3-2 ギルド2
「ネロ!!」
クエストギルドの出入り口のドアの前に。
どん、と。ぼくたちの目の前に立ちはだかったのは、浅黒い肌に鱗がところどころにある、ネロかぼくと同じくらいの少女だった。顔つきは子供だとわかるのだが、背が高い。かなりキツイ目つきをぼくたちに上から浴びせた。
手首が掴まれ、グッと右に、その少女から見て左に引っ張られる。
「ちょっと、どこ行く気だ!?」
「気にしちゃいけません、変な人みたいです」
「誰が!!」
とんでもない声量だ。人の声で音圧を感じるレベルだった。しかし、それを真正面から受けても、ネロはすごく冷たい目で少女を見つめる。
そこで、ようやく彼女はぼくに気づく。おそらくとんでもなく間抜けな顔をしていたんだろう、ぼくの顔を見た彼女はふっと鼻で笑う。
「あんた、こんなの拾ったんだ」
「ええ。それが?」
「男のシュミ、悪いね。全然強くなさそうじゃん」
「あの人を好む貴女に言われたくありませんが」
「あ?!」
「朝からお元気そうで何よりですよ、アリア」
「名前を呼ぶな!!」
ネロの胸倉をつかむために伸ばされた手。それはかなり素早く、ぼくはその腕が切った風の音を聞き、その動きを目で追うことができなかった。
しかし、ネロはそれをいなす。まるで眼前にふわふわと飛んできた小さな羽虫を払うかのように、右手を動かしただけだった。少女の動きの激しさとは反対に、ものすごく小さな動きだった。
その対称さにさらに苛立ったのか、アリアと呼ばれたその人はぼくに手を伸ばした。もちろん、ぼくにそれは対応することはできなかった。瞬きするよりも速い動きばかりで、こうやって動きを後から思い出して説明していると、ぼくがスローになって間抜けな顔を晒して、伸びてくる手をぬぼっと眺めている映像が浮かんでくる。それほど、凄いことになっていた。
当然、ぼくに対して危害が及ぶことをネロは許さず、その腕は目の前でネロの方に引き付けられた。彼女がその手首を掴むと、自分の方へ引き寄せるだけで、アリアはうめき声をあげて体勢を大きく崩した。無理やり下方向への力を加え、アリアの頭の位置を自分の目線に下げるように。
「喧嘩なら買いますよ。ええ、喜んで」喜んでない。目が怖い。
「それで? わたしと打ち合えるくらい振ってきましたか?」
「……ッ、当然だろ……ッ!!」
「アネゴ……!!」
段々と騒ぎが大きくなってくる。それを聞きつけた取り巻きらしき他のメンツが寄ってきたが、ただ突っ立ってやめましょうよ、とかを言うだけで、手をこまねいていた。すでに決着がついていると言っても良い状態だが、だれも手出しができなかった。
「あんた、と、止めてくれよ」後ろから突き出される。「あたしらじゃどうしようもできねぇ!」
ネロの姿はただでさえ注目を浴びていたために、ぞろぞろとギャラリーが円を組み始めていた。二人が戦うためのリングが出来つつあった。いや、これは闘技場とかではないだろう、ネロが担当している処刑場が適切かもしれない。
「ね、ネロ、そのくらいにしとこうよ」
「ごめんなさい。この人、一回痛い目を見ないとわからないみたいなので」
「ッハ!! そのままそいつのいう事を聞いとけば、怪我せずにすんだのになァ!!」
ネロらしくない。ぼくはそう思った。
たかだか一日の付き合いでそう言えるのもおこがましいかもしれないが、彼女が主要な用事を放りだしてここでケンカをするような、それほど短気な性格ではないとぼくは思っていた。
しかし、今は、ぼくの制止をもまるで邪魔と言わんばかりに突き放し、あの時みたく、戦う時の表情をしている。
アリアがネロに勝てないのは、先ほどのやり取りで理解できた。それならば、ぼくの中のネロだったら、適当に転がし、この場からスタスタと立ち去ろうとするだろう。
しかも、相手が話したいように話させているし、取り巻きの存在が野次馬を呼び寄せていることも明らか。目立つような行動をするのも変だった。片腕を封じて、動きを制限してはいるが、ぼくから見ても、もう一方の腕はフリーだ。さらに、ネロが自ら距離を詰めることで、視野外からの奇襲がしやすくなる。
誘っている。そう考えたのは、アリアも同じだった。だが、彼女の思考は、ネロからの仕打ちのせいで正常な状態ではなかった。
