3-3 ターレン分析
リドの村からは少し外れるが、近くに訓練所がある。リドの村を守るための自警団の方々が日々そこで訓練しているが、自警団の他、アラム王国親衛隊の予備メンバーや、王国訓練所での指導教官を育てる目的でも使用されている。そのため、リドの村自警団の練度は、他の村や街の防衛隊などとは一線を画すほど高くなっているらしい。
なぜ、大きいとはいえ「村」に対してここまで手厚い支援があるのか。それは、セント・ヴァイシュの森には、ぼくの言われた「ヨビビト」に関連する信仰のいわば聖地があるからだ。この信仰はフリューク中に広まっており、道徳・倫理観として使われていた。彼らの考え方を傍観者らしく、ぶっきらぼうに言うのであれば、フリューク中が単一の宗教の支配下にある。そしてその聖地たる森に、もっとも近い村であるからこそ、敬虔な信仰を捧げる王国からの支援を手厚く受けている、というわけだ。
あの教官もその自警団の訓練生を鍛えるための教官だそうだ。どうしてだか、彼とは近いうちに再会を果たす、そういう予感がする。
次にネロがぼくを連れて向かったのは、中央広場から少し外れた、人の往来を見守る場所にある、鐘楼のある建物。そのすぐ隣は学校となっており、勉強をする年齢の子らが通いやすいよう、二つは連絡通路で繋がっている。
その孤児院の前で、ハプトと呼ぶ小鳥型魔獣にパンくずで餌付けする男性。その人が、ネロがぼくに会わせたいと言っていた、そしてこの孤児院の所有者であった。
名をカーサラと言った。長身、一八〇センチは優に超え、長髪、肩甲骨のさらに下まであり、銀とも白とも言い難い色をしている。雲があるとはいえ、今朝は気温と湿度が少し高かったのにもかかわらず、彼はバッチリと長袖の礼装を着こんでいて、汗水一つかいている様子はなかった。耳にはピアスと言うのかイヤリングと言うのか、とにかく金具の装飾が曇り空の下でもぎらぎら光っていた。ネロはカーサラさんに対して怪しい人と評していたが、その意味は話す前から理解できる。優しい面持ちで、子供たちには人気があるようだが、こう言ってはただただ失礼になるが、怪しさと胡散臭さの塊のような佇まいだった。
しかし、ネロとカーサラさんの関係は、ネロが軽口を口にするほど軽妙であり、信頼関係が見て取れた。カーサラさんもかなり冗談を言う口で、昨晩、ネロと同じ布団で寝た(正確にはネロの家に泊まらせてもらった)と言うと、ぼくの耳元で、「彼女、ちょっと太ったかね。良いものを食えるようになって安心したよ」と囁いた。
その声で、ぼくは思い出した。待合室で、ハンカチを貸してくれた、あの人だ。はっと気が付いて彼の顔を見ると、ひらひらと手を振ってくれた。その光景に、ネロはまたも苦そうな顔をしていたし、太ったという言葉だけを聞きつけ、怒っていた。
*
通されたのは、孤児院の執務室。孤児院を発って行った子供たちからの手紙が、アラム王国や、その他まだ知らない国々から何通も送られ、額に入れて飾られていた。
応接のふかふかの高級そうなソファに座る。いつもやっているようなふうに、ネロが人数分の飲み物を淹れてくれた。お茶だった。
「さてさて、シシくん。どうかね、リドの村は。もう慣れたかな?」カーサラさんはひざの前で手を組んで言う。
「ぼちぼち、と言った感じです。まだまだ、彼女から学ぶ必要があります」
「良い姿勢だ」カーサラさんが微笑む。「存分に楽しむがいいよ」
「何を、知ったような口ぶりで。わたしは雑談しに来たわけではないのですよ」
「なんだい、ネロ、知識欲が鈍ったようだね。良くないよ。シシ君のことを知りたいとは思わないのかい?」
「他者の過去には気安く触れない。あなたのもとを離れた、わたしの経験則です」
