碧小夜と老人
夕食を終えた碧小夜が縁側に座って、夕暮れの空を見上げていた。西のほうに明るい星がひとつだけ見える。
蚊取り線香の香と風鈴の音があまりにも夏らしい。
高天の宮にいてもこうやって濡れ縁で夏の空を見上げるのが好きだった。そんな時に、誓約を終えた那智の春道が桃龍の部屋から出て来て、むっつりとしながら挙動不審に通り過ぎて行ったりする。
「入ってもよろしいか?」
外からの声に返事をすると、襖が開いて堀川清介が入ってきた。
「お暇でしょうに」
「いえ・・」
碧小夜は少し笑みを浮かべながら老人を見た。
老人は入り口で腰を屈め、「っとっとっと」と声を漏らしながら胡坐を掻いた。
そう言えば腰を下ろす時に同じような声を出す人がいた。誰だっただろうか。何年もその声は聞くことがなかったのは確かで、すごく懐かしい。その懐かしさにつられて、ついつい気になっていたことが口から出た。
「すみません、あなたに訊ねてもわからないかもしれませんが、私はどうなるのでしょうか?」
「ご想像通り、私にはわかりません」
「そうですよね?でも部長さんや副長さんには聞けなくて」
「あなたは村へ戻りたいのですか?」
「わかりません。どこにいても同じなんですもの。毎日、お屋敷の中で外を眺めたり、本を読んだりしているだけ。この毎日が一生続いてゆくのかなって思うと、悲しくなる時もあります。でもそれも大宮の娘として生まれた法なのだから仕方がないんだって、すみません、困りますよね、こんな話をされても」
「少し外の空気を吸いに散歩へ出ませんか?今夜、そこの神社に夜店が出ている」
「でも・・」
「幸村さんから許しをおもらいました。そもそも、部屋から一歩も外へ出てはいけないなんて道理はありません」
そして老人は小さく囁いた「戻りたければ、戻ればいいのです」
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