5-2 模擬戦
騒ぎを起こしてしまったので、小さくなりながら武術試験の場所に行く。こちらはちょっとしたステージがあって、そこで二人組が各々の得物を持って打ち合っていた。
今、ステージ上で打ち合っている組は、二人とも剣を使っている。周囲の待機組は、隣り合った者と意見を交わしながら、じっとステージ上の打ち合いを見ている。先ほどの魔術試験よりも騒々しいが、緊迫感がある。
アルフレッド教官がじっと見ている、という事も寄与しているだろう。教官は腕組の体勢のまま、瞬きもしているか怪しいほど、静かに見つめている。
ステージに視線を戻す。片方の訓練生がすっと低い体勢を取った。突き上げの体勢だが、それを見越したもう片方が、手首を回して剣を躍らせる。
「勝負ありだな」いつの間にか隣にいたフェンデルが言う。
突き上げの剣を戻せず、持ち手を叩かれると、アルフレッド教官が笛を短く吹いた。終了の合図だった。たがいに礼を言い、教官のところに駆け足で集まると、おそらく注意点や改善点などを仰いでいるようだった。
「どうだ、おれと打ち合わねぇか?」
「フェンデルと? 勝負にならないと思うけど」
「大した自信だな、オイ!!」背中をバスバス叩かれる。「こりゃいい勝負になるんじゃねえか?」
「違う違う、ぼくが弱すぎて、だよ」
「謙遜は無しだぜ。ネロさんから聞いたんだから」
「ネロ? ていうか、さんって」
ふと、審査教官の方を見てみると、確かにそこに見慣れた少女の姿があった。向こうは先ほどからこちらを捉えていたようで、ぼくとの目線ががっつりぶつかると、不敵な笑みが返ってきた。
あれは、見せてみろ、の意味だろう。隣にはバダラグ教官の姿もある。彼もまた、ぼくを見てから頷いた。
なぜか、彼女はぼくに、武術の才能を信じて疑わない。それはおそらくやはり、あのテルミドールとの戦闘から起因するのだろうけど、買いかぶりすぎというものだ。自警団に入ると伝えた日から、ネロから頼まれて何度も手合わせをしたが、ぼくは彼女に、まともに一打も当てることができなかったのだ。
辛うじて、最後の方には一合二合、打ち合いをすることができたが、それっきりだ。もちろん、それは彼女がぼくに力を合わせてくれたからに他ならない。
しかし、そういう経緯があったとしても、ネロはぼくへの期待を諦めなかった。あの時使っていたのは剣ではなく槍だったことから、槍術の基本を彼女から多少教わった。それでも、満足な試合は一つもできなかったのだが。
しかし、ネロに唆されたフェンデルはすっかりその気になってしまっていた。どこからかぼくの為に、先端に丸い球が付いた模造槍を持ってきて、背中を押されてなされるままに歩くと、気づけば、ぼくらはステージ上に居た。
ステージに柵はない。ただの木の板の張り合わせの台があるに過ぎず、観客の視線が遮られることなく届く。こういうのは昔から苦手だ、無数の目がこっちを見ているのを感じれば、とたんに眩暈を覚える。
しかし、上がってしまったからには、そんな事を感じる余裕を捨てるために、やるしかないだろう。
ぼくはふう、と一息吐いてから、覚悟を決める。
手に持っている棒がずっしりと重たくなる。
「やる気になったようだな」とフェンデル。「お手並み拝見だぜ、シシ」
「ネロみたいなのは期待しないでよ、あの人は特別だ」
「それほどとはいかなくとも、ネロさんと肩を並べて戦える程度には強いんだろ?」
「ぼくは後ろからついていっただけだ、何もしていない」
「フン、なら、その弱腰、叩いて矯正してやる」
フェンデルが剣を両手で握り、顔の前で構える。目つきが変わった。彼はぼくよりも戦闘経験が豊富だ。ゴブリンを一人で何体も退治してきたと話したのは、間違いではないらしい。
槍を構える。あの時と同じように。