「フフン、よろしい。さて、シシくん」
視線がぶつかる。思わず姿勢が正される。緊張しなくてもいいよ、と制される。
「今から君に、ある適正試験を受けてもらいたい」
「試験、ですか」
「試験と言っても、君は何もしなくていい。ぼくがキミに魔法をかける。ああ、そうだ。この世界には魔法と言うものがあるのだが、知っているね?」
昨日もその話をしたはずだが、これはどちらかと言うとネロに聞いているようだった。ぼくが頷くと、カーサラさんはネロに視線を向ける。もちろん、ネロは目を合わせなかった。
「おやまあ」カーサラさんが笑う。「意外と積極的じゃあないか」
「事情は後でお話ししますので、今は話を進めてください」
「フフ。それじゃあ」
近くに置いてあった黒いカバンから、纏められた紙の束を取り出す。一枚、綴じ具からちぎって、机に置く。何も書かれていない、高級感があるわけでもなく、どこにでもあるような紙だ。
手に取るようにネロに促されたので、それを持つ。硬めの紙だ、水気を含んでも萎れたりせず、すぐには破けないようなタイプの紙質だった。カラカラに乾いている今の状態でも、ちょっと重たい。
ふいに、紙がぼくの手から離れる。するっと指から抜けていく。落としたと思って拾おうとしたが、紙は床には落ちず、腹のあたりで宙に浮いて、静止していた。こうして目の当たりにしてみると、やっぱり奇妙と不思議が混ざった気持ちになった。
それで、とカーサラさんから手渡されたのは、小さなナイフ。果物ナイフと言うやつだ。
「それを使って、指先でもどこでもいい、キミの血をその紙に染みこませてくれ」
「ちょっと、ナイフじゃなくて、針か何かで良いじゃないですか」
「そこまで不器用じゃないから大丈夫だよ、たぶん」
切っ先に親指を軽く乗せ、親指から沈ませる。ナイフをネロに渡し、胸元で浮く紙に親指を押し付ける。誘導されるように机の上に落ちていったその紙の上に、ぼくの血が滲んでいく。
じわりじわりと円形に血が滲んでいくのと同時に、全身にある何かが親指から紙に流れていくのを、かなりハッキリと感じる。これが血の流れならば、親指からの出血が、全開にした蛇口のように噴き出ていることになるが、その様子はない。
まるで紙に、全身の何かを吸い取られているかのようだ。流れの向きが制御されている。心がざわざわして落ち着かない。このままでは今すぐにでも指を放してしまいそうだったが、紙の上の染みに変化が起きる。
円形に広がった血の染みから、二本の線が飛び出てくる。机は平らなはずだが、その二本は寄れたり途切れたりすることなく、直線として進んでいく。ネロもカーサラさんも、ぼくも、三人が机に身を乗り出して眺めている奇妙な光景だったが、それはすぐに終わった。
二本の線がほぼ同時に紙の端に到達したのち、まるで良く消える消しゴムで一直線になぞられたかのように、それは消滅した。それは線のみならず、線が飛び出てきた円形の染みすらも消し去ったのだ。また、親指から流れ出ていた何かの動きも、線が消えた途端になくなった。親指からはまだ少し血が滲んでいるが、もう一度紙に押し付けてみても、染みすら作られなかった。
「カーサラさん、これは……?」
「フムン、なるほど」
詳しく確かめるため、カーサラさんが紙を再び触ろうとした瞬間、破裂音。瞬間的な閃光と共に火花が散り、紙が燃え始める。ネロが慌てて水を汲みに行ったが、不思議な事に全く煙を発さなかった。
コップの水をかけても火は消えず、この現象は紙が焼けた痕も、灰すらも残さず、完全に焼失するまで止まらなかった。
ぼくだけが唖然としている。他の二人は手慣れた様子で、ネロは布巾を取りに行ってしまった。カーサラさんは
いや、カーサラさんは口元を片手で押さえているが、笑っている……?
