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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
一章 リドの村
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4-2 ちょっと昔の話

 グラーファ隊長は顔の傷を撫でつつ、ぼくの肩に手を置く。


「まあ。気を落とすな」

「いえ、グラーファさん」立ち上がる。「呆気に取られていただけです」

「そうか。しかし、どうしたと言うんだろうか」


 隊長は、ぼくが彼をまっすぐ見返していたことに気づく。


 彼女に触れられて記憶のごく一部が蘇った。ぼくと、彼女の間にしか通用しない、他者からすれば取るに足らない記憶の断片だ。だが、やはり、彼女と接触することが、「ぼく」を取り戻すトリガーになっていたのは間違いなかった。


 使命を取り戻せたわけではない、だが、それを果たすには彼女が不可欠だ。


 しかし、彼女がそれを一人で果たそうとしている。自らの命をかけて。だが、それでは十分に使命を果たすどころか、ただ彼女が死ぬだけで終わってしまうだろう。どちらかが欠けては意味がない。そうでないならばなぜ、ぼくはここに居るのか。


 なぜ、昨日今日で彼女と出会えた?


 示し合わせたかのように、今日この日に、親衛隊がリドの村にやってきた。彼らの目的は知らないが、ぼくがそのタイミングに立ち会うことに意味がないとは考えにくい。その中でありうる可能性と言えば、ぼくとリンネさんが出会うため。

 会話の内容や流れなどは関係ない。その場に誰が居ようとも、それに意味があるのだとしたら。ぼくの記憶のトリガーを発動するために、ちょうど、ここに来たのだと思うと、他にも何かがあるはずだと、ぼくは推測した。


「そういえば、どうしてアラム王国の親衛隊の方々が、リドの村に?」

「それが、何か関係するのか?」

「いえ、単純に、気になっただけです」


 ふむ、と隊長は考える仕草をする。


「キミは、リドの村周辺での出来事は知っているか」

「出来事、というと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、でしょうか」

「多く、強く、小賢しく」


 隊長が隣に座る。


「キミが戦った、テルミドールのようだ」

「どういうことです?」


「モンスターは知性を持たない。思考能力を有するとされる種も存在するが、本当にそうなのかは未だ証明されていない。『われわれ』と生活を共にする種があらわれ始めたのも、この百年の間の出来事だ。フリュークの歴史から見ても表層と言っていい」


「つまり、知性があると言われ始めたのは、もっと最近だと?」


「そうだ。わたしがその噂を知ったのは、親衛隊に入る直前だった。ま、二十年くらい前ってことになるな。当時は信じられなかったよ。その噂が流れてきても、見つかる奴らは今までとは何ら変わりない。なぜそのような話が出来上がったのか、当時の研究者たちも頭と首を痛めていただろう。しかし、その流れが、また最近変わってきた、というより、本当になったと言った方が正しいかもな」


 隊長はおもむろに地図を取り出す。軽装なのにどこから、と思ったが、彼はいつでも地図を見られるように、常に持ち歩いていると教えてくれた。それはこの村の周辺のものではなく、この東大陸全体の地図だった。


 あるところを指さす。古い地図のためか、そこに書かれている文字は掠れて読めないのだが、家の絵が描かれているのは辛うじて分かった。リドの村より東に少し行ったところだ。セント・ヴァイシュの森が北に位置するので、ボルツ聖道への分岐を直進すれば、キダラで二時間程度あれば到着するだろう。


「五年前、ここがモンスターの襲撃を受けた」

「襲撃、ですか」

「襲撃自体はごく稀に発生する。問題は、数と、とくに指揮官の存在だ」


「指揮官?」ぼくは問う。「人がやったんですか?」


「いや、人ではない。人型ではある。オプ・スナというモンスターだ。当時から現在に至るまで、たったその一体しか確認されていない種。身体はデカく、十メートルほど。頭は胴体と一体化しており、眼球が胴体と両腕にある不気味な奴だ。頭頂部らしき場所で人を食べていた。そこが口だったわけだ」


「聞いているだけでも、頭がおかしくなりそうです。イメージができない」

「実際、見ただけで気を失った隊員もいた。討伐した後もフラッシュバックが起きて、半年はベッドから出られなかった奴を知っている。だが、その場に居合わせた者が口をそろえて言った証言がある」


