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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
フフシル事件
52/125

櫓を造る

 梅雨が明けると聖女無天村も本格的に夏の暑さに襲われた。


 大山大和が村の大通りに入ると、男たちが木材を組んだ大きなものを横たえて作業している。


「今年も始まったか」

 

大山が、丸太に足を掛けて鋸を引いている天空雨の丞に声を掛けると、彼は手ぬぐいで汗をぬぐい、「お前も手伝え。得意だろう?こういうのは」と返事した。


「こんなもんは朝飯前じゃが、ただの櫓を作ったところで面白うない。そうじゃ、全可動式櫓に改造してやろうかの?こういうふうに車輪とペダルとハンドルを付けたら自由自在じ ゃ」


「馬鹿な事を言ってやがる」


 雨の丞は笑った。


「しかしこの雨乞いの儀式も、今年はもう要らんじゃろ?ようけ雨が降りよったがな」


「まあ、伝統儀式だからな。やらないわけにはいかない」


 村では毎年七月の真ん中の日に、三本の櫓を立て、雨乞いを行う。櫓の上に火を焚いて、乾燥させた南瓜の葉や弦をくべる。こうすると天の神様が南瓜の興奮作用に反応して雨を降らせるという按配の慣わし事である。

 日中に一通りの堅苦しい祭事を行い、日が暮れた頃、松明に火が灯されると、櫓の周りを宮女、村民が入り乱れて踊るのである。夢南瓜がな燃やされた煙が濛々と立ち込める中、その種子を噛んだり、葉巻を吸ったり、干し実を齧ったりした人々は酩酊し、狂乱し、唄い、叫び、裸になって倒れる者、それを見て笑い転げる者、連れ立って宮へ消える者、それを見て嫉妬の炎を燃やし荒れ狂う者、泣き叫ぶ者、汚物を垂れ流す者を生み出した挙句、各々が本能のままに夜を越して、日が昇るとそこは地獄絵図、糞尿地獄ゲロ地獄、そうして神々を最大級の敬意と最大級の無礼をもって、お迎えするのである。


「今年も参加させてもらうさかい」


 大山大和は笑いながらパンプキンバーに入って行った。


 外の光を遮ったバーの内部は薄暗かった。限りなく黒に近い灰色が覆い尽くすの景色の 中、男がひとり、カウンターテーブルに突っ伏しているのが見えた。丸坊主にした髪が中途半端に伸びている。並々と継がれた南瓜ドリンクの横に、空になったグラスが三つ、置かれている。


「おう?誰かと思たら那智かいな。真昼間から何ちゅうザマじゃ」


 大山大和が呆れたように言いながら、隣の椅子に座り、「マスター、ワシにも一杯くれ」と注文した。

 新聞を読んでいたマスターは面倒くさそうに舌を鳴らしながら立ち上がり、棚からグラスを取ると、冷蔵庫から出したタッパーから柔らかく煮た南瓜を出してすり鉢に入れ、その上から牛乳を注いだ。


「果たしてこのツケはいつ払ってくれるのか」


「阿呆、ワシがこの村の為に日ごろ、どれだけ貢献しとるんか、知っとるやろ?サービスせんかい、サービズ」


 大山はそう言って、グラスにチビリと口を付け、鼻の下に白いちょび髭のような跡を付けた。


「何じゃい、質の悪い南瓜を使いやがって。水臭そうて堪らん」


「無銭飲食野郎にはこれで十分だ。一昨年採った南瓜を冷凍しておいたものだ」


「それを冷凍できるのは誰のおかげじゃ?今日はその発電機の調子が悪いいうて呼ばれたんやぞ。このまま帰ってええんかい?おう?」


 大山はそう言ってにやりと笑った。

 事実、電力供給の無いこの村では、大山が設置した自家発電機が貴重な電気の原動になっている。これが無ければ南瓜の保存方法も乾燥させる以外に方法が無くなり、商品品種も半減する。そう考えるとこの如何わしい発明家の存在は南瓜を財源、栄養源とする村の存続に多大なる影響を及ぼしている。なので無銭飲食など安いものなのだ。


 大山が伏せる春道の背中に語りかけるように、「碧小夜のことか?」と言うと、彼は何かを閃いたようにむっくと起き上がり、目を見開いて大山を見た。


「お前、そういえば観光協会会館に出入りしていたな?」


 「おお」何事かと驚きながら返事する大山に春道は続ける。


「大宮様に碧小夜の様子を報告していたのはお前か?」


 大山は一瞬、ぽかんとしながら、暫くして「いんや」と首を振った。


「ワシが大宮様に拝謁できる機会なぞ、滅多にない。何じゃ?何かあったのか?」


 春道は碧小夜がことの外、安全を確保され、その様子が逐一、桃龍に報告されているようだということを端的に説明した。


「ということは、誰かが会館に潜り込んで情報を流しているということか?」


「しかし、そんな人間の存在など俺は聞いたこともない。お前、最近も会館へ行ったか?」


「まあ、週に一度くらいは行っとる。碧小夜は、有沢が使うてた会館の中でも一番良い部屋をあてがわれておるそうじゃ。許可なく平部員が部屋に近づくことも禁止されとる」


「色々詳しいんだな」


「そりゃそうじゃ。ワシは碧小夜の部屋に忍び込もうとして、幸村にヘッドバットを喰らわされたんじゃから」


 大山は額を見せた。なるほど、左のおでこにぽっこりと瘤が出来ている。右は凹んでいて左は膨らんでいるのでひどく間抜けだ。


「あの部屋には幸村、高山の他には世話役の堀川っちゅう爺しか入れんようになっとる」


「爺?」


「そうじゃ。あの筋骨隆々猛々しい協会の中に、ひとりだけスルメみたいな爺がおるんじゃ」


 それなら確かに安全かもしれない、と春道は思った。いくら碧小夜でも、よもやスルメに押し倒されるようなことはなかろう。碧小夜は特別大柄でもないが、かといって綿毛のように吹き飛ばされるほど軟でもない。


 そこでもうひとり、最も気になる人物がいる。


「犬若か?」大山は春道が訊ねる前に口を開いた。


「あいつは碧小夜には近づいておらん。有沢事件以降、ずっと抜け殻みたいになっとる。まあ、そんなフリをして夜毎、碧小夜の部屋に忍び込んでるのかもしれんが」


 春道がぎっと睨むと大山は「ワシも知らんがな。可能性じゃ」と下唇を突き出した。


「しかし若い男女じゃ。無いとも限らんぞ、真面目な話」


 春道の脳裏に再び、室戸のいう「恐ろしい女」という言葉が過った。まさか、攫われたと考えている碧小夜が、実のところ己の意思で犬若の元に残ったとしたら、考えるとそんな可能性まで浮上してくる。


「まあとにかく、ここで呑んだくれていても仕方ない。ワシは発電機の件もそうじゃが、お寺さんにも呼ばれていてな。しかし、あの住職は気味が悪いじゃろ?ワシはちょっと苦手なんじゃ。一緒に来てくれんか?」


「俺はもっと無理だ」


「まあ、そう言わんと、来てくれや」


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