「コピーガード、というやつか」
とつぶやいて、焼け焦げた手袋を取っていた。ネロが布巾を置いて戻ってきたときには、カーサラさんは何もなかったかのように、話を再開した。
「いやあ、初めて見たね、あんなのは」
「あれだけ激しく破裂しても、机には傷一つありません。不思議なものです。あ、シシさん、お怪我はなさっていせんか?」
「うん、ぼくはなんとも」今日は怪我を心配される日だ。「カーサラさんは大丈夫でしょうか」
「ぼくも平気さ、手袋が焦げてしまったが、替えはある。それよりも、今の試験はターレン分析と言ってね」
ターレン分析とは、対象者の潜在能力の大小や有無を測るために作られたもので、カーサラさんは軽く占いだと言っていたが、かなり複雑な魔法式を要求する。また、施術者の練度も当然ながら影響し、ネロは、不本意ながらも世界で最も正確なのはこの人、と言っていた。
この分析で明らかになるのは、潜在能力の大小と有無だけで、本来であるならば、その能力の具体的な内容までは観測できない。だが、カーサラさんの腕はそれらの限界を超え、未来予知と何ら変わらないほどに、的確にその者の潜在能力を暴くのだ。
それは後からカーサラさんが能力を付与しているのでは、と疑ったが、恒久的な能力付与魔法は現実的ではないと反論された。四六時中、その者の隣に居なければできない。視界の外にいる者に魔法を纏わせるのは、対象者の正確な位置が必要だそうだ。それくらいならやってのけそうなイメージだったが、カーサラさんはそれを聞いて大口を開けて笑った。
「買いかぶりすぎというやつだ。ぼくにだって限界はある」
ただし、と付け加える。
「ぼくの魔力を跳ね返す君になら、或いは……?」
「世俗にまみれたせいで腕がなまっただけなのでは。金持ちの子どもに接しすぎたのでしょう」
ネロのキツイ言葉に、カーサラさんは確かに、と笑った。
カーサラさんは、このターレン分析でフリューク中を回ってお金を稼いでいる。これは秘密だが、と言っていたことだが、別大陸での情報をアラム王国の重役に伝えることも仕事の内だそうだ。いわゆるスパイと言うやつだった。
モンスターと言う共通敵が存在するのにもかかわらず、人―ここでいう人とは、ヒトやミルヒスト、また生活圏を同じくするモンスター系全般を表す―は、やったやられたの内輪モメをしているのだと理解した。大国同士がけん制しあっている図が容易に思い浮かぶ。
「まあ、精度の良い占いと思ってくれていい。未来を変えるのはキミの力なんだから」
「心配しなくても良いです、シシさん」膝に置いたぼくの手に、ネロの手がかぶさる。「“枝”はありました。何もないわけじゃないんです」
枝とは、先ほど飛び出していた二本の線の事だろう。彼女はぼくが悩んでいると思って、励ましてくれていた。
「ありがとう、ネロ。カーサラさんが占いと言っているし、何より、ぼくが動かなきゃ何もならない」
「そうです、貴方はあの強いテルミドールを倒したのですから」
「あれを倒したのはぼくじゃないよ」
ぼくらの会話を聞いて、そうだ、とカーサラさんがネロを呼んだ。
*
「報告を受けたんだが、ネロの剣が通らない奴がいたんだって?」
「ええ、そうです。そのくせ動きは素早いし、魔法耐性が高く、あと体色もなんか変でした」
「特異種、もしくは変異種の幼生だったかもしれない。放置されていれば、大惨事が起きかねかった。シシ君、お手柄だよ」
と言われても、なんだか強そうなやつを頑張って倒したんだなぁとしか、感想が出てこなかった。
検問所で検査を受けていた時、自警団の人たちから、かなりの実力者であるネロが苦戦するほどの魔物が、この一帯に出たことはほとんどないことは聞いていた。繰り返しになるが、カーサラさんが見せてくれたあの魔物図鑑に要注意とされたホブゴブリンを、一瞬で倒して戻ってきたくらいなのだ。
ぼくがこれからこの世界で生き抜くためには、それ相応の知識が必要、と言うわけで、隣接する学校の空き教室を借りて、講師二人学生一人の授業が始まった。テーマは魔物。講師はカーサラさんで、助手がネロと手厚い授業を受けることになった。
簡単に言うと、魔物とは、このフリュークにおいては一般的な存在で、キダラや孤児院への通り道に見たハプトという鳥や、テルミドールといった異形の動物のことを広範に指す。文字からして人を襲うバケモノ、と言った感じだが、すべての種がそうではない。キダラやハプトは基本的には温厚な種で、何かを攻撃するということは滅多にない。テルミドールもその例外ではなく、ヒトと共に生きる個体も存在する。
