堀川老部員の道案内
次回2/23AM9時
堀川清介は社務所の脇に腰かけて、犬若と碧小夜の様子を見つめていた。何を話しているのかはわからない。しかし、彼にとって、話の内容などどうでもよかった。今宵、ふたりが微笑みを浮かべて見つめ合おうと、あるいは罵倒の応酬になろうとも、どんな形でもふたりの逢瀬を演出できたことに満足していた。
ところが、ここで計算外の事態が起こった。
突如、自分の背丈の二倍はあろうかという筋骨隆々の欧米人二人組に、老人は取り囲まれたのだ。
老人は身構えた。
しかし、よくよく観察しているうちに、どうも相手は自分に対する敵意を持っていないらしいことに気が付いた。更に掘り下げて観察するに、マッチョマンらは困っていると見え、自分に向かって何か英語で問いかけてきている。
老人には教養はあまり無いが、それでも必死になって神経を耳に集中させると、やっとのことでHEIRAKUKYO QUEENS HOTELという単語が聞き取れた。どうやら、ホテルへの帰り道がわからないらしい。
今は忙しい、と言いたいところだが、道に迷った観光客の案内をするのは観光協会の本業中の本業である。おまけに、相手は葦原京の事情をある程度、勉強しているらしく、観光協会の法被を目印に、彼こそは道案内の専門家、地獄に仏と狙い打って来た雰囲気さえある。
(致し方ない)
老人はふたりを連れて参道を抜けると、鳥居を潜って通りに出て、身振り手振りでホテルへの道のりを説明した。が、彼らはもはや己が思考で道筋を理解する気が喪失していた。つまり、老人に対していっそ、目的地まで連れて行ってくれと要求してきたのだ。
(なんてことだ)
老人は困ったが、しかし、社務所に呑気に座ってトウモロコシを齧っていながら、言葉も通じぬ異国の地で迷える外国人の助けを職務放棄さながら断ってしまっては、観光協会の顔に泥を塗る事態にもなりかねない。ましてや昨今のインターネットとやらの恐ろしさは老人も承知のところであり、己の怠慢によって、世界的にも知る人ぞ知る葦原京観光協会の悪評を垂れ流すことになっては、その責任を抱え込むに己のスルメのような体では役不足も甚だしい。
老人は腹を括ってホテルを目指し、「クイックリー、クイックリー、ウォーキングウォーキング」と、ふたりに向かって連呼しながら早足で歩き始めた。ホテルまでは十分かからないくらいの道のりだ。
老人はせかせか歩く。
しかし、後続が実にのんびりしている。老人は何度も立ち止まり彼らが追いつくのを待って歩き出し、というのを何度か繰り返した。道半ばくらいまで来たところで、また立ち止まり、振り返ると案の定、後続ははるか後方、一眼レフを構えて道端の地蔵を撮影して喜んでいた。
しばらく続いた撮影が終わり、マッチョマンたちがスマホを片手に追いついてくる。見ると、画面に地図があり、己が現在地から目的地までが表示されている。老人は高山紫紺が市中見回りの際に同じような機能を使っていたのを思い出した。
(だったら最初からそれを使え!)
老人の頭に血が上り、腑が煮え繰り返るも相手に文句を言う語学力が無い。とにかくクイックリークイックリーと連発しながらようやくホテルまで送り届けることができたのは神社を出て十五分くらいが過ぎていた。
ホテルの入り口にちょうど、トロリーバスが止まっていたので、それに乗り込み、運転手に向かって憤怒の表情をしながら、「観光協会の大取物じゃ!明清神社まで飛ばせ!」と凄み利かせるなど、職権を乱用してまでようやく神社に帰陣したが、すでに出店が店じまいを始めている有様であった。
老人はぜいぜいと息を切らせながら参道を駆けた。
その時、魂の抜けたようなふらふらと歩く犬若とすれ違った。それもひとりで歩いてい る。
(まずい)
しかし、老人の焦りもむなしく、神楽殿にはもはや社人が何人かいるだけで、碧小夜の姿はそこには無かった。
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