クラブフフシル御用検め!
観光協会の人海戦術が始まった。
斗南屋から鶯色の法被に鉢巻を巻いた集団が三つのグループに分かれて、のぼりを掲げながら方々へ散らばって行く。それぞれのグループが、まず、前方を走る丸腰の集団、少し間を空けて後方からは木箱を担いだ複数名が連なって走る。
高山紫紺が率いる一隊は上条通から甲羅町通りの大衆酒場やバーが並ぶエリアを、藤田翔が率いる一隊は清水川に掛かる上条大橋を渡った東側、例のホルモンバランスや高級スナックが雑居ビルにひしめき合って混在するエリアを受け持った。
多種多様の店がこの二つのエリアに、無数に固まっている。
おのずと人数が必要となる。
反対に大きな高級クラブや料亭、ホテルが点在する御玉通り方面の幸村率いる隊は、少数精鋭で構成された。幸村の他、犬若、沢井宗八、岡莉菜と平部員が数名である。平部員のうち半分は供給係として木箱を担いでいる為、いざとなった時の戦闘員は幹部を含めて七名しかいない。それでもこのエリアを外せないのは、捜査の結果、夢南瓜の愛好家が経営する店や、南瓜を使った怪しげなイベントを開催していると噂される店がいくつか存在するから だ。
「観光協会だ!隊務に従い検めせてもらう!」
幸村がまるで武士のように野太い声を上げて、如何わしげな店を片っ端から当たって行 く。しかし、店内を捜索しても金持ちそうな客が何事かと呆然としているだけで、作務衣に身を包んだ輩はどこにもいない。一件、また一件と心当たりが潰れて行く。
ホテルへ入るとフロントを威圧して、顧客名簿を出させ、作務衣を着た人間が出入りしていなかったかと言及したが、成果は得られなかった。
「やっぱこっちはハズレだあ!」
沢井が喚いた。「もうちょっと捜索したら高山さんに合流しましょうよ」
すでに夜も深くなっている。会合が開かれているとすれば、交渉も佳境に入っていておかしくはない時間だ。
しかし、ここまで来たら意地でも成果を上げんとせん、猪突猛進モードの幸村は尚も手あたり次第、御用を検める。
静かなジャズが流れる、とっても素敵なラウンジに押し入り、「観光協会だああああ!」と、大声で叫ぶ。「御用あらたためっちゃらべえ!」
「ちょっと!こんな上品なラウンジで怒鳴らんで下さい。観光協会の資質が疑われる」
沢井に窘められ、しかも、語尾を盛大に噛んでしまうという失態を犯して、幸村も少し平静を取り戻したのか、顔を赤らめた。
沢井には先ほどから気になることがある。後からついてくる犬若が妙に大人しい。ここへ来て、調子が良くないのか。しかし、よほど調子が良くない場合、彼はもう風のようにどこかに飛んで行き、どこかに土手にでも腰を下ろして抜け殻のようになったりするので、まだついて来ている分には僅かでも任務遂行の意思があると考えていい、と思った。しかし念のため、幸村に彼の様子を確かめるよう促した。
「どうかしたか、犬若」
「いえ、なんでも」
「気分が優れんのか?」
「いえ、気分は悪くありません。現場にぶち当たったら、真っ先に突入しますよ」
「真っ先の突入するのは俺だ」
「じゃあ、二番目に。ただ…」
「ただ、何だ?」
「変な胸騒ぎがします。不安なんです。今、会館はもぬけの殻ですよね」
「堀川の爺さんがいる。なんだ?碧小夜が心配か?」
「いえ、大丈夫です」
「様子を見て来るだけなら、時間をやろう。このエリアはおそらくハズレだ。もう少ししたら甲羅町のほうに行く。様子を見たら戻って来い」
「いいのですか?」
「ああ、岡莉菜もついて行ってやれ。女とはいえ、暴れ出したら押さえつけるのも苦労するだろう」
「物騒だなあ」
犬若はそういうと岡莉菜を連れて南下して行った。
「こういう時は、すっきりとさせてやったほうがいい」
幸村は沢井にそう言った。「三十分もあれば行って帰ってこれるだろう。さて次はここ か」
幸村はとある小洒落た飲食店が何軒か入ったビルの前に立った。付近には若者が酒を呑んだり、煙草を吸ったりして屯している。閑静なビル街の中、この一角だけ、妙に治安が悪そうな雰囲気がある。若者たちが、観光協会の乱入に対して、俄かに騒めいた。幸村が構うことなく一階入り口の脇にある、地下に続く階段を下りようとした時、沢井が何かに気づいたらしい。
