4-3 まるで踊るように
訓練所を出て少し歩くと、訓練器具がなにも置かれていない、広めのグラウンドに着いた。訓練所にあるグラウンドには、障害物が置かれていたが、こちらはある程度平らであり、地面には消えかかった白線があるだけだ。細長い形をしており、短い方でも二百メートルはあり、長い方は五百メートルほどある、とグラーファ隊長は言った。
グラウンドの周囲は薄く木が生えている。遠くまでは見通せないが、薄暗さは先ほどの訓練所よりかはマシだった。月はかなり強く光っていて、夜だと言うのにグラウンドの影は濃く見える。やはり、夜はまだまだ肌寒い。
そのグラウンドを見下ろせる、櫓と言うべきか、櫓をいくつか並べて通路で繋げたところに通された。高さは十メートルくらいで、広いグラウンドを隅まで見渡せるようになっている。机や椅子なども並べられており、ここから指示を出したりするのだろう。
現在、リドの村周辺は、数十メートル間隔でアラム王国親衛隊が配置されている。自警団も加わり、過剰ともいえるほどに強固な防衛線が敷かれている。おそらく、そこにはネロも居るのだろう。
そして、ここに居るのは、ぼくとグラーファ隊長、そしてグラウンドに三人の人影。横に一列、一番隊の三人、左からゲオルグ、リンネ、レーデンが並んでいる。三人は、先ほどの恰好と変わらない、全く鎧を身に着けていない軽装のまま、武器を携えている。ガイクはノーマルな剣を一本、レーデンは長身の柄に太い刃がつき、その刃は先が三つに分かれている不思議な武器 (エンベルクというらしい)を、そしてリンネさんは、厚く長い刀身を持つ、いわゆる大太刀を持っていた。
異様と言うほかなかった。三人とも軽装で、防具と言っていいものは、胸当てしかしていない。特に、小柄なリンネさんはひときわ異物のように見えた。しかし、すでに鞘から抜き出されているその一本は、重さで震えている様子はない。右手にある刀は今、ぎらぎらと月光を切り刻み、地面に影として染みを作っていた。
グラウンド真正面、ちょうどぼくらが向いている方向で、長い方だ。その茂みから、数人分の黒い影が現れる。それらは凄まじい速さでグラウンドを駆け、三人をすり抜けていき、櫓を悠々と飛び越えて、はるか後方へ影となって消えていった。五百メートルもあるというグラウンドを、ものの数秒で駆け抜けていったのだ。とても人間の速さとは思えないし、今まさにぼくらの頭の上をその影が飛んで行ったことも信じられなかった。
魔法よりも超常的な出来事に目を回していると、三人が武器を構えた。正面の地面に投影された、木の影が揺らめく。月光によってあらわになった形は、何ともおぞましいものだった。
最初に出てきたのは、不定形の靄の魔物。頭の目に当たる部分と、胴体にある中心にあるコアが光り、機械か何かの端くれを爪に見立てて動かしている。あれがゴブリンと言う種だった。魔導と言う、魔術や魔法とは似て非なる原理で生み出された魔物らしいが、口がある種ではないのにもかかわらず、リンネさんたちを見て、金切り声のような叫びをあげ、がしゃがしゃと足音を鳴らして進んでくる。
三人はゆっくりと歩みを進める。リンネさんが最も突出し、二人は後ろで均等な距離を保ち、三角形の陣営をなるべく維持するような形で迎撃陣形を取る。平べったい二等辺三角形のようだ。
リンネさんが大太刀を両手で持ち上げ、大きく振りかぶって右から左へと薙ぐ。
一瞬、その斬撃はゲームのようなエフェクトを伴った。実際には月光を反射してそう見えただけかもしれないが、持っている大太刀の射程以上に居たゴブリンたちのコアも、纏めて斬り飛ばされた。
音が遅れて聞こえるような、冷たい一撃。飛ばされたコアは後方へと飛び、そして爆発した。あの横薙ぎ一閃、それだけで、魔物の先方隊は壊滅的な損害を受けた。その一瞬の出来事に、ぼくは身震いする。
こまごまとした取り巻きは、レーデンやガイクが瞬時に処理する。レーデンは長物を獲物としているとは思えないほどの軽やかさで振るい、ゲオルグはノーマルな剣で居合の形をとっている。
先方隊に続く第一陣は数分の内に打ち砕かれた。第二陣はすぐに現れた。
今度はゴブリンと、それを束ねるより人型の魔物、ホブゴブリンと、一つ目の、身2メートル以上はある巨体を動かすオークという魔物が現れた。ゴブリンは爪から火の魔法を弾丸のように放ちながら歩みを進め、オークとホブゴブリンは歩みを遅くして少し後方で待機している。
これを見たグラーファ隊長は、やはりな、とつぶやいた。
「陣とは言えないほどお粗末なものだが、それを理解しているような素振りがある」
「というと?」ぼくは聞いた。
「普通、ゴブリンやホブゴブリン、オーク程度の魔物であれば、とにかく突撃を繰り返し、勝てないと悟れば途端に逃げ出すような知能しか持ち合わせていない。しかし、今はホブゴブリンとオークは、ゴブリンという前線を理解している。後ろを見てみろ、ホブゴブリンは何かの魔法を仕掛けようとしている。それを隠すようにオークが並んで展開しているのがわかるだろう」
