不気味な入部者
フフシル事件がもたらした悪い情勢の片鱗が垣間見えたのは、それからほどなくして、ひとりの男が入隊を希望してきたことだった。
洋間の応接室で面談の席に着いた幸村朱鷺は、相手も顔を見てはっとした。
「何のつもりだ」
静かに切り出した。遅れて入室した高山も彼の顔を凝視しながら、ゴブラン柄のソファーに腰を下ろす。
佐藤果花は微笑も浮かべず、口を真一文字に結んで、敵意の無いことを表現した。彼の態度に誠実さを見た幸村は「話だけも聞こう」と彼の目を見た。
佐藤は入隊の動機を語り始めた。
「ご存じの通り、わたしは元々、議会の、猿返副議長の手先のような立場にありました。あなたに隠しても仕方がないので白状しますが、先日のフフシルでの一件にも一枚噛んでおりました」
「あの夜、顔を合わせたな」
「はい」
「それが何故、また観光協会に入隊を希望する」
「実のところ、私はあの一件に失敗したことで、罷免されてしましました。しかし、それに対しては悔いや未練はありません。私はあくまで、己の行動で葦原京の発展、世界的観光都市の価値の向上に与したいという想いをもっているだけで、立場などどうだってよいので す。これは先に述べておきますが、私は一個人の意見として、夢南瓜を利用して、その魅力に虜にされた観光客、興味を持って集まる人々によって潤うなら、それでよいと思っています」
「話にならん」幸村が立ち上がろうとした。
「待って下さい。あなた方の活動の最大の目的も私と同じのはず。何も夢南瓜の取締だけが任務ではない。私は自分で言うのも何ですが、顔は広い。様々な分野の機関や組織に少なくないパイプを持っています。役には立ちますよ」
佐藤はそう言いながら、一枚の書類を広げた。それは猿返名義で書かれた、佐藤の観光協会入隊志願書であった。志願書と言っても、文面はもはや命令書と言ってよい。幹部としての役職を与えるよう、取り計らえともある。
「まるで天下りだな」と高山は笑いながら言った。「しかしだ。猿返の手先なら顔も相当広いだろう。その点は魅力的だ」
「本気か?」
「確かに、彼の言うとおり、夢南瓜に関して考え方は、流通を促進しようと企んでもいない限り、入隊の動機を左右する理由にはならない。その代わり、それはあくまで一個人の意見であり、観光協会の任務として、その状況下に置かれた場合、取締は遂行してもらう」
「承知しました」
佐藤果花は目を伏せて、了解の合図をした。
「ところで、俺たちは今、議会からいくつか不当な処分を受けている。心当たりはある か?」
「まあ、そうなるでしょうね」
「話してみろ。君はフフシルで何をしていた?」
「聖女無天村の交渉相手は、国際ワースポ組織委員会から送られてきた者です。それに私が噛んでいるということはもう、察しはつくでしょう」
「議会が仲介に立っていたということか?」
「いえ、根はもう少し深い。西京府が葦原ワースポの招致を成功させたこと自体、この取引がその条件に含まれていたということです。委員長が南瓜の世界的流通の実権を握れるよ う、首尾よく聖女無天村の所有権を譲渡することを条件に、招致が決まったと言っても過言ではない。ところが、聖女無天村は外界との繋がりをシャットアウトしている。何か特別なコネクションがない限り、交渉の場を作ることすら難しい。そこで私が毎日にように通い詰め、彼らにとって魅力のある条件を、協力的な輩を選んで説得し、ようやく交渉の場を作ることができた」
「やはりそうか。俺たちは議会の儲け話を破談にしちまったんだな」
「不当な処分を受けて然るべきでしょう?」
「ということは、議会がこのまま手を引くとは考えられない」
「無論です。葦原ワースポの招致の裏で、結ばれた契約は遂行されるはず。力ずくでも村を制圧するはずです」
「しかし、あの村の位置は西京府には含まれていない。隣県に属している。しかも、知られてはまずい癒着が存在する以上、制圧するのも簡単ではないはず」
