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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
会館の決闘
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憎き憧れの月

 まだ薄明るい空に満月が浮かんでいるのを、犬若は会館の庭石に腰かけて眺めていた。時計の針は六時半を指している。宴会はとうに始まっている。


 犬若は欠伸をしながら、己の人生における最大の岐路とも言えるあの日の事を故意に、思い出していた。最後に聖女無天村を発った日の事である。


 葦原京に降りてからの出来事は、思い出すだけで脳を蛸糸で縛り付けられ、縊られ千切れそうな感覚に苛まれる。あの日、有沢に出会わなければ、そのまま脳も内蔵も飛び散らせて楽になれたかも知れなかった。調子の良くない日は、有沢を恨むこともある。しかし、調子の良い日、心地よい日向で幸村や高山、沢井と冗談を言って笑っていると、生きる幸せを感じる時もある。


 あの夜、人通りの少なくなった上条通りを猛スピードで走って来る回送のトロリーバスが見えた。迷いも恐怖心も全く無かった。聖女無天の男が生きる目的たる欲望すら、絶たれてしまった今、何の為に生きるのか。いや、帰る場所すら無くなった今、生きる術すら無くしてしまい、あとは野たれ死ぬだけ。痩せ細り、みじめな姿で路肩に倒れるくらいなら、潔く消えてしまったほうがマシだと思った。

 立っていた歩道から、ふらふらと車道に飛び出した。バスは速度を緩めることなく迫り来る。

 車道に突っ伏して踏みつぶされてしまおうと姿勢を屈めかけた時、肩を掴まれ、歩道に引き倒し戻された。呻きながら顔を上げると、観光協会の制服を着た男が、冷たい目で自分を見下している。

 小柄な有沢がその時はとてつもなく大きく見えた。まるで今夜の満月に見下ろされているようだった。


「死ぬなら勝手に死ぬがいい。しかし、こんな街中で内臓をぶちまけられたら迷惑なんだ よ」


 そんな冷淡なことを言う有沢の足を掴み、犬若は嗚咽を漏らして喚いた。お前らのせいで俺は戻る場所もなくなった。もう生きる意味もない、責任を取れ!というようなことを言った。続けて、何故こんなことを言ったのかわからないが、おそらく唯一の生きる方法として咄嗟に思いついたのであろう。「俺を観光協会に入れろ。働くから養ってくれ!」と有沢を見上げながら声を振り絞った。


「お前・・・?」


 有沢の語らずも確信的な問いに、犬若は咽びながら頷いた。


「それは気の毒だったな。死にたくもなるだろう」


「お前に何がわかる」


「わかるさ。男として女が抱けない人生なんて、死んでいるも同然さ。それなら死んであの世の楽園が存在するほうに一本賭けてみるほうが賢いな。死にたいのなら死ぬがいい。しかしその気があるなら話はしてやる。俺は平部員なんで、聞く耳を持ってもらえるかはわからねえがな」


 犬若は有沢と一緒の会館へ行き、先代の部長に引き合わされた。

 そして犬若は観光協会に入隊した


 だがその後、有沢とは顔は合わすものの、話す事は無かった。有沢はあの夜のことなど無かったように、犬若の事など気にも留めずに悠然と日々を過ごしていた。俺は忙しい、お前になど構っている暇などないとでも言わんばかりに、関東派と呼ばれる仲間を引き連れ、手荒な手法で頭角を現し、やがて幸村と同時に同格の地位を有する青年部総長の座に就いた。


 犬若が飛ぶ鳥を落とす勢いで幹部の座に上り詰めたのも、有沢の、己に対する態度に大きな刺激を受けたのかもしれない。虚空な境遇の犬若が目標にできたのは、有沢に認められるということが少なからずあったことは否定できない。その為には共に過ごして来た聖女無天村民も、容赦なく襲撃した。


 幸村朱鷺や副長の高山紫紺はそんな犬若に目をかけ、可愛がり、チャンスも与えた。有沢よりもむしろ、このふたりのほうが、犬若に対する負い目を感じていたのだから当然と言えば当然かもしれないが、それでも犬若が自らの意思で、幹部に抜擢されるほどに奮迅の活躍したことに、ふたりは事実、救われた。


 しかし、有沢には一向に犬若を認める態度は見られなかった。互いに地位を手に入れた今も、まるで拾い子のようにしか見られていない感じがした。犬若は苛立ちを募らせた。そして、古今祭の出来事である。


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