「幸村さん、ここはフフシルですぜ」
「だとしたら何だ!」
「議会から手出し無用と命じられている店でしょうに」
「構わん!何もなければ、問題ない」
「何かあったらどうするんだよ」
「何かあったら?決まっているだろう!観光協会の信念を貫くまでよ。行くぞ、きええええええーっ!」
幸村の突入に沢井始め、他の部員たちも、ままよと続いた。
階段は細く薄暗く、熱気を帯びている。下りて行くに従って、先頭を行く幸村の腹の底にベース音が響いてきた。やがて、ピンクと青のネオンが目に飛び込んできた。Club Fufuseal。
さすがにこんな喧しい場所で会合が開かれていることはないとも思いながら、入り口の黒服に「観光協会だ!捜査させてもらう」と声を掛けた。が、黒服は歯切れが悪い。
「少々お待ちを、オーナー呼びますので、一度上へ上って二階のラウンジで待機願います」
そう言って「さあ、さあ」と階段を上がらせようとする。
「上には行かん。中を検めさせてもらう」
「いえ、まずはオーナーと」
断固として入店を拒む黒服を幸村は渾身の力で殴りつけた。
「怪しいぞ!突入だ!」幸村が叫ぶ。
「犬若を呼び戻しますか!」
「いや、俺たちだけで十分だ。おい、お前。高山と藤田に報告しろ!」
「まだ決まったわけでは」と沢井が制そうとしだが、その時、幸村はすでに入り口ドアを蹴とばし、中に踏み込んでいた。
店内に入った瞬間、幸村は唸った。南瓜を燃やした匂いが鼻を劈いたからだ。通路にいた若者が観光協会の法被を見て、持っていた葉巻やドリンクカップを手放した。
「おいおい、こいつらまとめてしょっ引かなきゃならねえな」
沢井が舌なめずりしながら進んで行くと、ロッカーがあり、そこを過ぎるとさらに下へ続く階段があった。心臓に響く音がどんどんと大きくなる。
階段を下り、ダンスホールが目に飛び込んできたかと思いきや、そこはもはや白煙の世 界。遠くうっすらとDJブースに人影が揺れるのを辛うじて認められるだけの絵図に、幸村は口と鼻を押さえて絶句した。
(何だ、この汚染された空間は!)
幸村の瞬きが激しくなり、やがてその白煙が含む何等かの成分が、幸村の脳を麻痺させ始めた。空間の広さと人間の密度が判然としない。広くも見えるし、狭くも感じる。目の前がひらけていたかと思えば、まるでおしくら饅頭の真っただ中にいたり、あるいはふんわりと宙を浮く感覚に陥ったかと思えば、地に引きずり込まれる感覚にも苛まれる。そのうち、口の中がベタベタとしてきた。粘度の高い僅かな唾液もやがては出なくなった。
目の前に無数の頭がある。頭は全て同じ形、同じ髪型をしていて寸分違わず左右に揺れている。
次第に今度は、己の血の流れが心音のように響きながら感じられるようになった。その熱い血が己の下半身の付け根に向けて集まってくる。ぐるぐると体中を巡って、最後はそこに集結する。
眼下に短いスカートを穿いた女の柔らかそうな太ももが揺れるのが見えた。白い太ももから細い逆三角形を描いたように、地面に向けて長い脚が伸びている。それに気を取られれば取られるほど、幸村の身体そのものが大動脈と化したように、だくだくと熱い血が廻り廻 る。
この時、どこかで見た顔が彼の脇を通り抜けなければ、幸村は女の足の虜となって、溶けたアイスクリームにように、その美しい脚にむしゃぶりついていたかもしれない、と後になって思い出し、彼は震えた。男によって幸い白煙と脚に注がれた彼の集中力がわずかに途切れたことで、彼は本来の目的を思い出した。
「いかんぞ!」と両手で腫れ上がるほど頬を叩き、力の限り目を剥き、後ろを振り返ると過呼吸のように息を吐く沢井の頬を平手で打った。
そうしてもはやフロアの響く爆音をも凌ぐかの怒号を発した。
「観光協会だあああああ!隊務によって検める!」
周囲で揺れていた頭が、電源が切られたかのごとく、一斉にぴたりと止まった。
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