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6.この時を忘れない

あっという間にジェイとの約束の日がやって来た。


やるべきことはすべて終わっている。


自分でも驚くほど冷静に行動できていたからこそ、こうして数日という短期間で成し遂げることが出来た。

あとはジェイの報告があればより完璧になる。

でもそれがなかったとしても、問題はない。


あったほうがより安心だけれども、なくとも十分に私の予定通りにいくだろう。


――私が望むのは妹達の幸せが壊されないこと、それだけ。


多くは望まない、でもそれだけは決して譲れない。


私を毒殺して真実の愛を貫こうとしたルイアンの行動は一見すると大胆に思えるけれど、本来の彼は親にも逆らえない小心者だ。脅しはもう十分に効いているし、望むものが手に入るのだから彼が約束を違えることはないだろう。



だから今日、ここで彼と会うのは不貞の証拠を手に入れるのが目的ではない。

ただ幼馴染みの彼との楽しい時間を心に刻んでおきたかった。


妹達との最後の時間はもう済ませているから、会っておきたいのはもう彼だけだった。



 ジェイと会うのもこれが最後ね…。


そう思うと会いたいけれど、会いたくない。




待ち合わせのお店のなかでジェイが来るのを待っていると、彼がゆっくりと歩いてくるのが見えた。

待ち合わせ時間まではまだだいぶある。

でもすでに私が席にいるのに気づくと、慌てて走ってくる。


大きな体を椅子やテーブルにぶつけながら、『すいませんっ!』と何度も律儀に頭を下げている。

でもその足が止まることはない。


 ふふ、そんなに慌てなくとも時間はあるのに。


「ごめん!シン姉。待った?」

「全然待ってないわ。それよりも大丈夫?何度も足をぶつけていたみたいだけど…」


遅れてもいないのに、頭の上で手を合わせて謝ってくるジェイ。

これは紳士というよりは、口煩い姉のような存在を前にしての条件反射だろうか。


笑いながら彼の怪我を心配する。


「平気だよ。それよりシン姉、早く来たんだね。女性を待たせるのは失礼だから、俺のほうが早くに来たつもりだったのに」

「そんな気遣いができるなんて、ジェイはもう立派な紳士ね」


ちょっと不貞腐れたような口調で話している彼だけれど、その表情はとても嬉しそうだ。


「まあね、俺はもう大人だから。シン姉が知っている十歳だった俺とは全然違うよ。あっ、もしかして惚れちゃった?いいよ、惚れてもー。だってもうすぐシン姉は離縁するから、道ならぬ恋にならないからな。うんうん、そうしよう!シン姉には誠実な男が似合っているよ」


自分を指さしながら、冗談を言って笑うジェイ。もう彼の中では、私とルイアンの離縁は確定事項のようだ。


そう彼が思うのも当然のことだった。

ジェイが話しながら差し出してきた封筒の中には、これでもかという不貞の証拠が入っていた。


つまりルイアンの不貞と私の性格を考えて、そう考えたのだろう。


間違ってはない、……でも合ってもいない。

彼が知らない事実があるからのだから。


――でも告げない。


 この楽しい時間を台無しにしたくないわ…。



それに弟のようなジェイは、妹達のように大切な存在だ。


――彼を悲しませたくない。


すべてを知ったら、彼は苦しむだけ。そしてそれは彼の心に重荷として生涯残り、影を落とすだろう。

彼のような人は、陽のあたる場所で笑っている未来が一番似合っている。



私は頼りになる『シン姉』として、いつまでも彼の記憶になかで生きていたい。



「あんなにやんちゃだったのに、こんなに立派になって嬉しいわ」

「まあね、自分で言うのもなんだけど、かなりいい男になったと思っているよ。これもシン姉の厳しい教育のお陰かな。俺のことを追いかけ回している顔ったら、本当にすごかったなー。でも愛が溢れていたよね、だからみんな、シン姉のことが大好きだった。もちろん俺も…」

「ふふ、嬉しいことを言ってくれるのね」


小さい頃から知っているけど、あの頃のジェイは子供らしくちょっと生意気な言い方をしてくることが多かった。

でも大人になった今は、真っ直ぐに思いを伝えてくれる。


正直なところは変わっていないけど、それでも相手の心を温かくするのも同じだ。


「だから突然いなくなって凄く寂しかった。結婚したんだって聞いたけど、…おめでとうって思えなかった。勝手にしろって思って、シン姉がどこに行ったのか調べもしなかった。……後悔している。ごめんな、シン姉」


ジェイは頭を下げてくる。

きっと自分がもっと早くになにか行動を起こしていたら、今の状況が変わっていたのではないかと思っているのだろう。


 そんなことないのに…。



「謝る必要なんてないわ。こうして今、あなたと会えて良かったと思っているわ。ありがとう、ジェイ」



あなたと再会できたから、こうして楽しい時間が持てた。楽しい思い出を胸に旅立つことが出来る。


「シン姉こそ、わざわざ礼なんていらないよ。でも良かった、シン姉も元気になって。正式に離縁したらさ、一緒に出かけよう。今まで苦労した分を取り戻そうよ!それにあの田舎の領地にも行こう」

「懐かしいわね。みんな元気かしら…」

「もちろん元気だよ。両親も兄さん達も喜ぶだろうなー。上の兄さんは結婚して五人の息子がいて、みんなすごく腕白だから『なんでジェイザに似たんだ…』って兄さん夫婦が嘆いている。

実は帰省した時に俺がいろいろと内緒で教えているからなんだけどね、あっははー」


ジェイの告白を聞き、私は思わず吹き出してしまう。

困った顔をするジェイの兄が想像できたからだ。


それからも私とジェイは懐かしい話題やこれからのことなど楽しい話を続けていく。



――こういう会話をしたかった。


彼との最後の会話はこんなふうに終わらせたい。


話すことは尽きず、時間があっという間に過ぎていった。別れる時になって、彼は少しだけ真面目な顔をしてくる。


「ねえ、シン姉。俺も大人になったから、これからは呼び方を変えていいかな?」

「……?」

「ほら、シン姉っていつまでも呼んでいると、なんか俺が子供っぽく見られるだろ?それが嫌だからさ、シンシアって呼びたいんだ。…いいかな?」

「ふふ、もちろん構わないわ。ジェイはもう一人前なんだから」



ジェイは満面の笑みを浮かべて『シンシアか…、まだなんか照れるなー』と言っている。

私もなんだかくすぐったい。

でもずっとそう呼ばれていたら、すぐに馴れるだろう。


 ……でもそんな日は来ない………。


それを彼は知らない、……私だけが知っている。





「また、連絡するから」

「ジェイ、今日はありがとう。騎士のお仕事は忙しいでしょ?無理しないで」


約束は出来ないから、やんわりと断りの言葉を伝えてみた。

不自然な言葉ではない。


「無理してない。もう後悔はしないって決めたから」


大真面目な口調でそう告げてくるジェイに、私は微笑みながら最後の言葉を紡ぐ。


「さようなら、ジェイ」

「シンシア、また連絡するからっ!」


別れの言葉を告げる私と、未来に繋げる言葉を口にするジェイ。


その違いに彼は気づいていない。気づくはずもない、ただの挨拶にしか聞こえないから。


 …それでいいわ。



私の目に映った彼の表情は再会した時と同じで、私が心に刻みこみたかった眩しい彼だった。







――その数日後、この街から私の姿は消えた。



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