噛みつきたいほど愛しい背中で
男たちは皆、パンプキンバーのテラスに屯していた。嫌がる主人を叩き起こして、無理やり南瓜ドリンクをたてさせた。高天の宮から聞こえて来る岡莉菜のただならぬ嬌声を肴に、それをちびちびとやりながら、柘植重衛が言った。
「あれは素人の声ではないな。案外、好き者だったのかもしれんな」
「さすが、さすが」と猫の坊。「なんせ、極楽導師様と火焼丸様が、ふたりがかりで相手をしているのだからな」
「何と、贅沢な。プロフェッショナルがふたりかがりか」
「拙僧が桃龍様に進言したのだ。あの怪物は、申し訳ないが並の宮様がかかったところでは何ともならん。あの御二人に一気にかたを付けてもらわねばな」
そいった会話の最中にも、夏の夜空に腹を空かせた雌狼のような声が間断なく聞こえてくる。
「ところで、那智はまだ戻らんのか?」
一緒にいた若い男が訪ねた。「碧小夜様まで置き去りにしてくるとは、何と馬鹿な連中 だ」
「村でのうのうとしておったくせに、偉そうなことをぬかすな。あの男を倒して連れ去るだけで精一杯だ。何も知らん輩が口をだすな」と柘植。
「碧小夜様は那智が必ずや、連れ戻してくれる」
猫の坊が痛恨を極めたように声を振り絞った。
その頃、村へ続く暗い悪路を、碧小夜をおぶった春道がゆっくりと上がってきていた。彼の足はもう限界だった。何とか一歩一歩と歩を進めているが、力が入らず、感覚が無い。
「ハル君、大丈夫?」と背後から訊ねるものの、碧小夜は降りて自分の足で歩こうとはしなかった。
その時、春道がぐらりとよろけた。何か、尖った石の出っ張りでも踏み付けたようだ。
「痛えっ」と思わず上げた声に、碧小夜がふふっと笑った。
「何か、面白いか?」
「ごめん。変だよね。自分でもわからないの。でも男の人が痛がっているのを見ると、何だか可愛く思えちゃって」
(何を言っているのだ)
春道はそう思いながら、碧小夜がする違和感のある行動を思い出した。さっき犬若と互いに決死の思いで争っている最中も、大きな原因たる己の立場も顧みず、一切、止めようともしなかった。以前、久方ぶりに会話を交わしたあの夜のきっかけも尻の痛みに悶えたことに端を発している。
思い出した。子供の頃、彼女にキリアソビという遊びに誘われた。カッターナイフを持った小夜が、春道の腕を浅く傷つけて行く。腕はに赤い縞模様ができて、所々から出血した。傷つけている時の彼女は瞬きもせず真剣な表情で、終わると満足そうに痛みに歪んだ春道の顔を覗き込んだ。
犬若ともキリアソビをすればいい、と言ったが、彼は少し切っただけで逃げたという。
何度かキリアソビを行ったが、ある日、獏爺に見つかり、怒られた上に禁止された。
背中で碧小夜が囁く。
「だからわたしはハル君の背中から降りられないでいるの。あなたが苦しそうに呻き声を上げる度に心地いい」
「お前、室戸の陰松に何をした?無理矢理襲われたんじゃないのか?」
春道が立ち止まると、夜も更け入っているというのに、遠くから村の騒めきが聞こえてきた。彼は暫くそのまま、碧小夜の返答を待った。
「覚えていないの」
「覚えていない?」
「何か身体が熱くなって、気がつけば母上や大玉引が部屋にいて、取り押さえられていた」
「何をしたのか、覚えていないのか」
碧小夜は黙ったまま、こくりと頷いたようだった。
「ごめん。自分で歩くから」
「いや、そのままでいい。村までもう少しだ」
春道はまた歩き出した。足元から踏みしめる石の擦れる良い音がぼりぼりと耳を刺激し た。
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