8.シンシアの行方…〜ジェイ視点〜
青ざめたルイアンは命乞いをしながら話し始める。
「シンシアは俺が毒を盛ったことを黙っている代わりに、私に条件を突きつけたんだ。
あの女が屋敷を出ていっても離縁はせずにこのまま婚姻関係を継続すること。ただしこの屋敷に妾を迎えても、正妻として反対はしないと…。
もし約束を違えれば、すべてを公にする準備は整えてあると言ってきた。あなたの父親は伯爵位を失うような愚かな真似をした息子を許すかしらねと笑いながら脅してきたんだ。私が追い出したんじゃない、全部はあの女が望んだことなんだ。本当だ、誤解しないでくれ!」
ルイアンは毒を盛った事実を自ら喋ってしまっている。恐怖から自分が何を言っているの分かっていないのだろう。
「あの女はずっとこんな機会を待っていたんだ。でなければ、こんな提案をするはずはない。健気な妻を装っていたが腹の中では、伯爵夫人の身分はそのままに遊んで暮らすことを望んでいた。
だから療養という体裁を整え、それを実行に移した。毒を盛られたのだからと大騒ぎして。実際には毒も効かずにピンピンしているくせに、こっちの弱みを利用したんだっ!
あの女は腹黒い女なんだ。だから自由を手に入れたら、浮気相手は用済みとばかりに捨てたんだ。私達は二人ともあの女に騙された被害者だ。なあ、そう思うだろ…?」
ルイアンは薄ら笑いを浮かべながら、黙っている俺に同意を求めてくる。その顔には助かったという安堵が見える。
何を言ってるんだ、コイツは……。
俺が黙っていたのは、コイツの話を信じたからじゃない。
どうしてシンシアが俺に何も言わずに姿を消したのか考えていたからだ。
離縁できる材料はすべて揃っていた。そしてシンシアはこいつを愛していなかったし、それを望んでいたはずだ。
なんで離縁せずに、条件をつけてこの屋敷を出たんだ?
それもこの男にとって、悪い条件とは言えない。妾とはいえ正妻が認めたならば、公に真実の愛を貫ける。それに不貞相手であるイメルダは平民だから、ナンバル子爵家も妾という形じゃないと認めないかもしれないことを考えたら、ルイアンにとって悪いどころか好条件ともいえる。
こいつに情けを掛けた?
――そんなのは有りえない。
何があった、シンシア?
どうして俺に何も言わずにいなくなったんだ。
くそっ、あの別れた時に俺は何を見落としていたんだっ!
あの時の俺は浮かれていた。シン姉からシンシアと呼ぶようになって、二人の関係が変わる予感がしてたんだ。
「も、もう誤解は解けただろ…。捨てられたことには同情するが、あんな女と手が切れて良かったと思えばいい。…今日のことは黙っているから。わ、私は君が浮気相手に捨てられた男だなんて吹聴はしない。そして君も…何も聞いていない。なあ、そうしようっ!」
「……」
俺の沈黙をルイアンは肯定と受け取り、ヘラヘラとした笑みを浮かべる。
俺の男としての評判を下げることは言わないから、毒のことも黙っていろと言っているらしい。念押しに『お互いのためだ』と付け加えてくる。
殴ってやりたい衝動を抑えられたのは、ここでこれ以上の時間を無駄にしたくなかったからだ。
シンシア、どこにいるっ…。
数日前にシンシアと別れてから、彼女に何があったのか知るためにすぐに動いた。
彼女が誰と会って、そして何をしたのか。
――全てを知りたかった。
まだ若い俺は、人脈もなく、金もない。あるのは騎士という身分と体力だけ。
だから時間の許す限り、地道にシンシアの足取りを辿っていくしかない。
もどかしいが、シンシアがどうしてあんな方法を取ったのか分からないうちは、迂闊なことは出来ない。
だから彼女の妹達に直接尋ねることはしなかった。
なんだかそれはシンシアが望まない気がしたから…。
それが正解だったと知ったのは、ある医者から話を聞き出した後だった。