子達と歌う、南瓜の唄。
次回 2/24 18時
「観光協会に入り込んだ儂は、雑務を担当しながら、部の様子を伺い、新人が入部したり、部内で何等かの処分が下されたり、聖女無天に対する方策が画策されたり、変わったことが少しでもあれば、手紙にしたため、大宮様へ伝達した。そしてもうひとつの目的は犬若を見守ることだった。儂がヘマをしたせいで、あいつの初仕事はおろか、人生そのものを狂わせてしまった。同じように種を抜かれてしまった者として、彼の未来に対する絶望感は、刃物で体に刻み込むほどに理解でき る。いや、彼は若いが故に尚更、傷は大きかろう。あいつが協会に身を置くことは、大した問題ではない。むしろ、協会にも己の居場所が見いだせなかった時、一体どのような行動に出るかが恐ろしかった。万が一、そのような事態に陥れ ば、儂は正体を明かすことも厭わず、彼を救うつもりであった。そんな時の為に、儂は出来るだけ犬若から距離を置いたところで誰よりも、彼の様子を注視していた。部内では、極力笑顔を見せることも控え、柄にもなく厳格さを装った。村にいた頃とは正反対の人間性を装ったのだ。おそらくは住職、あんたがいなければ今夜も儂の正体に気づくものはなかっただろう。馬方さんが来ても騙す自信はあった。実のところ息子ほどの年齢の若者に囲まれて生活するのは楽しかった。本当はもっと馬鹿話をしたり、悩みを聞いてやったり、山登りにでも一緒に出掛けたりもしたかった。頑固爺を演じたせいで、そんなことが出来なかったのが寂しかったな」
獏爺はそこまで話すと残念そうに微笑を浮かべた。それから何か覚悟を決めたように立ち上がって言った。
「すまんが、春道とふたりで話をさせてくれ」
春道は獏爺と一緒に社務所の玄関脇にあるベンチに座った。
ふたりは再開を懐かしむようにお互いに目を合わせた。その時、春道が改めて見た獏爺の顔は、昔と変わらぬ優しい顔だった。
「春道よ。儂はお前に謝らんといけない。あの日、犬若と無事に帰村していたら、そのまま謝るつもりだったことだ。五年も謝れずにおって、気にしていた。犬若を碧小夜の氏子にするように、大宮様に頼んだのは儂なのだ」
春道は「何故俺を選んでくれなかった!」とは思わなかった。むしろ、碧小夜の意思ではなかったということに安堵した。獏爺は続けた。
「儂にとって、碧小夜と共に育ったお前も犬若も、息子も同然だ。お前たちが子供の頃から、儂は見ておる。碧小夜が成人した暁に、彼女の氏子とするのはふたりのうちのどちらかとしか、考えられなかった。氏子はひとりだけと決めていた。ふたりも三人もいらん。ひとりの男を愛する女になってほしかった。聖女無天村の男としてあるまじき心持ちだろう?しかし、儂は村民である前に、ひとりの普通の父親だったのだ。変な話をすると思っているだろう?結論を言うと、碧小夜は儂の実の娘だ」
春道は宙づりにされてぐるぐると振り回されるような感情になった。思えば、母である大宮桃龍が、春道自身が物心つく前から高天の宮の大宮として君臨していたことを考えれば、碧小夜の父は聖女無天村の男であると考えて然るべきだが、そのことを詮索する気などこの村人たちにはなく、春道もまた、例外ではない。
村では時折、子が産まれるが、実父を詮索することはしない。産まれた子は村人たちが皆で世話をする場合もあるし、下界の孤児院の前に置いてくることもある。春道や犬若のように何等かの事情があって、子供の頃に村へ来ることもあるが、そんな子らの親は、そのまま村に住み着くにし ろ、自らは村を去って行くにしろ、おうおうにして碌な者ではない。
春道も犬若も、親の顔を知らない。
「大宮様には幾人かの氏子がおるが、自分の子であることくらい父親ならわかる。おそらく、と言ったが、儂は確信しておる。碧小夜は儂の子で、大宮様も解っておられる。小夜という名は儂が付けた。碧という字は大宮様が載せた。碧い月が浮かんだ静かな夜に産まれた子だ。そうして月日が経った頃、気が付くとお前と犬若が村にいた」
春道は自分が村に来たことは覚えていない。しかし碧小夜と初めて出会った時の事は覚えてい る。
犬若と大通り石蹴りをして遊んでいた時、道の真ん中に立って人を小馬鹿にしたような微笑みを浮かべている碧い浴衣を着た女の子に気が付いた。自分よりもいくらか年上に見えた。碧小夜はふたりを連れて高天の宮の池へ案内してくれた。そこで南瓜の唄を教えてくれた。
南瓜の種を撒きましょう
黄色い花が咲くころに
櫓を囲んで踊りましょう
高天の宮の宮様の
喜ぶ顔が見てみたい
雨雨降れ降れたんと降れ
早く実になれ夢南瓜
犬若は音痴だった。メロディが間抜けに外れるので、碧小夜と春道はその度にゲラゲラと大笑いする。そこで通りかかった年期の入った宮女に叱られて、庭から追い出された。それから三人は毎日のように、日が暮れるまで一緒に村を駆け回った。
三人は獏爺に会うと飛び跳ねるように纏わりついた。獏爺は一緒に遊んでくれたし、葦原京に下りた時にお菓子を買って来て渡してくれたりもする。いつも南瓜に酩酊して歩いていたり、足をガクガクと震わせながら高天の宮から出て来る大人には近づくと蹴り転がされそうで、怖くて近づけなかったが、獏爺には遠慮なく甘えることができた。春道もまた、彼に父親に対するものと似た感情を持っていた。
「儂は碧小夜の氏子を犬若に決めるよう、大宮様に進言した。犬若には他の氏子との嫉妬心の渦中で競い合えるような強気さは無い。お前と碧小夜の色恋を想像して寝床で泣き叫ぶ程度で済むほどの忍耐力もない。奴は碧小夜を無くして生きてゆけない。大宮様も納得し、春道は自分の氏子にすることでな感情のバランスを取ろうと考えられた。お前も犬若も大事な儂の息子だ。不平等でもふたりが無事に成長する為の最善の道を作ってやりたいという気持ちでそうしたことを分ってくれ」
獏爺はそう言うと春道のほうを向き直って頭を下げた。社務所の玄関の、薄暗い電灯に照らされた脳天は地肌が透けて見えた。暫く頭を下げ続けた獏爺が頭を上げるとゆっくりよ立ち上がった。
「さて、お前たちはもう村へ戻れ。これ以上、時間が経つと危ない」
「獏爺はどうする?碧小夜を奪われたとわかれば処罰されるんじゃないのか?」
「叱られはするだろうが、こんな爺ひとりに留守を任せた幸村や高山も悪い。なに、殺されはせんだろう。そうだ、儂の頬を一発、殴ってくれ。腫れあがる程度がよい。戦った形跡があれば恰好は付く」
「敗北は処分の対象じゃないのか?」
「なるほど、それもそうじゃ。ではこっそり忍び込まれて知らぬ間に連れ去られたことにしよう」
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