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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
会館の決闘
32/125

規律

 高山紫紺が有沢獅子と腹心の鈴方祀を呼び出したのは翌朝のことだ。

 幸村朱鷺の部長室に入ってきた有沢らはまだ、昨夜の酒が抜けていない様子で、気だるそうにしながら畳の上に胡坐をかいた。いかにも迷惑だと言った様子で頭を掻いている。


「昨夜もずいぶん遅かったようで」


 高山がそう言いながら茶を差し出すと、有沢は湯呑を引っ手繰るようにして、一口啜っ た。


「今日は非番だ。休みの前の日に呑み歩くのも都合が悪いかい?」


「悪いとは言いませんが、品よくお願いしますよ。何せ有名人なんですから」


「喜ぶところか?それとも悪評のほうを責めているつもりか?」


「どっちも、ですよ」


 そう言われた有沢は、食えぬ奴だ、この高山という野郎は、と露骨に顔に表しながら鼻を鳴らした。


「鈴方君もまずは熱い茶を飲め。多少は気分が良くなるだろう」


 幸村が勧めたが、鈴方はよほど気分が悪かったらしく、体に入れると水でも吐いてしまうと言って俯いたままである。


 障子を隔てた庭のほうからスズメの声が聞こえて来た。


 だらだらとした前置きに苛立ったのか、有沢が片膝を立て前のめりになった。


「で、何のようだ、こんな朝っぱらから。部内アプリにメッセージで入れとけよ」


「内密な話なので、漏れると困るんです」


「じゃあ午後になってからじゃ駄目なのか?」


「午後は市中見廻りなんですよ、私たちは」


「んなもん、平に行かせればいいだろう」


「そうは行きませんよ。まあ、そういう話も含めての本題なんですけれど」


 高山はそう言うと畳の上に墨書きで文字の書かれた半紙を広げた。

 

一つ、葦原京の風紀を乱す行いを禁ず

一つ、国家刑法を基準として、その違法に当たる行為を禁ず

一つ、勝手に金策することを禁ず

一つ、夢南瓜の使用及び所持を禁ず

一つ、いかなる争いにおいても敗北することを禁ず

 以上、破りし者は追放とする。

 

