稲妻の中の接触
誓約どころではない。
春道は桃龍の部屋に入ると世話人の少女に、簡単かつ清廉な言葉でその意思を伝え、平装になって面会してもらえるようにした。
座敷の真ん中に正座して待っていると、浴衣に深紅の綿入れを羽織った桃龍が、奥の部屋から襖を開けて出て来た。今夜は少し冷え込んでいると、春道はその時初めて気が付いた。
「ひとり、入室を許可してよろしいですか?南極亭常夏です」
桃龍が訝しみながらも頷いたので、春道は廊下で待機していた常夏を呼び込み、例の手紙を差し出させた。
桃龍もまた、深い川底を弄るように、時間をかけてその手紙を読んだ。
その間、ふたりの男は一言も発せず、自身が座す畳の目を見つめていた。
辺りはシンと静まり返っていたが、やがて手紙に目を落としたまま、彼女は言った。「是に従いなさい」と。
「しかし、危険すぎませんか?」
春道が聞いた。常夏も同意するように視線を送っている。
「従うにしろ、従わないにしろ、危険は同じこと。ならばこの高山紫紺という男を信じる他は無いでしょう」
春道は坊主頭をジャリジャリと摩りながら大きく息を吐き、顔を歪めた。
彼が高山紫紺と直接接触したのは、それから数日後の雨の夜だった。
あの日の後、手紙に記された内容が頭から離れず、外出するにしても、ちゃんと目的の場所へ行き、また帰途についてはいるものの、道中のことはあまり覚えていなかった。
この夜も葦原京からの戻り道、傘を差しながらひとりその事を考えながら村に通じる山の隘路を上っていた。電灯も無い。月の光も無いのだが、慣れた道である。目を閉じていても村にたどり着くことは容易であった。
次に辺りを照らしたのは不意に光った稲妻だ。暫くして雷の音が聞こえた。「夏が来る」ふとそう思った時、茂みの陰から影が現れた。
春道はぎくりとして、後退る。
次に光った稲妻がその男の容姿を明らかにした。高山紫紺、単身である。
春道は身構えた。
しかし高山は殺気立つこともなく、番傘から滝のような雨を滴らせながら、立っている。
再び雷鳴が響き終わると同時に高山が歩み寄って来た。声が雨音に遮られぬ二人の距離はあまりに近い。高山が羽織の懐にあの恐るべきの兵器を忍ばせていたら。想像した瞬間、鼓動が大筒を連射するように高鳴った。
「安心しろ」春道の不安を手に取るように理解したように、高山は言った。
「抜いたりなどしない。いいか、例の夜の手順を説明する。お前は言われた通りに動け。そうすれば悪いようにはしない。宮様たちもちょっとは怖い目を見るかも知れねえが、大丈夫だ。無傷で返してやる」
そういうと高山は雨音に打ち消されそうな声で、ゆっくりと説明を始めた。
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