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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
守るべき者の為に
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兄妹の絆

 約束の時間が来るまでに、天空雨の丞は例の和菓子屋のドラ息子と待ち合わせた。この前は故意の手違いによって、サツマイモを引き渡してしまうというミスが生じた為、今夜、改めて夢南瓜の取引の場を設けていた。場所は、夜になり人影も無くなった東谷神社隣の東谷公園奥にある革命志士像裏だ。今度はドラ息子のほうが先に到着していた。全身黒で身を包んでいる。先日のトラウマから闇に紛れているつもりらしい。


「今夜はちゃんと、持ってきたんだろうな」


 ドラ息子が言うと、雨の丞は決まりの悪そうな態度でまごまごとして見せた。


「何だい!また丸腰で来やがったのか!くそっ、やってらんねえや」


「いや、そうじゃないんだ」


「何かそうじゃないだよ!」


 ドラ息子は雨の丞の胸倉に掴みかかって怒鳴った。しかし、雨の丞が逆にその腕を掴んで絞り上げると、「いてて、いてて」と情けない声を出して顔を歪める。


「すまねえな。昼間にちょいと野暮用があって、街に出て来てたんだが、ほら、南瓜を持ってうろうろしたくないだろう?だから他の者に頼んで、今運ばせて来ているんだ。手間をかけるが、このまま、この前に待ち合わせた上条大橋の下へ行ってくれるか。そこへ届けるように言ってある。金はそこに来た奴に渡してくれ」


「何だよ、お前は来ないのかよ」


「野暮用がまだ片付いていなくてね。じゃあ俺は行くよ」


 雨の丞は逃げるように走って公園を出た。「おう、雨の丞やないかい!」と声をかけられたのは東大通を渡り、路地を入ろうとした時である。緊迫した任務を遂行している最中なだけにビクリとしたのは言うまでもない。しかし、その特徴のある濁声で、即座に声の主は安牌であると認識した。


「何を吃驚しとるんや?あ、さてはまた、危ない橋でも渡っとるな」


 何や、何や?とニヤニヤしながら接近してくる大山は、酔っぱらっているようだ。顔を赤らめながら、雨の丞の体をくんくんと嗅いだ。


「匂うな、匂うぞ。また碧小夜絡みか?儂も混ぜてくれ」


「馬鹿をいうな。お前には関係ない、どっか行け!」


 雨の丞は足早に西へ向かうが、大山ものしのしと、後からついてくる。


「お前、こういう時はいつも現れるな」


 雨の丞が厭味っぽくいうと、大山はがははと笑った。


「匂いがするんじゃ。儂は常に何か面白いことを探しておる。今もどこかで面白いことが起きてるんじゃないかと、嗅覚を澄ませてるんじゃ。人間、産まれたからには面白く生きなあかん!それがいつも元気な秘訣じゃ!」


「俺は何も面白くないのだがな」


「ということはまた、那智の尻ぬぐいやな」


「…」


「黙ってるとこを見ると図星か。しかし、おせっかいもええ加減にせえよ。そのうちお前が犠牲になるぞ」


「誰がタダで尻ぬぐいなんかするか。ちゃんと見返りはもらうからな」


「スケベな顔じゃ。確かに、聖女無天の見返りは素晴らしい。おかげで儂の尻の穴はガバガバじゃ。今もオムツ穿いとる」


 大山は自分の尻をパンパンと叩いた。


「まあ、いい。来たければ来ればいい。確かに、面白いものが見れるかもしれねえぜ」


「やっぱりな。楽しみにしとこう」


 やがてふたりは上条大橋に辿り着いた。そして、河原に下りると、橋の下にある路上生活者のトタン小屋に入った。


「邪魔するで」


 中に入るとほんのり芳しい臭いがした。家主がワンカップを持ったまま、口をあんぐりあけて戸惑っている。

「すぐ済むさかい、場所貸してくれや」


 ふたりが小屋の隙間から外を覗いていると、まず、ドラ息子がやって来た。落ち着かない様子で、ひっきりなしに煙草に火をつけている。北から風が吹き込む度に、彼は肩を竦めた。かと言って寒くもない。先日のトラウマからか、いくらか緊張しているのだろう。


 暫くして作務衣を着た者がひとり、橋の下に降りて来た。


「おい、あれは落語家やないか」


 大山が声を潜めながら言う。「あいつが営業に来るとは珍しいな。それが何でこんなコソコソせなあかん?」


「まあ、黙って見てろ。何があっても飛び出すなよ」


 ドラ息子がポケットから折り畳んだ紙幣を差し出す。受け取った常夏はその枚数を検めると、リュックを下ろして中から新聞紙に包んだ塊をふたつ取り出して手渡した。


「ありがとうよ」


 そう言うとドラ息子は歩き出し、河原を上る遊歩道の坂道に差し掛かった。


「何や、何にも起こらんぞ?これのどこが面白いんや?」 


 大山がぼやく横で、雨の丞は今なお息を止めて、気配を殺している。その時、ドラ息子が踊り狂ったかのような恰好で体の向きを変えた。と同時に、坂道を大勢の集団が駆け下りて来た。この前の数倍の人数がいる。さらに、反対側からも小屋の目の前を同じくらいの人数が駆け抜けて行った。皆、一様に法被姿である。


