5.前向きな結論…
医者は私の目を避けるように視線を下に落とす。こんなに元気な私に確実に待ち受ける死を告げたのが辛いのだろう。
でも当の本人である私だって苦しくて仕方がない。
まだ25歳なのに、こんな形で死を告げられるなんてあんまりだ……。
「私はあとどのくらい生きられますか……?」
「……申し訳ない。その質問には答えられないんだ」
医者は首を横に振った。
この毒の影響はその人の体力や毒への抵抗力によって変わるので一概に言えないのだという。
数週間後に苦しみながら亡くなる人もいれば、数年後に眠るように息が止まる人もいるらしい。
…そうか……。
残酷な現実がじわじわと私の心を覆っていく。
逞しいはずなのに、死が怖くて堪らない。
泣き叫ばなかったのは、……どうしてだろう。
心が麻痺しているのかしら…。
だって体がふわふわして力が入らない。
それとも目の前に医者がいてくれるからこそ、辛うじて平静さを保てていられるのか。
どちらでも構わない……。
まだ聞かなくてはいけないことがある。
ジェイに報告すると約束したもの。
「私が届け出たら、証言はして頂けますか?」
「すまない、巻き込まれたくはないんだ」
「……分かっています」
この医者は善人だ。
誰にも知られずに診察を受けたいという私の申し出を受けてくれたのだから。
訳ありだろうと察していながらも、困っている患者を見捨てなかった。
でも彼にも守りたい家族はいる。
医者として困っている患者は見捨てなくとも、その先のことまで面倒を見る義務はない。
私の夫であるブラックリー伯爵を恐れているのではない。その後ろにいるナンバル子爵家からの報復を恐れているのだ。
裕福な子爵家は様々な事業に手を出し、人脈も広い。この街でも何らかの形で恩恵を受けたり関係している人が殆どだ。
敵に回したくはないだろう。
それにこの毒は薬でもある。
仮にこの医師が証言しても、私が飲む分量を誤っただけだと証言する医師をルイアンが、というよりもナンバル子爵が用意して潰されるだけだ。
こうして私のことを秘かに診察してくれただけで、本当に有り難いことだった。
「診て頂きありがとうございました。ご迷惑はお掛けしませんので安心してください」
「お大事に…」
そう告げる医者の言葉は私にはもう意味がないものだった。
屋敷に戻ると使用人に疲れたから暫く一人にして欲しいと頼んでから扉に鍵を掛ける。
はぁ……、泣かせちゃうかな……。
泣かせたくないのに……。
自分の命が尽きるという時に頭に浮かんだのは、可愛い妹達。そして最近再会した幼馴染み。
妹達は私が守ってきた大切な家族だから。
でもジェイはどうしてだろうか。
…たぶん結婚してからずっと孤独だった私に、久しぶりに寄り添ってくれた人だから。
――ジェイザ・ミンの行動に計算はない。
どこまでも真っ直ぐに自分の心のままに行動している。
それは羨ましくもあり、孤独な心をこんなにも温めてくれたのだと気づいた。
死にたくないっ。
もっと生きたい、諦めたくない…。
でも医者は信用に値する人物だった。どうしようもないからこそ真実を告げたのだ。足掻いたところで現実は変えられない。
どうしてこうなったのだろう。
あの時、援助と引き換えに結婚をした私が悪いのか…。
もし結婚をしなかったらなら、今よりも幸せだったのだろうか。
考えても考えても胸が苦しくなるだけ。
――分からない。
それが答え。もっと悲惨な死を迎えて人生が終わっていたかもしれないから。
私は声が枯れるまで泣き続けた。
何かを吐き出すとかそういうのではない。
……ただそれしかできなかっただけ。
『死にたくないっ、生きたいっ…』と何度叫んだことだろう。
何も変わらない、ただ声が枯れただけ。
『喜びは二倍に、悲しみは半分に』なんてする必要はないわね。
――この悲しみを大切な誰かに背負わせるつもりはない。
だってそんなことは意味がない。
それで私が生きられるわけではないのだから……。
死にゆく者が大切な人達まで無駄に巻き込むなんて愚かでしかない。
ルイアン達を許す気はないけれども、彼らのことを憎む時間が惜しかった。
出来ることなら、残りの時間を心穏やかに過ごしたい。
――それが私が出した前向きな結論だった。