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10.過ぎてゆくそれぞれの時間①〜ジェイ視点〜

すべてを知ってから俺はただじっと待ち続けた。

シンシアが守りたかったものに触れないように、だが愚か者に相応しい罰を与えるために…。


俺はシンシアみたいにはなれない。

彼女がどんな気持ちで夫であるルイアンに手出ししないのか、それは十分すぎるほど分かっていた。

だが到底このままなんて、彼奴等が楽しそうに笑っているのを指を加えて見ているだけなんてことは出来なかった。


 殺してやりたいっ…。

 お前らを虫けらのように叩き潰したい…。


こう思うのは俺が若いからじゃない。

彼奴等は償うことなんて出来やしない。それぐらい重い罪を犯したことを、ただその身に刻みつけて一生忘れられないようにさせてやる。



――俺が出来る方法で。




俺は賢くもないし、金だって権力だってない。

だが俺だって自分のやり方で大切な人を守りたいんだ。




永遠とも感じる時間を俺はただ耐え続け、その時は一ヶ月後にやってきて、文字通り決して忘れることなど出来ない体にしてやった。



それは騎士団内で行われた模擬試合でだった。

一対一で行われ、どちらか一方が『参った』と負けを認める言葉を吐くまで続けられる。もちろん真剣勝負だが、致命傷を与えたり後遺症が残るほどの怪我を負わせたら勝ったとしても負けることになり、その後の出世はない。

だからみな真剣だが一線を越えるような馬鹿はしない。


――今までは。


俺はルイアン・ブラックリーとの試合のさなか、もつれ合うふりをしながら、奴の耳元で囁いた。


『決して降参するなよ。真実をバラされたくなかったらな。大丈夫だ、殺しはしない。ただちょっと試合を楽しみたいだけだ』


殺しはしないという台詞は嘘じゃない。


万が一にも不幸な事故でこいつが死んだら、その後しばらくの間、俺の自由は奪われることになる。そうしたら計画が狂ってしまうから、それは避けたい。


ルイアンは怯えている、今にも降参だと言い出しそうなほど。

それは困る。

お前は自分がやったことをこれから思い出すんだ。

ずっとこの機会を待っていたんだ、逃げるなんて、楽になろうなんて許さない。


俺だってただ待っていたわけじゃない。

こいつにとって何が重要なのか調べはついている。


『な、何を言ってるんだっ――』

『厳格な父親に知られたくないんだろ。大丈夫だ、俺は口が堅いからな』


言わないと約束する。俺から言うつもりはないのは本当だ。

ただ金で動く使用人が口を滑らしたとしてもそれは運が悪かっただけだろう。またそれがたまたまナンバル子爵の耳に入ったとしても、それも運だ。


 お前は運が悪い奴になりそうだがな…。


どうなろうが関係ない。だがややこしいことになるのは、俺が去った後でいい。


『…っ……』

『イメルダにせいぜいいい所を見せろよ…』


愛人であり共犯者であるイメルダの名を、最後に笑いながらルイアンに告げる。

奴は顔面蒼白だった。

逃れられないと悟ったからだろう。




奴は思っていた以上に踏ん張った。

こんな根性があるなら最初から父親に逆らっていれば良かったんだっ…。


 どうしてそうしなかったんだーーーっ!



『やめろっ、ジェイザ!』

『死んじまうぞ!』


決して『参った』という言葉を告げないルイアンを俺は容赦なく叩きのめしていく。

まずは左手首の骨を砕く、次に左肩の関節を外し、そして右足首に狙う。だが寸前でそれは止めた。足は最後まで動いていたほうがいい。そのほうが周囲からまだ戦う意欲があるように見えるから。


中途半端では終われない。これから苦痛に満ちた人生を送るには、治るような怪我ではなく、致命傷にはならないギリギリ線でなくては…。



 案外難しいな……。


まだ冷静にそう思う自分がいた。



けれど、気づいた時にはそんな俺はもういなかった。


数人の騎士達に押さえ込まれ、無様に地面に這いつくばりながらも、俺は『まだ終わっちゃいないっ』と叫び続けている。

あたりは騒然として『早く、医者を呼べっ』『やりすぎだぞっ!』と怒声が飛び交っていた。



俺の目の前で血塗れで倒れているルイアン。



 

――俺はやれたんだろうか…。





その後ルイアン・ブラックリーは運良く一命を取り留めた。





◇ ◇ ◇




「ジェイザ・ミン、お前の新しい配属先が決まった。模擬試合での事故とはいえ本来なら騎士職を剥奪されても仕方がない案件だったが、ルイアン・ブラックリーから油断していた自分が悪いという申し出があったから、この処遇で済んだんだ。ルイアンに感謝するんだな」

「はい!」


俺はこの件で異動が決まった。

ルールは守っていたとはいえ、こんなふうに我を忘れて暴走したことを見過ごせはしなかったのだろう。

ただ試合相手であるルイアンが慈悲深かったためにこれくらいで済んだ。


表向きにはそれでいい。


実際には奴は自分を守りたかっただけだった。俺が重い処分を受けて真実を告げてしまうのを恐れていたからこそ、意義を申し立てるどころか、俺を助けて恩を売った。…つもりでいる。



別に構わない。


奴はこれから一生歩くこともままならない不自由な体と壮絶な痛みを抱えて生きていく。それに子をなすことも不可能だ。



――真実の愛でそれを乗り越えることはあるだろうか。



ルイアンは弱い男だ。


だからこの街から離れる前に最後の仕上げをしに、謝罪と見舞いという大義名分で奴のもとを訪れた。そのついでに親切な俺はまた耳元で囁いてやった。


『イメルダとお幸せにな。…だが男として用をなさないお前のそばにあの女はいつまでいるかな。一週間かそれとも一ヶ月か…。自由にさせたらまずいんじゃないかな、くっくく』

『……そ、そんな…』


そう言ってから俺は、ルイアンのもとから去った。

部屋に忘れ物をしたが取りに戻らない。俺にとってはいらないものだから捨ててもらっていい。


普通は部屋に見覚えのある()があっても、使う者はいない。



 お前はどうだろうな、ルイアン……。



奴らの真実の愛は、これから二人で背負っていけばいい。


――それがどんな形だろうともな……。



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