有沢事件の夜
「偶然ってことは無いのかい?」
「残念ですが、大宮様。情報を漏らしていたのは悪党子以外に考えられません」
「だってそんなことができるような娘じゃ…」
「そんなことができる娘じゃないと、皆に思わせることができる女だからこそ、観光協会がここの送り込んできたのではありませんか。だからこそ、フフシル事件の犠牲になった連中も、隙を見せてしまった。悪党子に企みを聞かれたところで大勢に影響はないと」
桃龍も己にとって、村中きってのイエスマン、旦国寺猫の坊にここまで断言されては、観念せざるを得なかった。
「だけど、春道の件は話が別よ。あいつが悪党子を襲ったのは紛れもない事実。悪党子の件が明るみになったきっかけにはなったけど、それは偶然のことだね?」
「恐れながら」と、雨の丞が言う。
「あの男が以前から、悪党子が怪しいと睨んでおりました。有沢事件の日です。あの夜、何故か碧小夜や紅金魚らが有沢に帯同させられた中、彼女だけは開放されています。そうして翌朝、ひょっこり帰ってきた。解放された後、おそらく、高山紫紺と接触していたのでしょう。高山も有沢との決闘の場にはいなかったのです」
「高山紫紺か…」
桃龍は物憂いげにその名を口に出し、「邪魔ね。あの男」と呟いた。雨の丞は桃龍から目を逸らしたのは、「殺してこい!」と命じられるのではないかと恐れたからだ。
「ならば、春道はそれを確かめる為に、彼女を襲ったっていうのかい?それにしてはタイミングが変ね。碧小夜に振られた直後、そんな冷静な行動が求められる行動を遂行できる精神状態だったのかしら」
桃龍は薄い寝間着の下の柔らかな身体を、ソファーの背もたれに一体化させるように深く凭れた。疲れたように瞼を半分下げ、誰もいない部屋の隅に視線を投げている。
「それも、奴の考えですよ。理由も無しに襲い掛かって、悪党子が無実ならば、大事件だ。村中が大騒ぎになる。せめて心に傷を負っているという動機があれば、村民たちも納得はしないながらも、僅かな同情も得られるでしょう」
「取ってつけたような理由ね」
桃龍は目を伏せて笑った。
「話を戻しますが、その情報を伝達している者がいる。あの夜、もうひとり怪しい動きをしていた奴がいるのです。今度はその尻尾を掴みますよ」
「しかし、尻尾を掴んだところでどうするつもりだ?」猫の坊が言った。
「俺はここ何か月の間にいくらか観光協会に関わって、危ない橋も渡って来た。その間に気が付いたんだ。観光協会は決して一枚岩ではない。奴らは葦原京を世界一の観光都市にすべしという目的では一致しているが、現実的に遂行している日々の隊務は幸村、高山らが考える方策によって、半ば独断的に行われている。南瓜の取締しかり、そのやり方には個々の考え方があって、隊内全体が快く従っているわではないんだよ。彼らのやり方に疑問を持つ者がいる」
「そこを引っ掻き回そうというのか?」
「餌は撒いてある。後は奴を送り込むだけだ」
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