「それって、かなり危険な事なのでは」
「魔物を舐めて掛かっていれば、確かに危ういだろう」
しかし、彼女たちは違う、と言う。
最も危険な存在であると判断されたのか、ゴブリンたちからの集中砲火を受けているリンネさんは、放たれる火の魔法を一つ残らず剣戟で掻き消し、それを刀身に纏わせつつ、今度は熱い一閃を浴びせる。先ほどと同じように、ゴブリンたちはその一撃でコアを切り裂かれ、その場で爆発する。
後ろで待機していた別動隊のオークたちが、ホブゴブリンを飛び越え一斉にリンネに襲い掛かる。大太刀の隙を狙った攻撃だが、一閃の勢いをそのまま利用し、上から下、下から上への攻撃を繰り出す。リンネさんたちの逃げ道を潰すために突撃したゴブリンらを残して、後ろで待機していたホブゴブリン諸共、消し飛ばした。
ハッキリ言って、滅茶苦茶だった。横なぎの勢いを利用して、上下から下上の二連。燕返しという技の応用だと隊長は言うが、横の勢いを縦に活かすことができるような、そんな軽い刀を扱っているわけではない。
斬撃を形にして飛ばすことができる、それはおそらく魔法を応用すれば可能なのだろう。
身体の小ささにかかわらず、剣を自由自在に操る力、それがリンネさんの強さたる所以なのである。
彼女の動きに目が行きがちだが、ゲオルグとレーデンの動きも相当なものだ。取りこぼしと言っても、十体はそこにいる。それらを一人で相手取っても、彼女の次の攻撃に間に合うように処理できている。オークは粗悪ではあるが武器を持っている。大きな斧や鉈のようなものを手にしているが、それらと打ち合う事すらせず、簡単に弱点らしき部位を斬っていくことができる。素早さではゲオルグが勝り、力や魔法を統合すればレーデンが凄まじい。
ぞぞぞ、と現れた第三陣は、ほぼ主力と思われる数。ざっと見渡しても五百体以上は居るだろう。テルミドール、オーク、そして再びゴブリンの軍勢だ。
もはや小手先の戦術もどきは通用しないと悟ったのか、軍勢が一斉に動きだし、取り囲むような円状に展開する。ここにぼくらが居ることすら気づいていないようだ。しかし、やはりそれらは瞬く間に切り刻まれていく。
取り囲む動きは見事だった。リンネさんたちを分断するために、奥へ奥へ引きずり込むようにしていたが、三人は三角形の陣形を一切崩さずに、流れに逆らうように手前側へ引いていく。
一歩。リンネさんが一歩だけその場で踏み、低く腰を下ろした。大太刀は右側に寄せられ、身体を大きくそちらへねじっている。
そして、プレッシャーがかけられたネジが弾けるかの如き速さで、円を氷の上を滑るように描いた。全ての斬撃の音が一斉に重なって聞こえた。音が聞こえたタイミングでは、すでに次の攻撃の体勢に移っていた。遅れて霧散が起きる。
続いて前方への切り抜け。直線上に居た魔物を、大小関係なく真っ二つにすると、再び勢いを利用して、振り返って切り抜け、そしてまた振り返って切り抜け、三角形の辺を結び合わせるような動きをする。すると、ゲオルグの誘導とレーデンが魔法を起こして中心に敵を集める。誘い込まれ、逃げ場を失ったモンスターたちを、リンネさんは居合の形のような体勢を取った後、一太刀で切り抜ける。剣先が月明りと反射すると、モンスターたちの短い断末魔が聞こえた。
気づけば、あんなに溢れるように居た魔物が、ほぼすべてグラウンドの染みになっていた。
それぞれが剣や刃に付着した影を振り払うと、そのグラウンドの染みから、一際、大きな影が現れる。八メートルの巨体、手には鉄塊のような剣、血走った眼付きの角付きの魔物、オーガという種だ。
地べたに居る三人を狙った攻撃で、地面が揺れる。櫓は大地震に見舞われたかのように大きく揺れ、とても立っていられるようなものじゃなかった。ぼくはしりもちをつき、他の数人がよろめく。
「こいつがボスか」もはや他人事のようなトーンで隊長が言う。仁王立ちのまま。
「こ、こんなでかい魔物、たった三人で倒せるんですか⁉」
オーガが動くだけでも風圧で身体を持っていかれるだろう。その上、振るう武器をかすめるだけでも致命傷になりかねない。三人は出方をうかがうように、オーガの周囲をぐるぐると回っている。レーデンやゲオルグが隙を見て斬りかかっても、分厚すぎる筋肉のせいでまるで歯が立たたない。
「オーガはかなり手ごわい。が、敵ではないな」
という会話の終わり際、悲痛な叫び声が上がる。振り返ると、巨体の頭部が消滅し、身体を霧散させ月光を曇らせていく中、リンネさんがこちらに向かって飛んできていた。
大慌てで彼女の身体を受け止める。身体中に得体の知れない液体が大量に付着する。が、リンネさんは頭からつま先まで、真っ黒な状態だった。
「そんな表情をなさっていても、あなたはわたくしを受け止めてくださるのですね」
彼女は、幼い子供がおもちゃを買ってもらった時のような、すごく嬉しそうな笑みでぼくを見た。
今夜は眠れないだろう。ぼくはそう思った。
月が明るすぎるのだ。




