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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
一章 リドの村
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4-1 再会

 すでに双子の太陽は沈み、月が静かに森を照らしている。


 リドの村から、自警団訓練所への道に、数々の野営テントが並んでいる。テントを張れるよう、木々は道から離れて立っている。普段はただの飾りでしかない網がある棒状のものが等間隔で並んでいるのが、今はそこに火がつけられ、街道を厳かな雰囲気として演出している。森と言うほどでもないが、木々の近くで火を焚くことは危険だと思ったが、奇しくも風はほとんどなかった。


 昼間の一件、つまりパレードで人の壁に弾かれたぼくは、あの後、パレードの行進中に突然躍り出たことで、危険人物であると判断された。彼らにテロ行為を画策していた可能性がある、と。そのため、自警団の手によって逮捕されかかったが、親衛隊の隊長であるグラーファさんの計らいによって、ぼくの身柄は親衛隊預かりとなった。それは、彼女の知り合いと言う理由だけで通ってしまった。


 昼間は取調室に通された。危険行動をするつもりはなかったとはいえ、あれだけの熱狂的な騒ぎの中、一度に人々の注目を浴びるようなことをしてしまったため、ぼく自身の安全のため、とのことだった。念のため、という事で、親衛隊の隊員の人としばらく時間を潰すことになった。


 その人はヒトの女性だった。最初はぼくにまったく興味なさげにしていたが、このフリュークでの経歴が昨日のみであることから、即座にぼくのことをヨビビトだと見抜いた。そのあとからは、人が変わったように色々な事を話してくれた。主にヨビビト関連のことだった。


 記録されている中で、最初のヨビビトは法律をもたらしたとされる。それまでのフリュークは、大災厄という破壊の後に残された混沌だけが這いずり回り、長い間、まともな村すら存在しなかったらしい。それでもしぶとく生き抜いていた人たちに、希望を与えたらしい。


 二人目と三人目は同時に訪れた。その二人は科学者で、この世に科学をもたらした。そこから飛んで百人を超えたあたりで、数字の記録がなくなっているらしい。ぼくが思わず、多い、とつぶやいたら、言えてる、と笑われた。


 最後に記録されたのが、おおよそ二五〇年前のことだという。しかし、そのヨビビトは偉業ではなく、災厄に近い破壊をもたらし、そして死んだ。その副産物が今でも存在し、何の予兆もなく発動して人的被害をもたらすことがあるらしい。また、魔物の存在が記述され始めたのも、そのヨビビト災厄の前後あたりからだというので、フリュークにはもともと存在しなかったのだ。


 リドの村とセント・ヴァイシュの森をつなぐ道、ボルツ聖道というのだが、ネロと一緒に見たあの空中に浮いている人工建造物は、その当時のものだとされている。浮き始めたのはつい数年前だそうだが、浮いている物体からするに、遺跡周辺は科学が発展していた町があったと推測されている。


 他にも、アラム王国親衛隊のことについて聞かせてもらった。親衛隊なのに、王国を離れていても大丈夫なのか、というぼくの疑問を投げかけたことから始まった。


 本来ならば原義通り、親衛隊として王国、それを治める王のもとで、王への危険を排除するための組織であったのが、王国が巨大化していくにつれ、軍隊的側面を持ち始め、現在では王国軍という意味とほぼ同一なんだそうだ。それでも、王国軍は別に存在し、より特殊性の高い、または戦闘力の高い兵士のみが親衛隊に入隊できる、まさにエリートの特殊部隊だそうだ。


 規模は二百二十人。親衛隊隊長であるグラーファ隊長を司令に、第一、第二、と言った具合に分かれていく。第一部隊は未だ親衛隊としての役割を持ち、滅多に王国を離れることはない。第二部隊からが本質的な実働部隊だ。遊撃、防衛、攻撃、破壊。様々な方向性のスペシャリストたちが、それぞれ第二、第三と分類されている。


 その中でも、最新の部隊が、「彼女」のいる、第十二遊撃隊。ほんの五年前に発足した、たった三人だけの部隊。だが、その存在は、フリューク中の敵を震え上がらせるほどだという。有力武家、最強クラスの魔術師、そして、史上最年少で親衛隊入りを果たした「彼女」。小隊にも満たない人数で、数千、或いは、万の兵士にも匹敵する戦力と言われている。


