欲望の取引
「何?悪党子が生娘だと?」
旦国寺に見舞いに来た天空雨の丞が、仏前で茶を吹き出しそうになった。
「その前に、己の所業を仏に詫びろ」
「坊主の言う通りだ、春道。このままでは村にはいれんぞ」
「その件に関しては拙僧にとっては願ってもない。大宮様の氏子筆頭という地位を失ったことに関しては同情してやるが、おかげで拙僧の位もひとつ、上がった。これにて、お主との蟠りも綺麗に溶けたということじゃ」
猫の坊はそう言いながらカッカと笑った。薄暗い境内に秋の涼やかな風が駆け抜け、蝋燭の火を揺らした。
「どうする気だ?ここを出るつもりか?」雨の丞が冷たく言った。
春道は黙って橙に照らされ黒光りした床を見つめている。
「変な気を起こすんじゃねえぞ。間違っても、今度はお前が腕ずくで碧小夜を攫おうなって考えるなよ。今は最悪の事態だが、まだお前の悪運は尽きていないようだからな」
春道は下げていた頭を少し上げ、揺れる蝋燭の炎を見つめた。
「悪党子の件か」
猫の坊が雨の丞に言った。
「ああ、あの女、匂うな。春道よ、俺は散々、何の得にもならない仕事を、お前の為に患ってきたよな?」
「ああ、感謝している」
「それでこの有様か。俺があと何回、死線を潜ればお前は結果をだすのだ、このポンコツめ!」
「ふん、今更どうしろと?もう終わったんだ、俺は。しかし」
「しかし、何だ?」
「願わくばあと三回、お前が俺の為に死にかけてくれたら、結果を出してやる」
「阿呆か、お前は!何があと三回だ、頭沸いてんのか!」
雨の丞は丁度、手を伸ばせば良い頃合いのところにあった猫の坊の胡麻塩頭をパチンと叩いた。猫の坊は「南無」と呟いて、合掌した。
猫が交尾でもしているのだろうか、外から喚き声が聞こえる。三人はその声を聞きながら各々が怒り、途方に暮れ、物思い耽る。
やがて、雨の丞が極道のような低く掠れた声で言った。
「高くついてもいいなら、もういっぺん、働いてやろうか?」
「報酬は?」
「碧小夜だ。お前が氏子になった暁に、一回、俺を抱かせろ」
「一回でいいんだな」
「ああ」
春道は一呼吸置いて、静かに「頼んだ」と呟いた。
「それでこそ、この村の男だ」
雨の丞は下唇を噛みながら、打って変わって嬉しそうに両頬を釣り上げた。
「坊主よ。さっき、あんたは春道との蟠りは無くなったと言ったな。じゃあ、協力しろ」
「拙僧にも条件がある」
「何だよ」
春道が猫の坊を睨んだ。「まさか、お前も碧小夜に抱かれたいか」
「いんや、碧小夜様には指一本触れん。その代わり、お主が正式に碧小夜様の氏子となった暁にはこの村を出て行け。それが、大宮様の為でもあり、碧小夜様の為でもある。そこの浮気者との約束も反故にして碧小夜様を連れて逃げるのも有りだな」
「そんな真似はさせんぞ。この契約は守ってもらう」雨の丞が坊主を睨む。
人道的にはいざ知らず、この村では宮女が複数の男と関係を持つことは、何ら問題はなく、特定の女性を独り占めしようとするほうが邪道と見られて然るべきであり、紅金魚が怒り狂うことはあるにせよ、それは当人同士の問題でしかない。もっとも、そのことが原因で波羅愛となっても、雨の丞は文句も言えないが。
天空雨の丞は春道を見据えたまま再び口を開いた。
「今回の目的は、お前の取った軽率な行動が、お前自身の策略だったとすることだ」
「まあ、そういうことになるわな」猫の坊が相槌を打つ。
「お前はまだ冷静に今の状況を分析することができないだろうが、悪塔子が生娘だということは事件だぞ」
「どういうことだ」
春道の言葉と同時に強い風が吹き込むと、蝋燭の火を大きく揺らして消し去った。
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