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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
フフシル事件
61/125

わたしを街へ連れ出して!

次回2/23AM10時

 堀川老人が境内に戻って絶望する、ほんの数分前の出来事である。


 ここにもまた、老人とはまた違った意味で、ギョッとする瞬間を迎えた男がいる。

 大山大和はうっとおしい銀蠅のように、閉店間際の夜店を渡り歩いていた。店主どもが残った食い物を売りさばこうと値引きを始めたからである。


「田中くん!」


「中田です!」


「おお、そうじゃった、中田くん!」


 大山は缶ビールを片手に、豪快に笑った。例のアルバイト、中田くんもこの数か月間、雑多な便利屋稼業務をこなすうち、雇い主への遠慮会釈も薄らいで、こいつは単なる気のいいおっさんとの認識が色濃くなってきた。五百ミリ缶を片手にふんぞり返って歩いている。


「可愛い田舎出のガキが今や、この様か」


 厭味を吐きながらも大山は上機嫌だ。良くも悪くも偉ぶらず、誰とでも対等に付き合う男である。四六時中、無礼講だ。


「まあ、ええ。今は貧乏人の腹を満たすのには絶好のチャンスよ」そう言いながら大山はジャンボ焼き鳥と書かれた暖簾をくぐった。


「親父、一本百円でどうじゃ?十本買うがな」


 焼き網の上に山積になった、冷めた焼き鳥の向う側で、店主が唸った。


「定価四百円が値引きして弐百円でっせ」


「焼きたてほやほやならまだしも、こんな硬うなった焼き鳥、百円が関の山やろ。どうせ捨てるんじゃ、百円でも売っといたほうがええんちゃうの?」


「十五本や」


「ほな百円で?」


「内緒やぞ」


 親父はそう言って焼き鳥を五本ずつ、薄いプラスティックのタッパーに入れ、輪ゴムで止め、三つ重ねて差し出した。

 次のたこ焼き屋でも一舟四百円を百五十円に負けさせ、三舟買った。更には唐揚げの大サイズ二カップ、ベビーカステラ二袋を抱えて「田中くん、さあ食おう!」と境内に入って行くと、神楽殿の隅に天使ではなかろうかと見まがうほど(彼の目には)神々しく光を放ちながら、空色浴衣姿の女が蹲っている。


「おうおうおう、碧小夜よ!こんなところでどうしたんじゃ!気分でも悪いんか?」


 ビールや食い物を投げ散らかしながら接近してくる熱気を孕んだ汚い作業着の男に碧小夜は一瞬、怯えた表情をしながら肩を縮めた。


「ワシじゃ、忘れたか?」


「えっと、あ、大山さん・・・」


「そうじゃ、大山じゃ。そうじゃあ、儂は大山大和じゃあ!」


 大山はがははと笑いながら、碧小夜の横にしゃがんだ。大山は輪郭からはみ出さんばかりに大きく口を開けて喜んでいる。ほいほいとベビーカステラを差し出しながら押し寄せて来る真夏日の太陽のような彼の笑顔を見れば見るほどに、碧小夜の胸の苦しみが不思議と和らだ。


「何かあったんですかいな?そんなに塞ぎ込んで」


「連れの人たちと逸れてしまったのです」


「そうか。ならばワシが送って行って進ぜよう。あ、そういえば今は観光協会の会館が住まいじゃったな?それでもええか?何なら聖女無天村へ連れて帰ってやってもええぞ?なに、心配せんでええ、ワシは無敵じゃ。観光協会がいちゃもんでも付けてきたら論破してやる」


「いえ、そんなご迷惑を」


「何を他人行儀な」大山は残念そうにため息を吐いた。「ワシとあなたの仲ですやん」


「えっ?」


「いや、冗談ですよ。がはは、じょーだんっ!」


 碧小夜は暫く黙って、何かを考えている様子だった。大山が小刻みに頭を左右に動かし、平静を装ったつもりをしていと、やがて碧小夜が少しだけ頭を上げた。


「あの・・・」


 何か言いたげな碧小夜の顔を覗き込むように大山は「何じゃ?」と薄気味悪く返した。


「前にした約束を覚えてますか?」


「約束?」


「ほら、街を散歩してみたいってお話しした時、どこへでも連れて行ってくださると」


 大山は目を見開いて「おお、おお」と頷いた。


「今夜、どこかへ連れて行ってもらってもいいでしょうか?」


「えっ、今夜ですか?」


「あ、いえ…。そうですよね。こんな遅い時間に突然って、ご迷惑ですよね。すみません。今度、お暇な時にでも」

「いやいや、何を水臭いことを!儂は今、とてつもなく暇なんです。暇が過ぎましてこれからちょうど、儂も街をぶらぶらしたろかなと考えてたとこなんです、これ本当!いやあ、なんとも素晴らしいタイミング!これは運命というヤツではなかろうか。おお、中田くん、今日はもう上がってもええぞ。いや、ちょっと待て、上がってはいかん。アジトへ戻って人力車一台持って来い」



「ええ、今からですか?」


「当たり前じゃ。今行かいでどうする」


「でも僕、明日は朝から授業で」


「授業?そんなもんと儂の純愛、どっちが大事じゃ!」


「そりゃあ、授業ですよ」


「そうやな。しかし、そこを何とか!」


 中田くんめがけて地に頭を突っ込まんばかりに土下座する大山を見て、碧小夜は慌てて立ち上がった。


「やめてください。私は別に、そんなつもりでは。ちゃんと自分で歩きますから」


「何をおっしゃるウサギさん。こんな夜更けにあなたを自力で歩かせるなど、できるはずがなかろう。なあ頼む!田中くん!」


正面でビールを片手にベビーカステラを脇に抱え、唐揚げのカップを持った中田くんは「はあ」とたじろぎながらも「それじゃ、これ全部頂きますよ」と眉を上げて言った。


「おお、そんな残飯、なんぼでも持って行け!」


「すみません」


 碧小夜に見つめられた中田くんは、ビールで赤く染まった顔をさらに赤くした。


「さあ、そうと決まれば大至急!光のごとくスピードで人力車を持って来るんじゃ、わかったか!童貞くん!」


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