 その他にも、アラム王国がどんなところか。リドの村周辺で依頼が出されている意味は分かる? とか。最近の魔物が強くてヤバいんだよね~、あ、魔物ってわかる? といった具合な事をしばらく話しているうち、すっかり日が暮れてしまった。取調室が騒がしかったことで親衛隊隊長のグラーファさんが確認したところで、ぼくはとりあえず解放された。


 聞けば、ネロがこちらに来ていたそうだが、やはり安全上の観点から、ぼくに面会することは叶わなかったらしい。だが、村の熱狂が収まり次第、解放されるとのことが伝えられたようだ。


 これはすぐにでも帰らなければ、と思っていたのだが、グラーファ隊長も、ぼくに対して興味を持っていた。時間は取らせないから、と、あるところに連れられた。


 ここは、リドの村の自警団の、西訓練所内のとある一室。長机とこの近辺の地図が張り出されたこの部屋には、一種の緊張感が漂っていた。今、ここに居るのはぼくと、親衛隊隊長グラーファ隊長のみ。招集をかけた彼女は、もうすぐで哨戒任務を終えると言う。ぼくは長机の一番奥に座ろうとしたが、隊長の目の前に座らされた。


 本当の理由はわからないが、グラーファ隊長はぼくにたいして、強い興味を持っている様子だった。その一つは、やはり「彼女」との関係についてだろう。ぼくを自警団に引き渡さず、もろもろの仕事が終わるまで、親衛隊預かりとするように進言したのは、ほかでもない、彼女だからだ。隊長は、彼女のことを「リンネ」と呼んでいた。そして、ぼくが無意識に呼んだ「イマバラ」という名前に、彼女が見たこともない表情をしていたのを見ていたようだ。


「あんな顔をしたリンネくんは初めて見た。キミは、リンネくんの旧友なのか?」

「わかりません。リンネさんとは、今日初めて会ったはずなんです」

「そうだろうな。キミはヨビビト、彼女はこのフリューク出身だ。しかも、キミは昨日、ここに来たばかりだという」


 つまり。


「キミか、リンネくんか。どちらかが嘘つきということになるな」

「……」


 ぼくには嘘のつく余地などなかった。目覚めたのが昨日なのだから。

 しかし、記憶についてはどうだろう。ぼくは生まれ、そしてこの姿になるまでに少なくとも十数年は過ごしてきたはずだ。それが、今では存在していない。


 いや、存在していないわけではない。なくしたと思っていたのだが、リンネさんと出会ってから、何が失われているのかがわかっていないだけか、深層心理において、それらの記憶にカギをかけて、見えなくしていた。


 どちらにせよ、こうなったのには何らかの理由があるはずだ。それらはぼくがフリュークにヨビビトとしてきた理由、そして、胸を締め付けるほどの焦りをもたらす使命へとつながっていく気がする。


 今はただ、リンネさんと話す時間を待つのみだった。彼女がどのような話をするにせよ、それは今後のぼくの生き方を決定づける。

 グラーファ隊長は会議室の時計を見て、手元の資料に目を落とす。もうすぐ二十時だ。彼女が哨戒任務から戻るまで、あと数分もないだろう。


「安心してくれたまえ。キミたち二人の間になにがあったのか、わたしからは聞くことはもうない」


 ヒールの音がリノリウムの廊下に響く。ほかにも足音はしていたが、それだけが他のすべてを差し置いて際立っていた。

 空気。風の音。窓枠が揺さぶられガタガタと震える音。蛍光灯がうなる音。呼吸音。鼓動の音。そのほか、全て。

 その音が近づくにつれ、ぼくはうつむいてしまう。まるで顔を隠すように、彼女の顔を見ないようにするために。


 グラーファ隊長に近いドアがノックされる。


「どうぞ」

『失礼いたします』


 扉が開かれると、軽装備の三人が入室した。金髪の青年、高身長の眼鏡の青年、それらを付き従えるかのように、彼女が隊長の席のすぐそばまで行くと、三人はそろってきれいな敬礼を行った。


「第十二隊三名、哨戒任務より戻りました」

「ご苦労」隊長も立ち上がり、敬礼をする。「では、わたしは席を外そう」

「いえ、そのままお座りいただければ。すぐに済ませますわ」


 高級な木管楽器のように響く声。ぼくは、この声を知っている。でも、どこで?


