16.愛する人とともに〜ジェイ視点〜
丘の上に建っているシンシアの墓は俺にとって、墓じゃない。
これはシンシアが迷子にならないの為の目印のようなものだ。彼女はしっかりしていたけれど、道を覚えることが苦手だった。
いや、あれは苦手なんてものじゃない。
一本道を歩いてきて、その道をまた帰ろうとしているだけなのに、なぜか道に迷うのだ。
『…なんでこんなところにいるんだ?』
『さあ…、なんでかしら??』
なかなか帰ってこないシンシアを探し、こんな会話を何度となく繰り返していた。
驚くことに、彼女は本気で首を傾げているのだ。
なんで真っ直ぐがそんなに難しいんだ…?
こっちが代わりに本気で驚いた。
だがそんなところも丸ごと愛していた。ちょっとだけ抜けている彼女も可愛いとしか思えない。
だから彼女が好きだった場所に目印を建てた。
彼女は約束を守る人だから俺の側にいるはずだ。けれどフラフラっと散歩に出ることもあるだろう。その時に迷子にならないで戻ってこれるようにと願いを込めて。
墓じゃない、だからこれは彼女専用の目印だ。
これで迷子になっていたら、…許さないぞ、シンシア。
たぶんだが、数回はもう迷子になっている気がする。
……不思議とそう感じるのだ。
来世で会ったら確かめよう。もし迷子になっていたと言ったら、どうしようてくれようかと考える。
家から出さなかったら監禁で犯罪になる。だが迷子は困る、というか来世では俺の側から二度と離れないで欲しい。
「うーん。縄で縛るのはなしだ、そんなことシンシアに出来ないからなー。やっぱり手を繋ぐしかないか…」
四六時中でも俺は構わない。だがシンシアは『これではお料理が出来ないわ』と文句を言いそうだ。
確かに片手で包丁を使うのは危ないよなー。
「ワンワンッ!」
「そうか!俺がシンシアと一緒に料理が出来るようになればいいのか。ジェイ、教えてくれてありがとなっ」
俺の悩みに答えるように、犬のジェイが飛びかかりながら吠えた。老犬なのにやたらと元気で、手が掛かるところは変わらない。…つまり泥遊びが大好きで、進歩がない犬なのだ。
シンシアが亡くなってから、俺とジェイの一人と一匹暮らしで、料理は最低限しかやっていない。
腹がいっぱいになって栄養が取れればいいと、味付けは二の次だ。
これからは俺とシンシアの来世のために、料理の腕を磨いておこうと心に誓う。
うん?けど、来世にも料理の腕は引き継がれるのか…??
シンシアへの想いは来世でも変わらないと断言できるが、それ以外は確信がない。
まあ、いいかー。
なんとかなるし、なんとかして見せる。シンシアだって多少のことは笑ってくれるはずだ。
ずっと彼女は俺の側で笑っていてくれた。
最後のその一瞬まで、微笑みながら俺のことを愛していると、その表情で精一杯伝えてくれた。
――あれほど深い愛の告白はない。
だからこうして俺は生きていける。俺とシンシアに#先__未来__#があるからこそだ。
俺は今日もシンシアが大好きだった花を摘んで、彼女の目印の前に置く。そしていつものように他愛もない話を聞かせる。
「凄く不器用な男がいるんだ。悪い奴じゃないが、馬鹿なことをしちまった。俺の部下の元恋人だったんだが、めんどくせーことになっている。余計なことをするつもりはないが、出来ればみんな幸せになって欲しいよなー」
今日の話題はシンシアも面識がある魔導具調整師のことだ。
俺は共通の話題を話すようにしている。だがそれも、シンシアと離れている時間が長くなるにつれ少なくなっていくのだろう。
あとどれ位で共通の話題がなくなってしまうだろうか。
そうなる前に早く逢いたい。
だが勝手に寿命を縮めたら叱られるから、一人残された時間を生き抜いている。
『頑張ったね、ジェイ』と迎えてもらえるように。
たとえ爺さんになっても、俺のことを抱きしめてくれるよな?
俺だって分かってくれるよな……。
きっと大丈夫だ、こうして毎日会いに来ているんだから。
そう、俺はここに来ない日は一日だってない。
「シンシア、なるべく迷子にならずにここに居てくれよ。そして歳を取っていく俺を見ていてくれ。シンシアのために、いい男でいるからなっ」
年下だったけど、今の俺は彼女よりも歳を重ねている。それなりに包容力もついたから、期待して待っていてくれ。
今度は最初から守れる男でいるからな、シンシア。
会えない時間が長い分だけ、俺はシンシアを守れる力を手に入れる。
この時間は無駄じゃない。寂しいけれど、今度に繋がるための時間だ。
「なあ、シンシア。俺は君に相応しい男になれているよなー」
「ワンワンッ!」
シンシアの代わりに犬のジェイが大丈夫だと言ってくれる。どうやら、またシンシアは迷子になっているようだ。
困ったものだ、だが可愛い彼女だから許そう。
はっはは、どんなシンシアでも愛しいのだから仕方がない…。
花冠をそっと目印の上に置く。彼女のように上手くは作れないけれど、きっと彼女は笑って被ってくれる。
そして俺の頬に口づけを落としてくれるのだ。
恥しがり屋だったけれど、この時だけは彼女のほうからキスをしてくれていた。
目を閉じて、その時を待っていると、さっと柔らかい風が俺の頬を撫でていく。
そっと口づけるその感触は、シンシアのもの。
忘れやしない、俺だけが知っている愛しい人の甘い口づけだ。
どうやら目印のお陰で、早くに戻ってこれたようだ。
――「おかえり、シンシア」――
(完)
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この作品に出てくるジェイザ・ミンは、レジーナブックス様にて2022年12月に書籍化された『あなたが選んだのは私ではありませんでした』に出てくるミン団長のことです。