短い笛の合図とともに、フェンデルの身体がまっすぐ突っ込んでくる。彼らしい。こちらから手を出さないことをわかっていた。
右に避ける。薙ぎの追撃、槍を縦に使って防ぐ。衝撃はさほど。手を抜いているのだろう。
地面に付いている方を蹴って構えをニュートラルに。そのまま一度突く。
当然、いなされる。穂先を弾いた勢いのまま、再び横なぎ。
後ろ手を張り手のように突き出す。柄の後ろの方が剣を受け止める。
「フン」
バックステップ、距離が開く。
「まあまあ、と言ったところか。言うほど、弱くはないぞ」
「ありがとう。でも、フェンデル、手を抜いているね。教官にどやされるよ」
「そんなことにはならない、なぜなら―――」
タックル。さっきの突っ込みよりも早い。
同じように肩でぶつかっていく。彼の剣を抑えながら。
スピードが上がった。ギアが一段繰り上がったのが分かる。
剣の素早さを活かしながら、彼は連撃を繰り出す。
右、左、左、左、と不規則な攻撃。不規則故にリズムもない。読みづらいやり方だ。
両手の間隔を短めにしてそれらに対応しつつ、期を待つ。
不規則故に、リズムを崩せるタイミングを。
「そりゃ!!」
左から右、右に入るわずかなインターバルを狙った。
右手側に深く握って、左から大きく薙ぐ。
槍の良いところは、遠心力を多大に活かせるところだ。
薙げば、それだけでも十分な威力を発揮する。
「うぉ⁉」
それを受け止めた彼が、わずかに滞空する。まともにこの攻撃が当たったのは初めてだ。ネロとの特訓も意外と成果として表れている。
が、彼もその程度ではやられはしない。
立ち直りが思った以上に速い。即座に反撃の嵐。
速さを上げれば、威力が上がる。まさにそれを体現するかのような連撃。
だが、それだとリズムが生まれてしまう。
故に防ぐことが比較的容易である。
しかし、それを利用することもできる。
「かかったな!!」
予想外の刺突。真正面。
慌てて槍を回転させて軌道をずらす。切っ先が頬をかすめる。
横を防ぐことに集中していておろそかになった、喉元を狙った鋭い一撃。
「危ないじゃないか!!」ぼくは思わず叫ぶ。「模擬戦だろ?!」
「模擬戦でも、けがをすることはある。シシ、おれはおまえの本気を見たいだけだ」
「本気って……、ぼくは手を抜いているつもりはない」
「いいや、おまえはまだ力を温存している。もっとやれるはずだ。それこそ、おまえが教官に怒られるかも、な!!」
右から左に大ぶりの攻撃。槍を縦にして防ぐ。
そのまま流れるように剣を逆手に持ち、身体を捻って勢いを増した突き。右腕を狙ったそれを、柄でいなしてもその振動が手をしびれさせてくる。
「もらった!!」
左手を軸にした左から右への逆払い。
槍が弾かれる。わきに抱えたのがまずかったか。いや、それが狙いだろう。
床に転がったのを拾いに行こうとし、手を伸ばしたところで、模造剣の冷たい感触が首あたりに置かれる。
短い笛の音。
ぼくはつばを飲み込み、槍を拾ってから立ち上がる。
向かい合って、礼をしてから、ぼくとフェンデルの間に会話はなかった。
ステージを降りると、彼に腕を引かれ、アルフレッド教官のもとに連れられる。すると、教官の隣に、同じように腕組をしたネロが立っていた。アルフレッド教官はぼくの目を見ると、ネロを指さす。こっちに怒られろ、という事らしい。
フェンデルが元気よく薫陶を賜っている横で、次はネロに手を引かれて、テントの下の日陰に入る。ここは教官陣の監視所のようなところだ。
「お水、飲みます?」
「飲んでも怒られないのなら」
「それのなにを怒ればいいのでしょう?」
「さぁ」ぼくはどっと疲れを感じた。「わかんないや」
「でも、反省点はわかりますよね?」
やっぱり怒られるんじゃないか、とぼやくと、ぼくへのお説教が数分延びた。