「今、議会は隣県とあの土地の譲渡を交渉しています。十年後に着工する電磁式高速鉄道のルート誘致から手を引くことを条件に、聖女無天村の僅かな土地の分だけ、県境を東へ移動させるようにと」
「なりふり構わねえってことか」と幸村。
「当然です。もしも、約束を反故にしたとなれば、西京府議会が国際ワースポの組織委員会へ支払う違約金の額は想像を絶する。下手をすれば西京府が財政破綻してもおかしくはな い」
「そうなれば癒着が世間に露見するだろう」
「いいえ、破たん原因のねつ造など、たやすいものです。観光客の増加に伴うインフラの拡大、その予算が当初の計画と計算が大幅に狂ったとか、そんな作り話はいくつも用意されていますよ。まあ、あの方々のことでしょう、そうなった時にはすでに姿を晦ましている」
「では君は一体どうするべきだと考えるのだ?観光協会としては南瓜の流通は阻止せねばならない。しかし、南瓜の流通は議会の使命、そのルートを確立せねば破たんする」
「議会と委員会の企みは放置しましょう。我々は葦原京の安寧だけを目的に活動する。それだけで良いではありませんか?」
「面白いな。俺たちは葦原京における取り締まりを止めるつもりはない。そうなると、これまで夢南瓜という魅惑の果実が堪能できると多くの人間が集まってきた葦原京が、今度は逆に、この街だけが世界中でも当たり前のように飲食される酒肴品を、違反扱いされ、しょっぴかれる街となるわけか」
高山紫紺は、これは滑稽だと大笑いした。
「幸村さんよ。そうなれば大変なことだぜ。想像してみろ、例えばこの国で酒を呑んで文句を言われるなんておかしな話だ。酒を呑むな、呑んている奴は全員逮捕だ!なんて練り回ってる奴らがいたとすればどう思われる?単なる変人の集団として、指を指されて笑われるだけだ。彼の言い分が現実になれば、そんな世の中になるぞ。観光協会青年部はたかが夢南瓜を呑むな、喰うなと喚き散らしている。何とも時代遅れで融通の利かない困った連中だと指を指されて笑われるぞ」
「そんなふざけた世の中にして堪るか!」幸村は忿怒の表情で前のめった。
「では採用だな」
「ああ」
「佐藤君、君には幸村隊長の言う、世がふざけた世の中とならぬよう、観光協会を進むべき道を切り開けるか?」
「任せて下さい。葦原京を世界に恥じぬ、至高の都にすべく身を粉にする所存です」
高山にはもう察しはついている。今後、フフシル事件の二の足を踏まぬよう、議会が佐藤を協会に送り込み、不都合な動きを内部から食い止める魂胆であるという事を。ひと月前までならば、幸村も高山も門前払いしていただろうが、ここ数日で、目に見えぬところで置かれる立場が大きく変わったことを心身で察し、得体が知れずとも今までに無い新しい風を取り込むことは、決してマイナスに作用することはないと考えた。
佐藤果花には即日、法被、鉢巻と一緒に観光協会参謀長という立場が与えられたことで、古株の部員からの妬みや不満を買うことになる一方で、革新的な思想を持つ者、あるいは政治的思想が希薄な部員らの人心を、少なからず掴み始めることとなる。
日没は日に日に早くなるが、目前に迫った大会に向けて、葦原京には俄然、観光客が増 え、夏を引き戻すかのような熱気に包まれ始めた。
庭の金木犀の匂いが鼻に刺激する中、葦原京の熱気を遮るかのように、犬若は布団を被って、眠りの世界へ落ちようと努める日々を過ごしている。何よりも目覚めることが怖かっ た。悩みの無い夢の世界から、現実世界に移行するその境界線を渡る微睡の、自分の存在価値の否定と、想像できない己の将来の幸福に絶望しながら灰色の靄に中を手探りに歩きまわるその時間は地獄よりも恐ろしく感じる時間だ。
己の境遇を呪い、誰がこうした責任者かと、目に見えぬ恨みの対象を求めて、眠れぬ夜をまた、迎える。
もしよろしければ、ブックマークや評価をお願い申し上げます!