しかし、自警団員が言っていた、「われわれ」を攻撃する「相手」に属する魔物がいる。
「相手」に属する魔物は、ヒトやそれに共存する魔物に対して、本能的に襲い掛かり、倒されれば影となって霧散する。同じように血が流れているが、完全に倒されてしまうと、個体を形成する魔力が形を保てなくなり消滅する、ということらしい。
カーサラさんはこの「相手」について、「われわれ」が作り上げた秩序の、正反対の概念であると説明してくれた。ぼくは手を挙げて質問する。
「すごく単純に言ってしまえば、陰陽の二元論ということですか?」
「そうとも言える。『われわれ』の目的が明確であればあるほど、『相手』もそれに従って明確な存在になるだろう」
「倒せるのですか?」
「一時的には」
光があり、そこに「何か」が存在していれば、その影もある。「何か」が他にも生まれれば、その分だけ影も増える。彼らはそんな存在だという。
「『相手』にはわたし達と同じ、ヒトも居ます。見た目では判別できません」
「それは厄介ですね。ぼくらが『相手』のヒトではないという確証が持てないのでは?」
それは心配ない、とカーサラさん。
「ぼく達はこうやって言葉を話すのだが、彼らは言葉を解さないし、介する必要がない。ぼく達には個性がある。だが、影は形が異なっても、本質は同じだからだ」
鳴き声のようなものを放つことがあるが、あれは本能的に発する奇声のようなもので、影ではない生体に対しては何ら効果を持たない。「相手」に属するヒトと遭遇したときの記録では、言葉を模倣している様子は見られたが、文脈を意識せず、聞いた単語をただ繰り返すのみであったそうだ。受け答えもできず、何かを壊す、殺すという破壊衝動のみを持っている。これらはヒトに限らず、「相手」は、破壊を目的とする。「われわれ」が創造するのならば、それだけ破壊するものが生まれるのだ。
破壊するためにより効率的な進化を行う。それ故に、「相手」の彼らは均一な形状をしている。しかし、ごく稀に、個性を持ったものが発生する。それが、先ほどの特異種と変異種の話につながる。
変異種とは、その種には現れるはずのない、別の要素が顕著に表れている個体のことを示し、突然変異的に発生するため、二度現れることも珍しいとされる。特異種とは、その種固有の一部が大きく表れている個体のことを指し、これは進化の過程にはよく見られる。しかし、その進化の成長が突然変異的に急激に起こり、誇張と言っても差し支えないほどに現れる。例えば、コアからレーザーを放つらしいゴブリン種のある個体が、とんでもなく強力な大砲を吸収してしまったら。それは通常の個体と比べものにならないほどの破壊をもたらすことは想像に難くない。特異種はそのような個体を言う。
ぼくとネロが倒したあのケミカルなテルミドールは、定義に当てはめると変異種の幼生だ。通常、テルミドールは魔法を操ることはなく、ただただ単純に、敵を物理的に叩き潰すための行動に特化している。しかし、あの個体は魔法を身体に纏わせ、本体に加わる物理的衝撃を極端に軽減していた。ネロの斬撃が通らなかった原因である。
しかし、ネロは魔法も行使していた。ぼくを助けるため、咄嗟の発動で威力もやや軽くなっていたらしいが、吹っ飛ばすくらいの威力は会った。しかしそれでもアイツはケロリとしていた。そこが変異種とされる理由で、魔法がほぼ通らない体質だったと、ぼく以外の二人が予想していた。
「そんな簡単な話なんでしょうか……」
「案外そんなものなんだよ。テルミドールは魔法を使えないのにその個体のみ使えたということと、魔法が効かない体質であるという事は、そいつにとってメリットしかない」
「魔法を使うために必要な“魔力”は、扱いに慣れなければ自身さえも危険ですが、魔法が効かなければ、慣れる必要がないわけです」
「そしてその個体は、十分な慣れを幼生で既に会得していた。キミたち二人に討伐されていなければ、この村は危うかっただろうね」
幼生の状態ですら、熟練とされるネロの攻撃でさえほとんど無効化していたのであれば、成体にまで成長した場合、一体どれだけの被害が出るかは、想像もつかない。あの時、ぼくらが倒せたのは、ぼくらにとっても、リドの村にとっても必要かつ幸運なことだったのだろう。
いや、しかし。
不思議な点がある。不思議な点しかない。納得がいかない点を挙げれば、魔法も剣も通らなかった奴を倒した? ぼくらが、どうやって。まともな攻撃も通らなかったような奴相手に、まともに戦えもしないぼくが、何をしたのか。結果は勝った。ネロが相手を真っ二つに斬ったからだ。しかし、過程はどうなっていた?
