朦朧、覚醒、大乱闘
次回 2/23 20時
幸村朱鷺が怒号を発するも、あたりは多少の混乱を見せたが、ダンスフロア全体は未だ、観光協会の存在に気付いていない。階段の下を見ると白煙の中に、様々な頭が揺れ動いている。
幸村はぶうっと息を吐くと、階段を駆け下り、夢南瓜に酩酊した人間の間を掻き分けて行った。強引に入り込む幸村を、動物の死骸のような目をした男どもが睨み付ける。まるで、ゾンビに囲まれているようだ。もはや彼らに理性は無いのであろう。ズボンの中に右手を突っ込んで弄っている男、脱いだ紐のようなパンティーを脱振り回している女、頭から流血している奴、大きなフランスパンを一心不乱に齧っている奴。もはや正気の沙汰ではない。
その後ろを沢井他、部員が続く。
汗にまみれた人間の群れに揉みくちゃになった。
振り上げた観衆の手が幸村の頬に当たる。足も何度踏まれたことか。それでも一心不乱に進んで行く。
気を抜けば脳みそが煙に包まれるような感覚に陥る。七色のフラッシュライトが視覚を破壊し、遠近感もおかしくなった。その度に、幸村は己の手の甲を噛んで理性を保った。
やがて、幸村の我慢も限界に達した時、気が付くと目の前の壇上にDJブースが聳えてい た。幸村はブースに上がると、そこにいたサングラスの男からマイクを取り上げ、渾身の力で叫んだ。
「観光協会だあああ!テメエら全員まとめて連行するぞおおお!」
そうして足元に無数に伸びる電線をむやみやたらに引き抜いた。音が止み、一瞬静かになった。二秒。きっちり二秒の沈黙が辺りを包んだのち、フロアはライオンを放たれたシマウマの群れのように混乱した。酩酊した人々が足元もおぼつかぬまま、右往左往している。
「観光協会が来たー!」
黒船が来た。革命前夜、鎖国状態だった国の海辺の村に、突然、異国の舟が現れ、大混乱に陥った。まさにその村の状態である。
幸村はその大混乱に気を取られないよう意識しながらDJブースからフロア全体を見渡し た。そうして、右手に何か蒼い色の証明が漏れている部屋があるのに気が付いた。
幸村はブースから降りると、人々を押しのけながらその扉に向かい進んで行く。
扉の前にたどり着くと、激しくドアを引いて、中に入った。
そこには作務衣を着た三人の男が銃口を突き付けられたような顔で幸村を見たまま固まっていた。
「観光協会だ!神妙にしろ!」
幸村が吠えたとたんにまずは、黒スーツを着た相手方の取り巻きふたりが立ちふさがっ た。が、猛り狂った幸村のヘッドバットがさく裂しグラスやボトルの割れる音が響き渡る音と共に彼らは、その場に蹲った。そこへのっそりとソファーから立ちががった者がいる。立ち上がったと同時に部屋全体が、その場を照らす太陽が突如、雷雲に覆われたように暗くなったように思われた。彼の巨大な体がシャンデリアを遮り、幸村の前に立ちはだかる。
馬鹿め!観光協会の命運もつきたな!はっは、はっは!と、下衆な目で見下そうとした室戸は、しかしすぐさま、何か収まりの付かない表情になって固まった。幸村朱鷺はまるで動じていなかったからだ。
「何だ何だ、えらいのが出て来たな。なかなか用意周到じゃないか。言葉は通じるのか?」
幸村はそう言って、強え相手を見るとワクワクするぞ!とでも言わんかのように、意気揚々としている。思うように認められない日ごろの活動の成果、部長という立場とは裏腹になかなか上がらぬ己の人気、議会と協会の運営の板挟みとなった日ごろのストレス、高山や犬若からの弄りや厭味、夏の暑苦しさ、そしてようやく巡ってきたこの大舞台、もはや彼は戦闘のトランス状態に陥っている模様だ。
「来ないのか?でかいの!来ないならこちらから行くぞ!」とまるで漫画のような台詞を吐きながら、幸村はその図体とは似合わない素早い動きで相手の背後に周り、ソファーの上に立つと、その大男の腹に手を回し、始めはゆっくりと抱え上げたかと思うと、そこから俄然加速、急降下した。ジャーマンスープレックスである。後ろの壁に男のごんっという音と共に大男の後頭部が激突、そのまま酔っ払いがソファーに座り込むようにして大の字になる恰好で腰を静めると、瞬間的に前のテーブルの上に立っていた幸村は、無防備の開けっ広げられた腹を目がけてジャンピングニードロップを敢行、大男はグエエと呻きながら、口から深紅の液体を吐き出した。吐血したわけではなく、その前にたらふく呑んだ赤ワインを吐き出しただけである。
「観光協会を泥酔状態で勝てる相手と思ったか!大馬鹿者めが!」
隙を見て、アジア人と鼻黒子の男が逃れようとするが、部屋から一歩出たところで、「いやいや、逃がせねえよ」と沢井のボディブローがたんたんと鳩尾に入り、彼らも御縄につくことと相成った。
個室の中では西院熊二郎と室戸の陰松が幸村と睨み合っていた。彼らにはもはや外は観光協会に、完全に包囲されていると予想できた。ここを脱出するには相手を殺す覚悟が必要だった。
室戸の陰松は割れたボトルの口を持ち、幸村に向けた。西院も同じように、ボトルを拾い上げた。
声も上げず、室戸が飛び掛かった。しかし、ボトルの切っ先は空を切り、前のめりによろめいたところ、後頭部に衝撃が走り、そのままガラスの破片が散らばる床の上に頭から飛び込んだ。幸村の手刀をモロに喰らったのだ。顔面にガラスが刺さり、頭からペンキを被ったように血まみれになった室戸は、「あっ、あっ」と声にもならない声を出した。
沢井宗八が木箱を担いだ部員と入室して来る。
沢井が室戸の腕を締め上げている間、部員が木箱を開け、注射器を取り出した。それを見て室戸は「うがああ」と奇声を上げながら抵抗したが、相手は観光協会の幹部だ。いくら威勢が取り柄の室戸も手負いの身では敵わない。地面に押さえつけられ、寸分の身動きも取れず、電池が切れる寸前のように、ブッグッ、ブッグッと振動させることしかできない。
沢井は注射器を受け取ると、締め上げている室戸の右腕の袖をまくり上げた。
「俺は前にも忠告したぜ。半端者が出しゃばるなと言っただろう」
そう言って、沢井は室戸の血管に注射針を打ち込んだ後、立ち上がり、脱力して地に溶け込む室戸を見下しながら、「確かに、お前だったよな、忠告してやったのは?人違いだったらすまん」と言って、うんうんと頷いた。
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