 彼女が近づいてくる。長机が無限に引き延ばされてしまえばいいのに、と願う。時が流れるのがそれくらい遅くなればいいのに、と思う。


 だが、無限のように長くなっても、流れが限りなく滞っても、動きがあるのなら、いつかはぼくのもとに届く。

 この感情はなんだろう。

 嬉しい?

 会えてよかった。

 よかった? なぜ。

 どんな顔をして彼女の顔を見上げればいい?

 

 笑う?

 泣く?

 叱る?

 なぜ。


 どうして、そんなことをする?

 ぼくは、彼女に何を伝えたかった? 何を喜ぶ? 生きていてよかった?

 また会えて、うれしい。


「!?」


 ふいに、首に腕が回され、そのまま引き寄せられる。


「お嬢!?」「リンネ君!?」


 何が起きたのかがわからない。この場にいる、ほぼ全員が目を丸くしている。森のにおいがふんわりと漂う。それはそうだ、彼女はついさっきまで任務で外にいたのだから。


 まるでおとぎ話の怪物に石にされてしまったかのように、ぼくは眼球以外の部分を動かせなかった。

 リンネさんが、ぼくに、ぼくを抱きしめている。


 びっくりするぐらい、強い力で。正直首の骨を折られるのではないかと、空気を読めていない心配をするくらいには、強い力だった。


 しかし、この優しさを知っている気がする。

 昔、こうやって抱きしめられていた気がする。


「また、巻き込んでしまった」

「え……」

「心優しいあなたは、どうか、今度こそ、自分のために生きて」


 どうすることもできない両腕が、水面に映る誰かに助けを求めるかのように、漂っている。

 言葉が、頭の中を乱反射している。あちこちにぶつかり、記憶という記憶を、その言葉に結び付けられるものを検索している。


 この奇妙な沈黙が、何分続いただろう。寄せられる体重が軽くなり、腕の力が抜けていく。少しばかり、名残惜しそうにぼくの頬を撫でながら、彼女がぼくから離れる。その表情は昼間のそれとは打って変わって、頬に涙を伝わせながら、とても晴れやかな笑みを浮かべていた。ついぞ、見ることが叶わなかった、彼女らしい微笑み。


 金髪の青年が、彼女に駆け寄る。


「お嬢!!」

「騒がしいですわね」立ち上がって彼のほうに向き合う。

「いやいやいやいや、おれたちにも説明してくれよ」

「そうです、いったい、彼と何が――」

「余計な詮索をするなと、先に伝えたはずですが」


 そうだけどよ~と金髪。彼はぼくを見て、そして彼女の顔を見た。それでも合点がいかない様子だった。彼の考えていることがなんとなくわかった。生き別れの姉弟、とかではないだろうかと。


 グラーファ隊長もうなりつつ顎に手をやっていた。


 誰もかれもがぼくと彼女の関係を探ったが、情報なんてあってないようなもの。もしかすると、彼女の呟きは三人にまでは届いていなかったのかもしれない。長机の端から端までの空間が本当に引き延ばされ、ぼくたち二人は、今先ほどまで、別の空間に飛ばされていたのかもしれない。


 ただ一人、リンネさんは、何も言わなかった。その赤い瞳で、ぼくの何かを見ていた。


「彼を帰しましょう」

「もう、いいのか?」と隊長は尋ねる。彼女は頷く。

「ご協力いただき、感謝申し上げますわ、グラーファ隊長」

「なあ、お嬢――」

「ゲオルグ」


 言葉で、金髪の青年の動きがぴたりと停止した。


「――、レーデン」


 二人はぴしゃりと敬礼する。寸分の狂いもない同じタイミングで。そのあと、彼ら二人は何も話せなくなった。


 そして、彼女はグラーファ隊長に敬礼をし、退出した。

 あとに残されたぼくと隊長は、黙って互いに顔を見合わせるしかなかった。

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