「しゃべった、と?」

「ああ。おれたちも聞いた、というか、わたしたちに話しかけてきたのだよ。『遅かったな』と」


 寒気がする。どういう声なのかは想像もできないが、きっと地獄から聞こえていると思ってしまうだろう。

 声だけではない。言葉を理解していること、言い換えれば知性が存在するという事実は、本能的に何かを襲うモンスターとは違う事を示す。つまり、オプ・スナは、それらモンスターよりも、ぼくたち人間のほうに近い存在であると言わざるを得ない。


「ソイツは自慢したがりでな。どれそれ、どういう種を何体連れてきた、とかをぺらぺら話しやがった。そこに居た村人を何人食った、とかを、デカい声で話すんだ」

「……、もしかして」


「察しが良いな」


 隊長は目を伏せて言う。


「そうだ。その事件以降、言葉を理解するモンスターがあらわれるようになった」


 モンスターは、倒されると魔力の靄となって霧散する。ダメージを与えられることによって、その形を保てなくなるためであるとされている。そして、空気中を漂う、目に見えない魔力は、時を経て再びモンスターの形に固まる。ただのモンスターの場合、また同じ種のモンスターの発生につながる可能性が高い、と、カーサラさんは言っていた。


 しかし、オプ・スナを構成した魔力は、おそらく、いわゆる変異種的なものだったのだろう。モンスターの変異もしくは特異は、その個体限りであるとされているが、それらを構成する魔力の段階で変化が生じれば、魔力の質とそれに伴う構成に対しても変化が起きたと考えられ、たとえその個体が霧散しても、別個体に継承されることも十分あり得る。それが、そのオプ・スナで段階を飛ばしたような進化を起こしたのだろう。


 しかし、全てのモンスターが言葉を理解するようになったわけでもない。何かしらの条件を満たした種もしくは個体だけが、その力を使えるようになるだとか、そういったハードルはまだ存在するようだ。その克服も、時間の問題だろう。


「ちなみに、オプ・スナを討伐したのは、親衛隊に入隊したばかりの見習い兵士のリンネくんと、偶然その場に居合わせたネロくんだ」


 なるほど、ネロが有名になった、なってしまったのはここが発端か、と納得する一方で、当然の疑問が浮かぶ。それは彼女の年齢だ。


「五年前となると、ネロはまだ十二にもなっていないのでは」


 今のぼくは、おそらく十七もしくは十八だ。ネロはぼくより一つか二つほど年下、と本人は言っていた。そう考えると、絶対にありえない、とまではいかなくとも、親衛隊と肩を並べて戦えるほど強いと言うのは明らかに不自然だ。


「わたしから見れば、赤子も同然だった。しかし、その子は、リンネくんに勝るとも劣らない剣の使い手だった。魔法も使えることも加味すれば、当代最強の人間であるリンネくんに比肩するだろう。いやはや、モンスターもだが、近ごろの若者のすごさは並外れているな。あの時、ネロくんを取り入れられなかったことが心残りだよ」


 嘘ではないのだろう。気になることだが、今は置いておく。


「しかし、それと今回の来訪に、何の関係があるのです?」


 はぐらかされたと思ってはいなかったし、すごく興味深い事件だったが、ぼくの質問の答えにはなっていなかった。


 地図をたたみながら、隊長は言う。


「西大陸に、そういったモンスターの集団が確認された」


「特異種や、変異種の群れ、という事ですか」


 身体を隊長へ向ける。隊長は重く頷いていた。


「言葉を話す、知性を持つ、戦略や戦術を理解するモンスターが、一体や二体ではなく、百を超える数で集まっている。周辺地域からの情報だ」


 周辺地域、彼らの上の事情を思い出せば、それはつまり、カーサラさんからの情報と言うわけだ。


「それをもとに、その集団を放置することは非常に危険だと、アラム国王が判断されたのだ」


 アイツって本当にヤバい奴だったんだな、という思考は隅に追いやられた。


「西大陸にも大きな国があると思うのですが、そちらが対処するのでは?」

「勉強熱心だな。そうだ、ガリウス帝国がある。だが、彼らは知らない。いや、分かっていないのかもしれない」


「どういうことですか」

「政治的なしがらみか、はたまた自分の大陸の不祥事を知られてしまったことへのいやがらせか。まあ、そういうことだ」

「馬鹿げている、自国の近くに脅威が迫っているというのに」


 帝国だけではない。その周辺国、街、村などにも危険が及んでいるのは言うまでもない。


 もしも近くの村で襲撃が起こったとしたら、見殺しにしたとして糾弾されることは確実だ。こちら側から救援を送って、損害ゼロで抑えられたとしても、やはりメンツはつぶれるだろう。何もしないことにメリットは無いはずだ。


