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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
会館の決闘
48/125

大厄災

 村に戻った頃にはもう、日付が変わっていた。明日も降り続くかに思われた雨が、すっかり止んでしまった。


 障子を開けっ広げた濡れ縁に、春道は腰を掛け、再び天高く姿を現した満月を眺めてい た。

 ガウンを羽織った桃龍はソファーに腰かけ、まるで地平線の向うを眺めるように、目の前に頭を下げて正座している天空雨の丞の話を聞きながら、真っ直ぐ前を見つめていた。


 先刻、春道らが帰村すると、村人たち集まってきた。まず、紅金魚、天竺蓮華が迎え入れられ、その後ろを天空雨の丞とその肩を借りた室戸の陰松が続いた。そして暫く時間を置いた後、ふらふらと地面を見つめながら那智の春道がゲートを潜った。最後に大山大和が村に入る。


「他の者はどうした?」


 詰め寄る馬方藤十郎に向かって雨の丞が首を振った。


 その後、彼らは桃龍の部屋に通され、今に至る。他には馬方と西院熊二郎が雨の丞の脇に座っている。


「大宮様から話は聞いた。他に手段はなかっただろう。ご苦労だった。それと同時に儂は己の無力さを責めとる。この企みを、最初から知らされもしなかったことが情けのうてな」


「それも協会からの指図だ。申し訳ない」


 雨の丞は振り絞るような声で言った。そして今夜の顛末を話し始めた。本題は何故未だ、帰村していない者がいるのか、という話である。


 関東派との戦闘が終り、大山が運転するトロリーバスの到着したのとほぼ同時に、もうひとりの男が会館へ入った。


「待て、このまま帰すわけにはいかない」


 高山はそう言うと、周りには目もくれず、倒れている鍵屋の利吉のほうへ歩いて行った。そうして彼の傍らにしゃがみ込むと、彼の作務衣のポケットに手を入れ、小瓶をひとつ取り出した。

「あっ!」と目を見開いたのは雨の丞である。あれは確かに会館へ乱入する直前、路肩の電柱の陰に置いてきた夢南瓜の種の入った小瓶だ。

「そんなものなんの証拠に・・・」とまで口に出たが、これ以上何も言うことが出来なかった。それを言うということは心当たりがあると言っているも同然だ。


「残念ながら現行犯だな」


 言うが早いか高山は注射器を取り出すと、鍵屋の利吉の腕に刺し、ゆっくりと親指を押した。春道の横で雨の丞が頭を掻きむしり、ぐうと唇を噛んでいるのがわかった。


「襲撃者の身柄を確保した。こいつが何よりの証拠だ。沢井、すぐに木村を呼んでくれ。有沢さんが聖女無天村にやられたとな」


 春道は、この高山紫紺と言う男の残虐さは有沢獅子どころではない、と身の毛を逆立たせた。俺たちは大きな間違いを犯したのではないかと考えたが、もはや後の祭りである。

 大きなミスはそれだけではなかった。正体不明の襲撃者たちはいつの間にか姿を消している。そしてもうひとり、碧小夜の姿がそこには無かった。春道は左右を見渡したが、どこにも彼女はいない。激高しながら高山に詰め寄った。


「もうひとり、宮女がいたはずだ。どこへ行った!」


 しかし高山は凍結したような表情のまま、「何を言っている。はじめからこの御二方だけだろう」と言う。


「ふざけるな!水色の着物を来た宮女がもうひとり、さっきまでここにいた」


「少なくとも、俺がここに来たときはいなかった。仮にその人がいたとしても、俺たちには関わりない。あとは自分達で探してくれ」


 有沢はまだ、玄関でガラスを浴びたまま倒れている。とすると他に思い当たる人物は…。


 ―犬若―


 春道は会館の入り口に向かって走り出した。それを引き留めたのは大山大和である。


「待て!もう時間が無い。このままやと、お前も一緒にしょっ引かれるぞ!」


「放せ、クソ大山」


「阿呆!お前らのことなんぞどうでもええ。しかし、他にもお宮さんがおわす。せめて御二方だけでも無事に帰すのが得策じゃ!」


 そう言うと大山は無理矢理、春道を抱え上げ、トロリーバスに乗せた。


「お前らも早う乗れ!」


 急かされて雨の丞と室戸が乗り込むと、バスは勢いよく発進した。

 春道が窓から首を出し、来た道を振り返った。その風景の中を、騒動を聞きつけたのか、大勢の観光協会部員らが会館へ向かって走って行く。彼らは直後、有沢の無残な姿を見るのだろう。そして高山から事の一部始終が語られる。

 攫われた高天の宮の宮女を救いに来た聖女天村の連中との乱闘の末、有沢ら関東派は敗れた。結果、隊規により、関東派は追放処分となる。襲撃者のひとりは夢南瓜所持の現行犯で捕縛した。他の襲撃者は逃走。宮女らは約束通り、協会の手で送り返した。

 まさに高山紫紺の筋書き通りである。


 雨も上り、明け方になったところで、はぐれていた者の帰村があって、俄かに村が沸い た。全身を湿らせた南極亭常夏が、番傘をかざしながら村のゲートを潜った。傘の下には草臥れてはいるものの、汚れのない着物を纏ったままの悪塔子が俯き加減でゆっくりと歩いていた。


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