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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
フフシル事件
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世界の夢南瓜へ

 雨乞いの祭事が間近に迫った日の夕刻、スーツを着た佐藤果花がまた、村へやって来た。

葦原京から山道を歩いて来たというのに、スーツは皺もついておらず、汗ひとつも掻いていない。まるで、彼だけが先に秋を身に纏ったように、実に飄々としながらやって来る。聖女無天村の男も、身だしなみには気を遣うほうで、食も含めた日ごろの生活習慣の注意、また水分もできるだけ控えているせいで、体臭も少なく発汗作用も控えめではあるが、それにしても佐藤果花には増して異常な清潔感が漂っていた。


「あなたも好きなんだろう?夢南瓜」桃龍が言ったことがある。「あんたならすぐにでも氏子にしたいって宮女が、きっとたくさんいるよ。どう?この村に住んでみたら」


「有り難い話ですが、私は元来、虐げられるのが好きではないのです。どちらかというと、虐げるほうが好きです」


「どちらかと言うと?」


「あなたには敵いませんね。言い直します。虐める事が好きです」


「そう、それなら大いに素質があるよ」


「虐められる素質が、ですか?よく言われますよね、虐めたい欲望と虐められた欲望は紙一重だって」


「虐められたい欲求があるから虐めるのよ。虐めたいという欲望はその跳ね返りを求める期待の裏返し」


「しかし私はまだその境地に達していません。ですから、今すぐに入村してもお仕事にモチベーションが保てないと思います」


「それなら仕方がないね」


 桃龍は実に残念そうにした。もしも、彼が入村するなら、彼女は自分の氏子にするつもりであったのだろう。

先だって、馬方藤十郎を相手に南瓜の茶を飲んでいる時、桃龍は今、虐げたい男が二人いると言う。


「ほう、誰だね?」


 馬方が訊ねると、佐藤果花の名前が出た。


「そしてもうひとりは?」


「観光協会の岡莉菜。あの鋸で切っても鋸のほうが折れてしまうそうな体を、ぐにゃぐにゃにしてやりたいよ」

 そう言うと桃龍は左手で右手首を掴み、その右手で恥部をいじくり始めた。浴衣から白い太ももが露わになり、美しく尖ったつま先が絨毯を撫でまわす。静かな部屋に湿った恥部を掻きまわす音が響き、顔を紅潮させて息を漏らし始めた。

 やがて喘ぎ声となりそれが激しさを増すなか、口元が何か他の言葉の形に動いているのが認められた。そのうち馬方は、それが「たかやま」という動きであることを認めた。


「高山という男がどうかしたか?」


 桃龍は尚も喘ぎを止めなかったが、突然、目を見開き、ああああーっという声の中で、「許さん、あいつも虐げたいっ」とはっきりと声に出した。つま先だけで地に立ち、ソファーから尻を浮かせて腰を上げると、馬方の目には彼女の全てが映った。桃龍は腰をブルブルと震えながら、「あいつだけには、快楽も与えない。ただただ、虐め抜いてやりたい!苦しみを味わせ、二度と女に近づくこともできぬようにぃぃぃぃあああああーっ!」と叫ぶとそこで果てた。馬方は何事も無かったように茶を飲み、「今夜は失礼する」と自分の住処に帰って行った。


 佐藤果花の訪問に話を戻す。西院熊二郎と室戸の陰松が彼を出迎え、高天の宮に入ると、玄関を上がり、板の廊下から脇の応接間に通した。十畳ほど応接間は塵ひとつ無いほどに美しく清掃されていて、床の間には縦長の花瓶が置いてあり、活けられた植物から大きなつぼみが垂れ下がっている。

 そこにはすでに、馬方藤十郎が控えていた。座卓の下座に腰を下ろして、難しい顔をしたまま床の間のほうを見つめている。上座に佐藤果花を座らせ、その横に西院熊二郎、室戸の陰松が馬方の両隣に腰を下ろした。

