彼の地への出立
桃龍は襖を閉めると、ソファーに腰かけ、葉巻を咥えた。その先端に火のついたマッチの先が差し出された。火が消えないように、添えられた手は痩せ細ってはいるものの、硬く頑丈そうな指を伸ばしていた。
「来ましたな。やはり」
「遅かれ早かれ、この日が来るのはわかっていた。犬若が戻って来ぬと知った日から」
「碧小夜は、受け入れなかったか」
「あの娘は、怖いのです。春道のことが好きだから、余計とね」
「室戸の陰松とやらの一件がなければ」
「そうなれば、あの娘は春道を傷つけたかもしれない。春道は、室戸のように抵抗することなく、碧小夜の本能を受け入れるだろう。そうすれば、もっと惨い結果になっていたかもしれない」
「しかしこのままでは碧小夜は、どんな世界に身を置いても、生きて行く場所は無いでしょう。儂は自分の無力さを恨みます」
「お前のせいではない」
桃龍は老人に向かって、咥えていた葉巻を差し出した。
「久しぶりだろう?」
老人はそれを受け取ると、煙を口いっぱいに吸い込み、ワインでも転がすかのように、口全体で味わうと、幸せそうにふぅーっと声を漏らして、吐いた。
「儂は結局、どの子も幸せにできなかった」
「そんなことはない。獏よ、お前がいたからこそ、皆立派に大人になった」
「では、そろそろ常世の宮へ出立致します」
老人はそう言って立ち上がった。
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