「やはり、向こう主催の剣技大会で、リンネくんとネロくんたちで首位を独占してしまったことを恨んでいるのかもな」


「つくづく規格外ですね、あの二人は」


 ふふ、と笑う。しかし、すぐに険しい顔に戻った。


「国王は、われわれ親衛隊と東大陸のいくつかの友好国の兵士たちとともに、討伐隊として、そのモンスターたちを倒しに行く。すでに、西大陸の一部地域に被害が起きている。これは、フリューク二大国の片方として、見過ごせない事態にまで発展している」


 そして、ぼくを見る。


「われわれが結成する討伐隊の遠征の関係上、友好国や周辺地域に対してインストラクターとして派遣していた親衛隊隊員も招集する。今日はその通達に来たという事だ。時がたてば公開されるが、今はまだ秘匿事項であるからな。あまり喋ってくれるな」


「お約束します。まあ、おそらく、話す相手も知っていることでしょうが」


 なるほど、こういう事か。

 しかし、これはかなり確率が低い。賭けにもなっていない。でも、隊長には示すべきだろう。

 そして、彼女にも。


 これはそういう流れになっている。誰が、なぜ、どうやって仕組んだかはこの際どうでもいいことだった。


 逡巡する暇はない。彼女には申し訳ないが、ぼくはその道を選ぶ。


「グラーファ隊長」ぼくは席を立ち、床に膝と両こぶしをつく。「折り入って、頼みたいことがあります」


「受け入れられない」


 即答だ。わかっていても、やっぱりちょっと辛い。


「どうしてでしょう」

「その理由はキミ自身が分かっている事ではないかね」

「予め、ということでしょうか」


「そうだ。それがなくとも、キミをわが隊に加えることはできない。キミは、わが隊の誰よりも弱い。弱い者は、要らない」


 当然の返答だ、一片の反論の余地もない。


 おそらく、隊長もそれを見抜いている。ぼくと彼女の事情が分からなくとも、ぼくが彼女とともに在らねばならないと、考えていることくらいは、すでに理解しているのだろう。


 隊長はふっ、とひげを掻きながら笑う。


「キミにはもっとふさわしい場所がある。わかっているね?」

「…自警団に入れ、と?」

「この村の自警団はかなり優秀だ。親衛隊の予備隊を派遣しているからな」


 それに、と。一息置く。


「すぐに人手不足になる。余地はあるだろう」

「……」


「強くなれ、少年。キミがやるべきことは、()()()()()()()


 風が窓を揺らす。

 沈黙が訪れる、ことはなく、廊下から慌ただしい足音が近づいてくる。

 

 部屋のドアが勢いよく開かれる。そこに居たのは、息を切らした女性のエルフだ。肌は浅黒 く、目は緑に光っているように見える。


 グラーファ隊長に一度敬礼してから、床に這いつくばるぼくの顔を見て、再び隊長を見てから、彼女は話し始める。


「お話し中失礼いたします。報告します。第六隊グレナ、リドの村南西より接近中の敵群を確認。数はおよそ二千、数十分後にリドの村に到達します。指揮官らしき個体も確認したとのことです」


「南西と言うと、ナズア湿地遺跡帯からか」


 ふむ、と隊長。彼もやはりぼくの顔を見て、少しだけ考える。


「第二訓練場のグラウンドを借りよう、そこに敵をおびき寄せ、十二隊の三人にやらせる。村への通達も同時に行い、避難準備は怠らないように」


 御意と言って、彼女は再び礼をし、素早く駆けて行った。来た時よりも数段速かった。


 グラーファ隊長は、部屋の鍵を取り出して、ぼくに退室を促した。しかし、ぼくが礼をしてそのまま帰宅しようとすると、彼はぼくを呼び止めた。戸締りを確認してから、隊長はぼくについてこいと言った

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