アリアの片膝が床につく。それと同時に、フリーの腕で隠しナイフを腰から取り出した。
歪んだ体勢から、開いている手で刃物を取り出す。まともではない状態から次の手を打ち出す、その動作は見事だった。
しかし、その手に握られた刃物も、ギャラリーの中からにゅっと出てきた腕に叩き落とされる。
その腕は丸太のように太く、傷だらけだった。その本人が人ごみから姿を現すと、これまた大きい男だった。しかも、耳がとがっているとか、獣耳があるとかではない。ぼくとネロと同じ、ヒトだった。
「アリア候補生、貴様何をしている」
その大男は迷彩が施されている服を着ていた。アリアも似たような恰好をしており、すでに遠くに逃げている取り巻きも同様だった。また、色は違えど迷彩服の何人かがリングを割いて立ち入り、刃物を回収しつつアリアを取り押さえる。ガチガチと金属音を鳴らすと、気づけば床に伏せられた彼女の両手首に手錠がかけられていた。
「バダラグ、教官……ッ」
教官らしいその男が目配せをすると、取り押さえていた人たちはアリアと共に外に行った。
何も起きなかったことと、どうやらこの教官も有名な人らしく、「目を付けられる前に」という声が流れつつ、人ごみは解散した。慌ててギルドスタッフが教官に駆け寄ってくると、教官は帽子を取って謝罪した。
続いて、ネロの方に向く。比べれば、おそらくネロがもう一人必要なくらい、巨躯の男は、小さく笑った。
「災難だったな」
帽子をかぶり直しながらそう言う。対して、ネロはまさに不満げといった表情をしている。
「こちらに嗾けましたね。気づいていないとでも?」
「ふ……、こちらに来てもらえれば、喫緊の課題は解決したも同然だ」
「行きません。ゼッタイに」
教官はぼくを見る。無感情、ではなく、冷たさは感じず威厳はあった。大きな傷跡が右頬にある。切り傷とかではなく、めくられたような、痛々しいものだ。
すたた、とネロがぼくの前に立って、両腕を広げる。教官はつばを下げて、笑うのを隠した。ぼくらの隣を通り過ぎていくとき、ぼくの肩に手を乗せ、そのまま窓口の方へ歩き去って行ってしまった。
「ネロ、大丈夫?」
「シシさんこそ。怪我などしてませんか? お名前、分かりますか?」
心配そうな表情で、ぼくの身体を触る。上着のボタンがいつの間にか外れていたようで、それを直してもらった。
「ぼくは何ともないよ、ネロが守ってくれたから」
それと、と。教官が行った方向を見る。が、あれだけの身長の人であるのに、それらしき姿は見えなかった。すでにどこかの部屋に入ってしまったのだろうか。
「シシさんには見つけられませんよ。あの人、そういうのが得意ですし」
「そういうの?」
「気を隠すんです。たとえわたしみたいな背の小さい女の子だけの場所に居ても、訓練をしなければ見つけられないかもしれませんね」
「それも魔法の力なんだね」
「いえ。そういうことができるんですよ、魔法に頼らずとも」
ぼくの乏しい想像力では、顔に傷はあるものの、体格のいい保育士が子どもたちと戯れている映像しか出てこなかった。そこに集められた子どもたちすらも彼に気づかないということになるだろう。明らかに無理のある能力だが、ネロが言うんだから、おそらく嘘ではないんだろう。
その彼のやる事に気づいていたらしいネロも、アリアと対したときの雰囲気は、流石こうやって噂されるだけあって、見とれてしまった。そして騒ぎを起こし、その元凶たる彼を引っ張り出した。ただ、その目的は分からないままで、大した迷惑ですよ、と目の前のすごい人はぼやいている。
教官が煽ったそうだが、それ以外にも、何かありそうな雰囲気ではあったが、聞きだすのはやめておいた。
ネロの髪飾りが外れていないかを確かめると、何事もなかったかのように歩き始めた。向かう先は応接室。ノックをして入室すると、眼鏡をかけたエルフのスタッフが頭を下げて待っていた。
二言三言の会話が行われると、用事は済んだようで、その場から立ち去った。すぐに終わるただの確認作業に、思わぬ横やりが入ってしまったことに、ネロは大きなため息を吐いていた。そう、彼女は頑張り屋ではないのだ。