 一瞬の沈黙を合図にしたように、ツクツクボウシがけたたましく啼き、やがてジージージーッっと鳴って、声を消していった。


 西院が口を開く。


「毎日のご足労、申し訳ない」


「とんでもない。早速ですが約束の日時は確保しました。先方へのアポイントも万全です」


 佐藤が切り出した時、不意に襖が開いた。四人が一斉に目をその方向へ向ける。


「何だ、悪塔子か」


 西院が佐藤に安心を促すように、ゆっくりと目を伏せながら吐いた。


「お、お茶を・・・持ってまいりました」


 悪党子は赤い振袖を震わせながら茶盆を持って進み出て来た。そうして夫々の前に茶飲みグラスを置くと、たどたどしく、お辞儀して部屋を出て行った。


「あの方は、宮女の方ではないのですか?」


「ええ」


「茶など運ばせては無礼になるのでは?」


「あれはいいのですよ。少しここが弱い娘でして」


 西院がそう自分の頭に人差し指を突き立てながらひとり笑ったが、佐藤果花は笑みを浮かべたような表情で目を伏せ、透き通った麦茶にちょっとの間、目を落とすと、グラスに口を付けて、ふっと息を吐き、「大宮様はご納得で?」と、馬方の方を見た。馬方老人が困ったような表情をして俯き加減になっていると、「それはご心配には及びません」と、西院熊二郎が口を挟む。


「過程はどうあれ結果が大事。成果はすぐに出ます。形として、その成果を見て頂ければ、大宮様も納得されるでしょう」


「では話を進めても問題ないのでしょうね?とはいえ、今更引き返せる話でもないですが」


「ご心配ですか?」


「心配というより、村の反対派からも、観光協会からも、私が諸悪の権化のような扱いを受けるのも耐えられないと思いましてね。いや、私の場合、慈善事業のような立場ですから」


「今更、あんたが臆病風を吹かせてんのかい?」


 小馬鹿にしたように鼻から息を吐く室戸に陰松を「おい!」と、西院が窘めた。


「元来、こういう男でして、申し訳ない」


「いいですよ。そういう立場ですから。いつの時代もキーマンとなる者は損な役回りをする者です。煙たがれて憎まれることを経て、名を残してゆくのですから」


「ずいぶんとした自信だな」


 室戸が更に突っかかった。


「あくまでも願望ですよ。しかし、そんな意気込みが無くなってしまっては、良い結果も生まれない。そうではないですか?」


「良い事を言うね」


「室戸よ、いい加減にしろ」


 西院に凄まれた室戸は「はい、はい」と適当な返事をして足を崩した。

 話は本題に戻り、具体的な打合せに入った。佐藤果花が提示してくるであろう相手の要求をひとつひとつ提示して、対する条件をまとめ上げてゆく。


「そんな理不尽なことがあるか!」


 あるシミュレーションをした時に西院が声を荒げた。


「想定ですよ、想定。しかし可能性が無いとも限らない。あっちの国は日本人ほど謙虚ではないですよ。するべき要求は最大限までする。言うのはタダです」


「馬鹿にしやがって」


 西院はもはや本番さながらに青筋を立てて息巻いている。

 蝉の泣き声も次第に止んできて、夕焼けの赤い光が応接室に満ちてくると、やがて、議論も落ち着き、最後の確認に入った。その時、再び、襖が開いた。


「またお前かよ」


 室戸が舌を鳴らす横で、佐藤が心配そうな様子でまた、小声で囁いた。


「いいのですか?宮様にそんな言い方をして」


「いいんですよ、こいつの場合」


 悪党子が、まるで過酷な運動でもして来たかのうように丸めた背中で息をしながら一心不乱に床の間を目指して歩いて行く。


「今、しないといけない事か、悪塔子」


 馬方藤十郎が優しい口調で言うが、彼女は怯むことなく畳の乾いた音を鳴らす。そして花瓶を抱えると「月下美人の水を変えないと」と呟き、また部屋から出て行った。


 彼女が三度、入室した時は、もはや誰も気にするそぶりも無く、真剣な表情で話を続けていた。


「では雨乞いの祭事の日に」


 西院熊二郎が自信を覗かせた表情で頷くその奥で、悪党子は丁寧に床の間に花瓶を置きなおすと、ふうっと静かな息を吐き、まるで猫が通り過ぎるように部屋の中を歩いて、静かに襖を閉めた。


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