3-4 パレード
学校から飛び出し、中央広場の入口付近まで来たところで人ごみにつかまった。凄まじい人だかりで、おそらく村の入口付近で何かが起きているのだろう。
ただ、この様子だと、敵が襲ってきたとか、そういう類のものではない。むしろ、我先に前へ前へと押しかけるありさまは、アイドルか何かがやってきたような反応だ。ある者は椅子を並べてその上に立ち、ある者は家の屋根に上り、ある者は時計天文台の上から眺めていた。
人ごみの収拾が付きそうにもないところで、自警団の人たちが現れた。
「はいどいてどいて!! 道の真ん中は開けるように!!」
これから、入口から中央広場に向けて規制をかけ、その真ん中に人を通すという。団員の慌て方を見るに、この騒ぎの原因は突発的に起きたのだろう。
村の入口を閉じ、臨時で外周入り口を出入り口するという。村への流通さえも一時的に規制するらしかった。タイミング悪く入ってきてしまった行商人らしき人物が、ばつの悪そうに開かれた道を通り、市場のほうへそそくさと姿を消した。
「そういえば今日でしたね」
「何が来ているの?」
「アラム王国が誇る、フリューク最強の兵士たち。アラム国王親衛隊です」
皆が後方へ引いていく。入口前のロータリー噴水広場には、すでに厚い人の列の層ができており、急いでどこかに入っていかなければ、中央広場に入っても姿が見えるようなものではなかった。
突如として、入り口付近から歓声が上がる。老若男女問わず、だれもが黄色い声を上げる。その方向に人々の関心が一斉に移る。列整理もほとんど意味をなさない。
人の流れが急に早くなる。水をためた水槽の栓を抜いたように、皆がそちらに向かってなだれ込んでいく。誰も彼もが一方向に集っていく。
「シシさん!!」
人の波に飲まれるかのように、ぼくとネロとつないでいた手が引きはがされる。そのままぼくは流れに逆らうことができず、もみくちゃにされながらどこかに移動する。もはや身動きすらままならない。
誰かにぶつかるたび、ぐるぐると身体を回すことになり、視界が派手に手ブレしてしまった写真のように、色が引き延ばされていく。目が回り、なにがなんだか分からなくなった。
そのまま波に身を任せて、何分経っただろうか。唐突に、ぼくの身体が自由になる。実際は、人の波から弾き飛ばされただけだったが。
頭がぐらぐらする。波の中で回転させられて、めまいがする。立ち上がることができない。口の中が砂でじゃりじゃりして気持ちが悪い。
「キミ、大丈夫か」
誰かの声がする。聞いたことがない、大人の男性の声。
肩を組まれ、ゆっくりと立ち上がった時、めまいが引いた。
その人はぼくよりも数段体格が大きく、甲冑を纏っていた。整えられたあごひげがあり、白髪交じりの短髪や、額から左頬にかけての大きな傷が、威厳というものをまさに体現していた。
ぼくは一目見て、その人が誰なのかをなんとなく察した。このパレードの中心人物、すなわちアラム王国親衛隊の偉い人だろう。彼は演出のためなのか。恭しくぼくの服についた砂を払ってくれた。その行い一つ一つに歓声が上がる。
ここに居てはいけないのは、ぼくのほうだ。
「すみません、ありがとうございます。すぐに退きますので」
グラーファがぼくを呼び止めたような気がしたが、正直なところ何を言われようとも、この場から逃げたかった。街道に並ぶ衆人の視線が肌に突き刺さる。アイツは何をしている、早くつまみ出せ。そんな声が聞こえてくるようだった。
民衆の合間を見つけて、そこに躰を小さくして入り込もうとしたとき、
「グラーファ隊長、どうされましたか」
背後から掛けられた声のせいで、人々の歓声が一気に遠くなる。動きが止まったぼくを人の壁が弾く。しりもちをついた、間抜けな格好のまま声の方を見ると、一人の女性がキダラを降り、ぼくの目の前に立った。
太陽の光を吸収し、反射光を抑えた白銀の鎧。それは彼女の傍にいる親衛隊隊長のものとは打って変わって、軽装であるといえる。
腰には鞘に収められた細身の剣があり、いつでもそれを手に取って戦えるよう、柄の部分に左手を当てている。
解かれた糸のように細い金の髪が、そよ風で舞う。人々の歓声がそうさせたのかもしれない。
「あなたは……」
しかし、彼女はそれらが存在しないかのごとくふるまう。腰を落とし、手を差し伸べる。
ぼくは差し伸べられた手をつかめないでいる。
この人を知っている。なぜ。
心臓の音が痛い。
頭がもげそうだ。
人ごみに酔ってしまったせいなのか。
記憶がたどられる。
頭に血が巡るのを感じる。肌に虫が這うように。
今は昼か。
夜か。
わからなくなる。
でも、この人を知っている。
なぜか。
わからない。
名前は。
「イマバラ……さん」
口元と頬とこめかみを包む鎧には、光を虹色に反射する不思議な光沢をもつ羽根が付いている。煌びやかな装飾が風になびく。
籠手から伸びた、しなやかな細い指が反応する。
顔を見上げる。
糸のような長い髪が揺れる。時刻はおそらく正午。ほとんど真上にある二つの太陽がぼくら二人を照らす。
影になっている彼女の表情は。
今にも泣きだしてしまいそうなほど、悲痛なものだった。




