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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
フフシル事件
73/125

無慈悲なる処分

次回 2/23 22時

 西院熊二郎という男は、村では若い頃から血気盛んで知られている。菜食主義の割には熊のような体躯で、剃り上げた頭が満月のようだ。

 修羅場も潜っている。

 観光協会がのさばり始めた後も、死線を何度も切り抜けた。あの有沢獅子ら関東派の面々に追い詰められた時も、太川浩市山と肉弾戦を繰り広げ、軽傷ではあるが痛手を負わせたうえに、背後の屋敷の土塀をよじ登って、見事に窮地を脱出している。一切の障害を物ともしない勇猛さで、営業成績は村内トップ。性欲も旺盛で紅蜥蜴という熟達した宮女の寵愛を受け、夜毎、羞恥心の欠片も思わせぬ快楽の雄叫びを村に響き渡らせていた。

 そんな西院ももはや逃げ場が無い。

 万事休してあとは力ずくで目の前の相手をなぎ倒す以外、この場を脱する術はなく、野太い気合いの声を上げながら突進を繰り返した。その突進を幸村朱鷺は、まるで闘牛士のようにひらりひらりと交わしている。西院の体力が尽きるまで弄ぶように、しかしその顔に余裕は無かった。堅実な性格であるが故、相手の実力を忠実に推し量っている。西院を只者ではないと認め、油断は禁物と判断したのだ。


 薄暗いネオンの光が照らす個室の床は、割れたグラスやら、ひっくり返ったワインボトルやらで足の踏み場もない。

 西院が暴れる都度、バリバリとグラスの破片が細かく砕ける音が鳴る。

 その様子を傍観していた馬方藤十郎は腹を括った。観光協会は単なる有象無象の集まりではない。首領がこの油断も隙もなく、誠実かつ堅実を絵にかいたような幸村という男である以上、もしこの場を切り抜けられたとしても、二重、三重に包囲網が張られていると考えて間違いはない。無事に村へは戻れることは無いだろう。


 やがて、西院がぶ厚いガラステーブルの上に仰向けになって倒れ込んだ。もはや寸分の体力も残されておらず、作務衣に包まれた分厚い胸板が、噴火寸前の火山のように激しく上下している。

 幸村が黙って後ろに手を差し出すと、部員が木箱から注射器を取り出してその手に載せ た。彼がそれを握りしめる同時に、沢井宗八が西院の体を抑え込む。

 幸村が丸太のような腕を掴み上げると、西院は呻き声を上げながら首を起こし、鬼瓦のような目で幸村を睨んだ。しかし、抵抗を試みるも体が言う事を聞かない。


「それだけは、勘弁してやってくれんか」


 馬方が細い声で言った。


「問答無用だ」


 幸村は老人の哀れみに満ちた声すら無慈悲に遮り、西院の太く浮き上がった脈に針を刺すとためらうことなく、親指でプランジャを押した。その瞬間、西院は目を閉じ、「ううっ」と呻いて動かなくなった。


「さて、あとはあんただけだ」


 沢井が荒っぽく老人の腕を引いた。


「抜かせてもらう。抵抗したって無駄だぜ」


「抵抗などせん。この歳じゃ。生殖機能など、とうの昔に失っておるわ」


「それは失礼。しかし、何故こんな馬鹿なことを考えた?」


 幸村が枇榔度の丸椅子に腰かけながら聞いた。「承知の通り、俺たちは夢南瓜を害薬と看做している。しかし、残念なことに、国家法に準じて禁止薬物と定められてはいない。ならばもし、南瓜の生産を牛耳ることが出来れば、さぞかし儲かる話だろうよ。相手がどこの者だか知らねえが、いずれは聖女無天村を乗っ取られる恐れもあるとは考えなかったのか?」


「そうなっていたかもしれんな」


 馬方老人は答えた。


「しかし、貴殿ら観光協会の今日のような手荒な妨害を受ける以上、我々もビジネスを多方面に広げる必要があった。そうせねば、村の存亡に関わる」


 そう言って老人は横たわる西院を見た。


「儂はこの無鉄砲らが馬鹿な契約で恐ろしい陰謀の闇に落ちぬよう、この場に来ただけじ ゃ。昔のように、葦原京で自由に商売ができれば、このような話に乗ることはない」


「俺たちのせいだと言いたいのか?」


「貴殿らのせいではない。夢南瓜は人々に幸せと快楽をもたらす素晴らしい天の恵みじゃ。実のところ、精神医療の学者から実験素材や栽培方法の情報も提供も要請されている。しかし、夢南瓜は幸福をもたらす半面、使い道を誤れば、人間を破滅に導くことも間違いはな い。様々な考え方が交錯して然るべき代物じゃ。だから貴殿のような考えがあっても否定はせん」


「村の人間は皆、あんたと同じ考えをもっているのか?」


「それは知らん。あくまで儂一個人の考えじゃ。他の輩の考えは知らん。しかし、高天の宮は命に代えても儂は守るぞ」


 それに、と老人は付け加えた。


「南瓜に対する考えは否定せんが、その処分のやり方は許すことはできん。聖女無天村の男から生殖機能を奪えばあとは何も残らない。生きる活力を快楽にしか求められぬ者からそれを奪ってやらんでくれ」


「それは無理な頼みだ。あんたらが南瓜を使って快楽を求め、生きる活力とし、それが為に葦原京の秩序を乱すならば、南瓜を必要とせぬ体になってもらうまで。単純明快な話だ」


「貴殿には聞き入れてもらえそうもないの」


「爺さん、すまんな。しかし、それでもその生きる活力とやらを求めて、あがきながらも生きる男を俺は知っている」


 幸村はそう言うと注射器を持って老人に歩み寄った。老人は筋と皮だけでできたような細い右腕を、ピンクとブルーのネオンの光の下に差し出した。

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