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3.最悪の現実

相手の声に聞き覚えはない。

でもその名とここが騎士団の敷地内であることを考えたら、一年ほど前から騎士団の雑務を担当しているイメルダ・フォローであることは容易に想像がついた。


ルイアンは酔うたびに『お前とは違って、守ってやりたくなる女性なんだ』と上機嫌で彼女のことを褒めていた。

数ヶ月前からはその名が一切出てこなくなったのは、たぶんその頃から関係性が変わったのだろう。


 彼女だったのね…。


愛人の正体に心を痛めることはなかったけれど、二人の会話は衝撃だった。


 薬…、急死…、……正式に夫婦になるって……。



今までどんなに貧乏な生活を送っていても病気したことはなかったのに、突然体調を崩すようになったのは一ヶ月前からだ。


――そしてこの会話。



これでたどり着く答えは一つしかない。


 …たぶん、私は毒を盛られているんだわ。


いつからかは分からない。

最初は私に気づかれないように摂取させていたのだろう。そしてその効果が体調に出たら、今度は薬だと偽って堂々と飲ませている。



そんなに離縁したいなら、父であるナンバル子爵を自分で説得すればいいだけのこと。

でも彼は父親を恐れている。

だから叱責されるよりも、私を消すほうを選んだのだろう。


――彼にとって私はそんな存在でしかない。



それとも援助を目的に結婚を受け入れた浅ましい女には当然の報いだと思っているのか…。


 勝手だわっ。政略結婚の犠牲者はあなただけじゃない!



理不尽な仕打ちへの怒りで握りしめた手が震えてしまう。

そんな私の肩をポンポンッと優しく叩いたのジェイだった。会話に気を取られてすっかり隣りにいる彼の存在を忘れていた。



きっと彼にも声の主が誰なのか分かっただろう。そしてその会話が良からぬものだとも察したはずだ。


ジェイは発言こそ素直すぎるところがあるけれど、馬鹿な子ではない。


たぶんいろいろと私に聞きたいこともあるだろう。でも何も言わずに大きな体を屈めて、私の顔を覗き込んでくる。


私を案じているとただそれだけを目で訴えてくる。

その真っ直ぐな眼差しがぐちゃぐちゃな私の心を、じんわりと鎮めていく。


年下なのに包容力みたいなものを感じさせてくれるジェイ。


 ……ありがとう。



――感謝しかない。

 

少しだけ落ち着けた。もし彼がいてくれなかったから、感情のままに乗り込んでいただろう。でもそうしたらシラを切られて終わっていたかもしれない。


私は成人してから財産を騙し取った親戚に詰め寄ったが『証拠はあるのか?』と嘲笑って追い返されただけだった。


 まずは証拠を集めなければ……。

 



私は漏れ出てきた言葉が睦言に変わると、ジェイの袖を引っ張って静かにその場から離れていく。

馬車のそばまで来るとそこに御者の姿はなかった。きっとまだどこかで休憩しているのだろう。


私は誰もそばにいないのを確認してから口を開く。



「ここまでくれば大丈夫ね」

「ぷっはー!苦しかった…」

「………?」


なぜかジェイは息も止めていたようだ。

人差し指を口の前に立てて静かにと合図をしたけれど、まさか息まで止めるとは思わない。


 もうっ、ジェイったら…。


彼のその行動に緊張感が薄れて、さっきまで体全体に入っていた力が自然と抜けていく。


「ありがとう、ジェイ。あなたのお陰で取り乱さずにいられたわ」

「へっ?俺まだ何もしていないよ。これからアイツ等にいろいろするつもりだけどさー」


ジェイはこんな時でも自然体を崩さない。巫山戯ているわけではないと分かっているから、その態度に救われている私がいる。


八歳も年下の幼馴染みは、彼の良さを活かしたまま大人になったということだろう。

急かすことなく私の言葉を待っているのが、その視線から伝わってくる。

 

 やはり説明しないわけにはいかないわね…。


流石にあんな話を聞いてしまったら、中途半端な説明では誤魔化されてくれないだろう。


意を決して私は彼に事実のみを簡潔に話し始める。


ジェイは時折頷いてくるが話を遮ることはしない。

私は初夜とか伝えなくてもいい部分は敢えて言わずにいた。聞いたところで気分が悪くなるだけだし、私としても弟のようなジェイには話しづらかったのもある。


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