悪天の始まり
議会に呼び出されていた幸村朱鷺は、観光協会会館に戻ると、自室のちゃぶ台を蹴とばして激怒した。
「なんとう処分だ!活動費用を半減だ?一体俺たちが何をした!フフシルの件は評価に値して然るべき事案なのに、どういうわけか!」
後から入室して来た高山紫紺もくやしさを噛みしめているふうだ。
「やはり場所が悪かった。フフシルはフーザーの持ち物だ。議会と密接な繋がりのある店だから安全に取引できると踏んだのだろう。あの事件、もっと深い裏側があるのかもしれん」
「どういうことだ?」
「いや、俺の考え過ぎだろう」
「俺たちは俺たちの信念を貫くべきだ」
「無論だ。しかし、裏で暗躍していた聖女無天の連中にはまんまとやられ、犬若はあの有 様。岡莉菜は聖女無天村に奪われた」
「それは本当に確かなのか?」
「笠子の情報だ。間違いない。南瓜の快楽を植え付けられ、誓約に陥落した」
「堀川の爺さんの行方は?」
「わからん。犬若に聞いても知らないの一点張りだ」
あの夜を境に犬若は、自室の閉じこもったまま、出てこない。お粥を差し入れても、ほとんど手も付けず、返ってくる。
頻繁に頭の右側に強烈な痛みが襲ってくる。おまけに頭は常に、フルフェイスのヘルメットをかぶっているようにくぐもっていて、ぼうっとしている。何か、この押し潰されそうな気分を和らげるものを欲した。聖女無天村で禁じられていた化学薬品でも、観光協会がご法度とする夢南瓜でも良い。今、目の前にあれば貪るように口に含むだろう。この身がどうなっても構わない。脳が腐ってもいいから、何らか救いが欲しかった。
事件が起きたのは、その夜のことだ。
沢井宗八の隊が見回りに出ようとすると、門前にしゃがみ込む犬若に遭遇した。
「おお、外の空気でも吸いにきたか」
「…」
犬若は沢井の陽気な顔を見上げた。
「じっとしていると身体が腐っちまうぜ。散歩がてら一緒に行こうや」
沢井は平部員に命じて法被を持って来させ、犬若に羽織らせた。
一行は一直線に、葦原京の中心に位置する御苑のほうへ向かった。夢南瓜の取引の情報が入っていたのだ。高山に命じられた沢井の隊が今宵、捜索に向かっている。しかし、無断で犬若を連れ出したのがマズかった。
御苑の北面に着くと、情報通りに聖女無天村の男がいた。ふたりで顧客を待っているの を、隠れて見張り、現場をおさえようとした時、平部員のひとりが叫んだ。
「沢井さん!」
沢井が気づいた時、犬若は聖女無天村民に向かって疾風にように駆け行って、最初の一撃を加えていた。
「あの馬鹿め!」
沢井が止めに入った時、犬若は意識を無くした若い村人に馬乗りになって、「碧小夜を返せ!碧小夜を連れて来い!」と喚き散らしていた。もうひとりは仲間を見捨てて逃げ去っていた。
沢井は犬若を引きはがすと、平部員を使って会館への報告と救護員の手配をさせた。さすがに殺人ともなれば、観光協会といえども、軽い処分では済まなくなる。
即日、沢井に一週間、犬若には無期限の謹慎処分が下った。
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