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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
フフシル事件
57/125

話をしよう

 神社の鳥居を潜るとそこは人でごった返していて、参道に並んだたこ焼きや金魚すくい、射的などの露店の灯りが煌々と彼らを照らしていた。無造作に行き来する人々の間を、碧小夜は暗闇を手で探るように歩みを進めた。


「大丈夫ですか?こんな人混みは慣れてないのですね」


 堀川老人が前へ進み出て、露払いをするように、彼女の進路を広げて歩く。


 老人が焼きとうもろこしを買って渡してくれた。それから金魚すくいをした。上手く掬えなかったが、店のおやじが赤い金魚を二匹と黒い出目金を、水の入ったビニールに入れてくれた。


 いろいろ寄り道をしながらようやく境内に着くと、人もまばらになった。隅のほうでビールを呑む年配男性の一団や親子連れ、観光客であろう外国人が数人いる。ふたりはとうもろこしを齧りながら、砂利の音をたて、拝殿に向かって歩いた。その時、ふと見るとひとりの人影が、神楽殿の軒下の隅に座り込んでいるのに気が付いた。観光協会の法被を着ている。


「あっ」


 碧小夜が小さく声を出したと同時に、犬若も彼女に気づき、「あっ」と声を漏らすように口を開け、丸い瞳を投げかけたまま腰を浮かせて立ち上がった。


 頭上の黄色い電灯に光には、無数の小虫が集って、渦巻くように飛んでいる。


 ふたりはその場に突っ立ったまま、言葉もなく暫く時が過ぎたが、やがて犬若が元通り、腰を下ろしたのを合図のようにして、碧小夜も何となく自然と歩きだし、犬若の隣に腰を下ろした。


 参道のほうから賑やかな祭りの音が聞こえてくる。


 いつの間にか堀川清介は社務所のほうに移動していた。植え込みの石垣に腰かけて、とうもろこしをゆっくりと齧っている。

 黙ったまま座り込む二人の前を、手をつないだ浴衣姿のカップルが、楽しそうに会話をしながら通り過ぎた。碧小夜は、ふたりが拝殿のほうへ歩いて行き、賽銭を入れて手を合わせるのを見ていた。


「イヌワカ?」


 不意に掛けられた声に振り向くとアジア系の若い外国女性三人組が、悲鳴に近い声を上げながら写真をせがんできた。犬若はゆっくりと立ち上がると、ひとりずつ交代に、写真撮影に応じる。

 未だ興奮を隠せない三人が何度もこちらを振り向きながら去って行くと、犬若はまた、腰を下ろして空を見上げる。


「凄いだろ?有名人なんだ、俺」


 犬若は今にも泣きそうな、情けない顔をして言った。


「村を出て、観光協会に入って、女には不自由しなくなった。なのに、俺の肝心なところが不自由なんだよ。いくら女が寄って来たって、手を出すことさえ出来ないんだ」


 参道のほうで騒ぐ、酒に酔った若い男たちの大声の中に、「抜かれたんだ」と言う小さな声が混じった。


 犬若は立てた両膝に頭を埋めた。


「話したほうがいいいよな。あの日、何で俺が村に戻らなかったのか」


 彼の膝の隙間から彼のくぐもった声が漏れて聞こえた。


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