に祈りながら待ってくれている人がだな」
「母ちゃんじゃん、それ」
「違う、って言いづれぇトコ出してくるんじゃねぇ。これでも士官学校時代はモテてたんだ、まだ文通だってしているんだからな――」
フェンデルがそれを言い終わる前に、ぼくは反射的に彼を押し倒した。