「御用検めだ」


 藤田翔を先頭とした集団がドラ息子と南極亭常夏を取り囲んだ。ドラ息子は、今度は自ら新聞紙を広げて中を見た。

 そして、泣きそうな声で「そこはサツマイモじゃなきゃあ・・・」と言って膝をついた。新聞紙がバサリと地面に落ち、干し南瓜と乾燥葉が露わにになった。

 嗚咽を漏らすドラ息子をよそ目に、観光協会が南極亭常夏を取り囲む中、突如、集団が左右にばっくりと割れた。その空間から進み出て来たのは高山紫紺、佐藤果花、そして幸村朱鷺。


 「現行犯ですね」佐藤果花が高山を見上げた。高山は僅かながらも動揺したように黙って、常夏を見つめていた。常夏もまた、高山から目をそらさない。いかなる処分も受けるという覚悟を、高山に発信するように見えた。


 雲間から月が現れた。上条大橋の上には、捕り物見たさに、無数の人々が欄干から顔を出し、河原の様子を伺っている。


「何や、様子がおかしいぞ」大山が雨の丞を見て言った。「あいつ、抵抗する気がないらしい」


「それはそうだ。奴は観光協会の部員だからな」


「へ?」


「なっ、面白いだろう?これから隊規を破った者に処分が下される。しかし、揉めるぜ」


「事情はようわからんが、エライ残酷な話やんけ。お前の陰謀か?」


「相手がどんな残酷な連中か、よく見てから言え。しかし、高山が出てきたら面白いと思っていたが、まさか幸村まで出て来るとはな」


 聖女無天村の内部から提供された情報なのだ。観光協会も罠である可能性を捨てきれず、最強フルメンバーを揃えて挑んで来た。

 ふたりは再び、小屋の中から目を凝らした。平部員らも、普段とは様子が違うことに戸惑っているが、幸村、高山がいる以上、独断で行動することもできないでいる。


 痺れを切らせたのはあの男だ。


「幸村さんよ、何を泥に嵌り込んだみたいに固まってんだよ。さっさと抜いちまうぜ」


 沢井宗八が右手に注射器を持って歩み寄るのを制したのは幸村だ。


「待て、そいつは駄目だ!」


 彼は進み出ると、常夏を庇うように、沢井の前に立った。


「どういう意味だよ、幸村さん。明らかに現行犯だろう、この聖女無天の男は」


「現行犯だが駄目なんだよ」


「どうして!」


「こいつはうちの部員だ。探索の笠子慎之助だ!」


 一同が騒めいた。名は、噂程度に聞いたことがある者もいる。しかし、その存在は不明確で、半ば都市伝説化していたのも事実だ。あるいは、その噂すら聞いたことも無い者は、もはや何が何だかわからず、騒めいた意味すら理解できず、案山子のように立っている。


「この人が笠子さんかい。そいつは、抜くわけにはいかねえな」


 沢井は注射器を平部員に手渡し、腕組みをした。藤田翔は相変わらず、デスマスクのような表情で直立不動。

 ここで佐藤果花が口を開いた。


「ひとつ、確かめたいのですが、隊規に沿うと、これは明らかな違反ではないでしょうか?夢南瓜の売買など、言語道断でしょう?」


 幸村が鬼のような形相で振り向いた。が、佐藤は涼しい顔をして、疑問に対する答えを待っている。


「これにはやむを得ぬ事情があるのだろう。話を聞けば皆、きっと納得するはずだ」


「しかし、それでは有沢さんが浮かばれないじゃないですか」


 突然、ゼリーに包まれたような声で問われた。声の主は犬若だった。


「あいつ、謹慎は解けたんか」と大山が呟いた。


 平部員の群れの中から現れた犬若は妙に挑発的な声色をしていた。


「仲間に半ば嵌められて規律を破った有沢さんは処分が下され、自分の意思で南瓜を売ったその人は許されるのはおかしな話だ」


「黙れ、犬若!」


 幸村が怒鳴った。有沢事件は聖女無天村による襲撃事件である。と、いうことになっている以上、余計な事はしゃべるな、という幸村の脅しだ。


「てめえら、幹部以外は下がっていろ!」


「ちょっと、待って下さい。有沢さんが嵌められたってどういうことですか!」


 今度は藤田翔が声を上げた。まるで防波堤が決壊して濁流があふれ出したように、今まで誰も見たことが無いような怒号であった。


「有沢さんは、聖女無天に負けた、いかなる争いにおいても敗北することを禁ず。その隊規に背いた、そう聞いていますが、まさか何か裏があるのですか!」


 幸村が犬若を睨み付けた。だが、犬若は悪びれることもなく、背中を掻いている。

 幹部以外がその場から下がり、状況を遠巻きに眺める形になった。


「私は」とまた、佐藤。「さっき疑問を投げかけた手前、こういうのも何ですが、あくまであれは素朴な疑問で、今、彼を去勢するべきではないと思います。それは、前にも説明した通り、観光協会の本分は何も南瓜の取締だけではないということです。南瓜にも街の活性化に有益な点もある。そこは改めて、議論の余地があり、幸村さんにも応じて頂きたい。そういう意味では、百歩譲って本物の村民ならまだしも、仲間を、それもこれまで多大なる貢献をしてきた方を即座に処分する必要性は感じられない。最悪でも保留とすべきです」