「そうです、そこなんです!!」
急にネロが大声を出し、つかつか歩いてきて、座っているぼくの目の前に立つなり、バン!! と、机を思いっきり叩いた。手が赤くなっているのが見えた。
「わたしの剣も魔法も届かなかった相手を倒せたのは、ひとえにシシさんの攻撃があったからこそ!!」
「シシ君はおそらく、キミ自身、気が付かないうちに、その個体の、変異種としての突然変異を打ち破っていたんだ。とんでもなく強い、防護魔法障壁、もしくはバリアの類かもしれない。未開拓の魔術分野なために有効打を与えられる者は、ぼくが知る限りきみしかいない。詳しく解明して論文にまとめれば、学会やギルドは大混乱になるだろう」
なんだかとんでもない話になってきた。魔法障壁? バリア? SFとファンタジィが混ざったような単語だ。本筋からズレているだろうが、ネロの鬼気迫る威圧感に、ぼくはしどろもどろになりながらも答えるしかなかった。
「で、でも、ぼくは本当に、無我夢中でアイツを攻撃していただけで」
「なんかこう、わぁっていう感じはありませんでしたか? ほら、さっきのターレン分析のときは、身体から親指に流れていく感覚、ありませんでした?」
「うん、さっきのは覚えてる。あれが魔力?」
ブンブンブンと首が縦に振られる。
あれだけはっきりした感覚があれば、流石にぼくでも覚えているはずだった。あの時の記憶とは違って。
今までになかった、明確に敵意を持った存在との初めての戦闘に、アドレナリンだとか何だとかが頭の中をごちゃごちゃに混ぜたみたいで、記憶の混濁が未だに続いている。しかも、時間がたつにつれて、夢のような出来事だった、という認識に変わりつつある。
なぜ、ぼくは咄嗟にアイツと戦うことができたのか。触ったこともないはずの武器を手にして、明らかに劣勢であったとはいえ、武器を振るうことはできていたような気がする。いや、これすらも朧げになってきている。
思わず頭を抱えてしまう。あの時は何が起きていた。なぜ倒せた? それはネロのお陰ではないのか。ネロの爆発する魔法で助かった。それは確かだ。彼女の剣がアイツの胴体を捉えたはずが、弾かれているのを見た。それも確かだ。
まさに魔力を無我夢中に、やたらに消費して、魔法を行使してアイツを攻撃したために起きた混濁というのであれば、そもそも、今のぼくにはそれをハッキリさせる手段がなかった。
原因がぼくにある、それはわかる。ぼくだって見ていた。アイツのケミカルな体色が魔法による強化が原因だったとすれば、それを土気色という地肌にまで削ったのは、おそらくぼくだ。
アイツに穂先を当てた時、アイツの表面が波打ったのを覚えている。それは槍を当てた衝撃でただ単に脂肪が震えたと思っていた。実際は、障壁と言うものにダメージが入っていたのだ。どうやってそれにダメージを与えられた? 直前に目つぶししたからか? そんな馬鹿な。
うんうんうなって、しまいには力なくうなだれると、仕方のないことだよ、とカーサラさんがネロを抑えた。
「彼は昨日、この世界に来たばかりだ。魔物だ魔法だなんだと言われても、混乱するだけだ。知識を増やしていけば、いずれ分かる」
外が急に騒がしくなった。それは学校内も例外ではなく、廊下を生徒たちが走り回り、口々に何かを言っている。先生たちがなだめようとするが、皆が何かに興奮しているようだ。
ネロが事情を調べると、突然、ぼくも外に出るよう言われた。手を引かれ、生徒に混ざって走っていく。