 有沢が半紙に目を落とすよこで、鈴方は「こんなものが認められるか」と苦しそうな声で呟いた。


「これは議会からのお達しです。改めて、日ごろの行いを見直せということですよ」


「しかし高山、内容が漠然とし過ぎちゃいねえか。これじゃあ身動きがとれねえよ」


「そうですか?我々に取っては何も依存はありませんが。普段から肝に銘じていることを文言にされているだけですから。なあ、幸村さん」


「ああ」と言って幸村は有沢を見据えた。「何か都合が悪いですかいな?」と口には出さないが、目でそう言っている。


 暫く沈黙があった後、鈴方が何か口を開きかけたが、有沢がそれを制して「わかったよ。了解だ」と立ち上がった。「わかったから、もう寝ていいだろう?」


「有沢さん、いいんですかい?」


「鈴方、高山が言う通り、そこに書かれていることは当たり前のことばかりだよ。了承しねえ理由がねえ」


 そう言いながら部屋を出ようとする有沢に背中に、「ああ、それから」と今度は幸村が声を掛けた。


「有沢さん、ここ最近で隊内の雰囲気があんまり良くないでしょう。なんかぎくしゃくした感じで」


「俺らと君らのことか?」


「いや、被害妄想は止しなさいな」


「まあいい。それで?」


「一度部員を集めて慰労会をやろうと思うんですが。あんたの復帰祝いも兼ねて」


 そう聞いてようやく有沢は振り向いた。さっきまでの気だるそうな表情から一転して、ぱっと明るい顔になった。


「慰労会か。悪くないね。いつやる?」


「今度の連休明けなどはどうです?観光客も一旦は減るでしょうから」


「そうしよう。段取りは任せていいか?」


「沢井にやらせますよ。あのお祭り男の得意分野ですから」


「わかった。楽しみにしてるぜ」


 有沢は、宴会だっ!と爽やかに叫びながら出て行った。


 二人になった部屋の中は静かで、さっきから聞こえるスズメの声の向うには守や近所の子供の燥ぐ声も聞こえて来た。


 幸村がふう、と息を吐くと両手を後ろについて足を放り出した。


「とりあえず、上手く言ったな」と胸を撫で下ろしている隊長を横目に、高山は「何を呑気な」と言いかけたが、言葉を呑んだ。この馬鹿正直で裏表の無い、悪く言えば不器用極まりない隊長に、有沢は我々の思惑を察していた、彼の明るい表情にはありありと「貴様ら、動き出しやがったな」とはっきり書かれていたなどと言えば、それこそボロを出しかねない。彼はこれくらいか丁度良いと思った。


 暫くして平部員に呼びに行かせた沢井宗八、そして犬若が入室してきた。


「何かはっきりしねえ内容だな。これじゃあ何が良くて何が悪いかわからねえよ」


 半紙を黙読した沢井が呟いた。犬若も「これじゃあ部員がいなくなっちゃいますよ」と戸惑ったような顔をした。


「いいんだよ、これで。わざとこう言う書き方をしているんだから」


「だって高山さんよ、議会の御取決めでしょう?


「議会には規律の内容まで指示されてはいない。文言は俺が作った」


「へ?」


 状況を呑み込めない沢井と犬若に、高山が端的に事情を説明すると、ふたりの顔はみるみるうちに陰ってゆき、犬若は悲壮的に、沢井は邪悪に、半紙にあったその目を高山のほうに上げた。


「俺が嗾ければいいんだな」


「悪いな、沢井。面倒な役を押し付けて。根回しはしておく」


「じゃあ早速」


 そう言うと沢井宗八はすっくと立ちがあり、部長室を出て行った。


「何か言いたいことでもあるのか?」


 傍らで押し黙っている犬若に、幸村が問うた。彼は暫く何も言わなかったがやがて、意を決したように反論し始めた。今、有沢が隊にいなくなるのは損害だと言う。


「珍しいな。お前がそんな事を言うのは。組織体制なんて感心がないと思っていたぞ」


「私だって、それくらいのことは考えていますよ。幸村さんには悪いですが、世間が認める観光協会の顔といえば幸村隊長ではなく有沢総長ですよ。素行はともかく幸村さんと違って華がある」


 失礼極まりない発言に幸村はむっしたが、犬若は意に介さず続ける。


「グッズの売り上げを見て下さい。私の次に多いのが有沢さんですよ」


「お前、意外にそんなことを気にしてるんだな」


 高山が珍しく大きく口を開けて笑った。


「いや、そんなんじゃないですよ。誤解しないで下さい!」


 喰らいつくような勢いで真っ赤になりながら慌てる犬若を見て、高山は思い当たった。今昔祭のことである。


「とにかく」犬若は自分に言い聞かせるようにして、胡坐を書き直した。


「悪い人じゃないんです。守の件を見てもわかるでしょう」


「確かに」幸村が改めて静かに口を開いた。「有沢にもいいところもある。しかし、関東派の市中での行いは明らかに、隊の評判を貶めている。このままでは隊を破滅に向かわせる。これは議会の最後忠告のようなものだ。逆らえば取り潰しもあり得る」


「じゃあ、有沢さんたちが規律を守って改心すれば咎めることも無いということでしょう?」


「いや、もう手遅れだ。奴らの処分は決まった。あとは計画通りに進めて大義名分を立てて追放するだけだ」


「他にやり方はないのですか?」


「あの女のことか?」高山が犬若を睨んだ。「いちばんの心配事はそのことだろう」


 純な犬若は「関係ない」とは言えない。


「図星か。まあ、そこは成り行きに任せるしかないが、最悪の場合は我慢してくれ」


「高山さん、もしもの事があったら、私は私で動きますよ」


「従わねえということだな」


「はい」


「わかった。その時はお前も規律に準じて処分するからな。まあ、もしもの事になるまでは協力してくれたまえ」


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