「私も右に同じだ」


 藤田翔が一言だけ、言った。藤田はここ最近、会館内においても佐藤果花との接触が目立つ。彼はこれまでも、己の手を汚すことはせず、むしろ、去勢に対しては否定的で、ある種の嫌悪感を示すこともあり、高山には彼に対する不満が、少なからず、ある。


「沢井は?」幸村が問う。


「俺は、どっちだっていい。あんたの命令に従うだけだ。で、結論はよ?幸村さん」


「まずは、笠子に言い分を・・」と言いかけた時、それまで沈黙していた高山が動いた。言葉は発しない。ただ、前へ進むと笠子の腕を掴み、懐から注射器を取り出したかと思うと、誰も静止する間もなく、気づいた時にはもう、針が刺さっていた。


「言い分も何も、隊規は絶対だ。犬若の言う通りだ。例外は認めない」


 犬若はただ、黙って清水川の水面を見つめている。

 針を抜かれた笠子は腕を押さえてその場にしゃがみ込んだ。上条大橋の上が騒めいた。「おい、去勢されたぞ!」という若い男の声も聞こえる。


 藤田翔が不快感を明らかに示すように、立ち去った。佐藤果花と彼らの隊の者も後に従った。


「これは、大変な事になったぞ」


 大山大和が小屋の中で囁いた。


「ははっ、観光協会の瓦解の始まりだ」


 天空雨の丞が声を潜めながら言ったその時、「おや、おや?」という大山の声にはっとして、視線を小屋の隙間に戻す。その時、細長いそのトタンの壁に隙間に覆い被さるように、すんずんとこちらに向かって歩いてくる者がいる。それが高山紫紺だと認める間もなく、壁がけ破られ、家主の悲鳴と共に、雨の丞が首根っこを掴まれ、観光協会の集団の前に引きずり出された。


「天空雨の丞よ。テメエ、うっとおしいんだよ」


 高山が注射器を翳しながら雨の丞を見下した。「テメエは抜くだけじゃ済ませねえな。半殺しのうえ簀巻きにして、清水川に流してやろうか」


「大山よ、お前の言うとおり、おせっかいが過ぎたかな」


 雨の丞は起き上がりながら、にやりと笑うと息をたらふく吸い込んで大声で叫んだ。


「岡莉菜!助けてくれ!」


 観光協会の群れの後方から、人が飛んだ。清水川に水しぶきが上がる。上条大橋の上に、歓声とも、怒号とも言えない人々の声が夜空に昇る。除雪車のように観光協会の面々を掻き分けながら岡莉菜は、沢井宗八にぶつかった。

「うおっ!」と拍子抜けた声を漏らして沢井は土手を転がって清水川に落ちた。


 改めて岡莉菜と対峙しながら、その脇に抱えている者を見て、怯んだのは幸村、高山だ。彼が抱えているのは、もうひとりの間者、笠子千奈だった。兄の慎之助は言葉にならない声で何か叫んでいる。


(しまった!)


 高山は歯ぎしりした。有沢事件の日、聖女無天村に出向いた岡莉菜が、数いる宮女の中から選んだのは悪党子、つまり笠子千奈である。


(餌にされた)


 高山が察した通り、雨の丞は笠子千奈を人質に援軍に駆けつけるよう命じていた。その代償は彼女自身。

 幸村、高山をはじめ、幹部連中が岡莉菜を取り囲んだ。泥だらけになりながら土手を這いあがってきた沢井も、眦を釣り上げなら陣形に加わる。


「坊主頭が良く似合うじゃねえか。岡莉菜よ」


 高山の挑発にも岡莉菜は本能が赴くまま、とも言わんばかりに、周囲を見渡し、八重歯をむき出して威嚇した。笠子千奈がその野太い腕に噛みつくも、蠅が止まった程度にしか感じていない。


 意を決した沢井を皮切りに、幹部たちが一斉に飛び掛かった。五人かがりで片手の岡莉菜相手だが、それでもほぼ互角。上条大橋から投げかけられる歓声を浴びて、部員がひとり、またひとりと加勢する。さすがの岡莉菜も笠子千奈を地面に落とし、封じられていた右腕を解放するすると、両手拳が部員の頬や鳩尾を次々と捉え、もだえ苦しむ人間どもが河原を転がった。


「やはり、岡莉菜を取られたのは痛かった」


 高山は幸村に言い残すと、自身も戦闘に身を投げ入れた。


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