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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
葦原京今昔祭
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有沢獅子

 夜を待って、春道は天空雨の丞とともに葦原京へ営業に出た。

 取引相手の情報は、主に洛中の飲食店を経営する南瓜愛好家の仲介を得て、入ってくる。今夜は久々のかき入れ時で、四件の取引がまとまっていた。


 防塵素材でできた乳白色の作務衣を着こんでいる。これも全ては高天の宮に対する礼節の一環で、俗世に漂う不潔な塵や空気そのものを肉体に付着させない、或は村へ持ち帰らない為の、精一杯の努力である。厳格な村民は髪を剃り上げ、防塵の布地を頭に巻いて口元まで覆う者もいる。 


 ふたりは生南瓜、炒った種、乾燥させた葉巻に南瓜チップスなど、様々な商品を入れた生成帆布のリュックを背負って三件の取引指定場所を回った。


 最近は観光協会の取締を恐れ、協力者たちのほとんどが私有地や店舗を取引場所として借用させてはくれず、受け渡しは大抵、観光客に分り易い屋外の観光地近辺が主である。


 最後の取引場所へ向かい、電灯が並ぶ上条通りの雑踏の中を足早に歩いた。


 大勢の観光客を乗せた二両編成のトロリーバスとすれ違う。

 葦原京で通行を許されている自動車はこの、観光用の無料トロリーバスだけである。天面は瓦屋根をあしらっており、さながら霊柩車のようだが、これも街の景観を維持する為の文明排除政策のひとつだ。

 観光客はもちろん、地元の住民たちも、少し遠出をする為には、このバスで移動しなければならない。その代わりバスはかなりの台数が導入されていて、今すれ違ったバスの後を追うようにまた、もう一台が走り去って行く。


 上条大橋に差し掛かった時、袂にある公衆トイレが目に入った。そういえば、少し催している。


 春道は商品の入ったバッグを雨の丞に預けて中に入った。薄汚れたコンクリート造りの薄暗い小さなトイレで、尿塗れた小虫の死体が溜まった小便器がひとつと、和式の大便器がひとつあるだけだ。大便器のほうの扉は使用中で閉まっていた。

 

 春道は小便器の前で作務衣のズボンを下ろし、股間に力みを入れた。ぶるっと寒気を感じながらも、彼は目前の小窓から見える、清水川の景色を見た。河原にたくさんのカップルが並んで地ベタに座っていて、その周りを学生が大声を上げながらはしゃいでいる。川の向うには革命前からの古い歓楽街の町並みが見える。


 その時、不意にロックが解除される音がして、背後の大便所の扉が開き、中から人が出て来る気配を感じた。春道は身震いした。小便のせいではない。悪寒である。なぜなら人の気配が彼の背後で止まり、動かなくなったからだ。


 雑踏の騒音が聞こえる中、この空間だけが浮き上がったように沈黙している。


 不意に背後の男が声を発した。その意表を突かれたような美しい、透き通るような声に、春道はまた、身震いし、生暖かい尿がこぼれ出した。


「身体検査だ」


 男はそう言うと、春道の襟元に手を触れ、滑らかな手つきで肩から腕、脇腹、尻とその割れ目、更に太ももから足首、足の甲までを触ってゆき、最後の放り出された陰茎を覗き込むと、「変な趣味じゃねえぜ。こういう仕事だ」と言って笑った。


 春道は素早くズボンを上げながら後ろを振り返ると、自分よりも頭ひとつほど小さい背丈をした色の白い男が、春道の顔を見上げるようにして立っていた。定規で模ったような目に、色の薄い冷たい瞳が不気味であった。着流し姿である。


 春道は、何の言葉も発することは出来なかった。この男の前では、いかなる行動も許されない。息をすることさえも罪となる。


「観光協会だ。でもまあ、そんなに怯えるなよ。丸腰だろ?残念だがシロだな」と男はまた笑いながら言い残し、トイレから出て行った。


 春道は慌てた。外には夢南瓜を持った雨の丞がいる。彼は、男の後を追ってすぐ様、外へ出た。しかし、すでに男の姿は見当たらなかった。


 辺りを見回していると不意に「おい」と、小さな声がして、トイレの陰から雨の丞が顔を出した。

 

「やばかった」雨の丞は息切れをしている。


 春道は今までに感じたことの無い、激しい動悸に包まれ、今までに感じたことのない冷たい汗に、体を覆われていた。あの男のことは知っていた。観光協会の中で、最も関わってなならない人間として。


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