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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
会館の決闘
31/125

去勢執行

 血塗られた人間の体が宙を舞い、足元にごろごろと転がってきたのを見て、年配の白人女性が「ノオォォォーッ!」と悲鳴を上げたのを合図に、繁華街は大騒ぎとなった。


 血達磨の男が起き上がり、逃げようとするのを「おんどれぁ!逃がさねえぞ!」と巨漢がその首根っこをひっ捕まえ、ずるずると引きずって行く。


「乾物屋ぁぁぁーっ!」と叫びながらも逃亡を図ろうとする作務衣の前に数人が立ちはだかる。


「現行犯だ。これはさすがに見逃せねえよ」


 有沢獅子が手を挙げて合図をすると、背後の部員が一斉に飛びかかった。

 作務衣の男は急旋回して方向を変えたがそこに一際巨大な男が立ちふさがり、相手の肩と腿を掴んでひょいと持ち上げた。担がれた男が被っていた頭巾が地面に落ちたのを踏みねじりながら、岡莉菜はずんずんと歩いて行く。


 有沢が笑いながら、「おい、岡莉菜よ。そいつをどうするつもりだ?」と問うと岡莉菜は大きな目玉をひんむいて、「会館へ」と言って、また歩き出した。

 担ぎ上げられた男は空中で天を向きながら、ばたばたともがく。すると岡莉菜は「じたばたするな」と低い声で言いながら両腕に、むんっ、と力を入れた。鈍い音がした。作務衣の男の体が、曲がってはいけない形に曲がり、そのまま声も出せないまま、だらりと魚屋の店先に横たわるスルメイカのようになってしまった。

 これには集まった野次馬たちも悲鳴すら上げられず、眉を潜めるか、目を背けるばかり だ。


「ああ、背骨をやっちまったか」


 有沢は後ろを歩きながらわざとらしく顔をしかめた。

 一行は岡莉菜に続き、会館のほうへぞろぞろと歩き出した。血みどろになっていた男も、太川浩市山、劉陽之助に両脇を抱えられ、俯きながら連行されている。

 鈴方祀が岡莉菜のほうを指さしながら有沢の耳元で囁いた。


「ありゃあ、ちょっとやりすぎじゃないですか?刑事事件になりますぜ。そうなりゃあ西京府の警察が介入してくる。もうあいつを連れて歩くのは危険じゃねえですか?」


「じゃああの血祭もやべえんじゃねえか?」


「おい、太川!てめえもやりすぎだ!」


 鈴方は後方に向かって怒鳴った。

 有沢は羽織の裾から鉄扇を取り出し、顔を仰いでいる。


「鈴方よ。最近、何か居心地が良くないな」


「はあ」


「間抜けな返事だなあ、おい」


「あいや、すんません」


「フーザーの件はちょっとやり過ぎたな。俺たちを弾劾する大義を作っちまった」


「幸村らがフーザーに肩入れする理由がどこにあるんですか?」


「幸村なんてどうでもいいんだよ。幸村派が勝手に歯向かってくるなら蹴散らして終わり だ。しかし、バックに議会が付いているとなると話がややこしい」


「議会が幸村に命じて俺たちを排除するってことですか?しかし、あんな奇抜なビルを放置してたら示しがつかねえ。観光協会の面目が丸つぶれだ」


「そうさ。俺たちは議会の犬じゃねえんだ。相手が誰であろうと、俺たちの規律に背く輩は許さねえ。しかしだ、綺麗ごとだけではどうにもならねえ時もあるんだよ」


「じゃあもし、それが現実になったらどうするつもりで?」


「力ずくで来るっていうなら相手になってやる。その後は一旦、とんずらしても構わねえ。いずれまた、再起の機会は来るさ。しかし、力ずくで来られた時、岡莉菜が向うに付いたらちょっとまずい。再起もできねえ体にされちまうかもしれねえ」


「あっ、それでここ最近奴を連れて歩いてんですね?」


「あいつがこちらについている以上、奴らも簡単には手は出せねえよ」


 有沢はくくっと笑いながら、涼し気に細めた目で、岡莉菜の背中を見た。そして、鉄扇を閉じると、それを使って肩をたたきながら呟いた。


「それに犬若だ」


「犬若・・・ですか?」


「あいつは派閥がどうのって柄じゃねえ。こっちが正しいと思えばこっちにつくはずだ。しかし、理論的に説いてどうなる男でもねえ。あいつがどう判断するかは、あいつ次第だ」


 そうして彼は空を見上げた。ネオンのせいで明るい一等星だけが辛うじて見える。


「あとは運だな。決戦になった日、奴の調子が悪ければ、俺たちについてくれるだろうよ」


 有沢一派が会館へ戻ると、平部員がどやどやと玄関から飛び出て来て出迎えた。

 岡莉菜が担いでいた聖女天村の男を荒々しく、地面に放り投げると、部員たちが抱え上げて連れて行く。


「おい、こいつも一緒に掃けておいてくれや」


 鈴方祀が喚きながら連行してきたもう一人を押し倒した。転がされたふたりはもはや、呼吸をするだけで精いっぱいである。


「奥の座敷牢に布団を敷いて寝かせろ。それから医者を呼べ。今回は長い宿泊になりそうだな。お、そうだ、忘れてた。医者に診てもらった後は、しっかり抜いておけよ」


 はははっと笑いながら、有沢らは会館の中に入って行った。


「やりずぎだな。解放するのは当分、先になる」


 どこからか藤田翔がやって来て、大きな目を剥きながら、苦しんでいる村民を見下ろし た。


 こうして捕縛された罪人は、それぞれ収めるべき場所へ収められる。不法就労者や外国人犯罪者はそれぞれ最寄の領事館へ、チンピラは西京府の警察署へ、そして聖女天村民は裏路地か河原へ捨て転がされるのだ。

 

 平部員のひとりが訊ねた。


「しかし、藤田さん、何でこいつらを手当てして、回復するまで面倒みなきゃいけないんです?」


 藤田は軽蔑したように、問うてきた部員を見た。睨まれたほうはその迫力に思わず「すみません」と頭を下げるしかない。


「いいか。この村民に限っては、国民であって国民でない、非常にややこしい存在だ。それゆえ、行政処分が行いにくい」


 続けて藤田は囁くように言う。


「夢南瓜の取締に関しても、今のところ違法と看做しているのは観光協会青年部の独断って形になっている。だから国家法律では取り締まることはできないし、警察にも引き渡すことができない。むしろここまで痛めつけたとあれば、逆に刑事事件として青年部が告発される恐れもある。だから証拠になるほどの大怪我は治してから帰してやるのだ。まあ、最初からここまでボコボコにしなきゃあ、こんな面倒はしなくて済むのだが」


 外部の街からやって来た幸村派や有沢らの関東派と違い、藤田翔は産まれも育ちも葦原京の人間である。この会館も、大地主である彼の父の所有物だ。つまり、元はどちらの派閥にも属していない。しかし、理論的で平和主義、紳士的で合理主義な性格であるため、自然とどちらかと言うと穏やかな幸村派に寄っている。


「それはそうと、やはり抜かせるのだな。俺はどうもアレが嫌なんだ。おっと、上の人間には言わんでくれよ」


 そう言いながら藤田は門を出て行った。


 手当が終わると、ふたりの平部員が白木で出来た頑丈そうな箱を持って座敷牢に入った。昏睡している怪我人の横に正座して、素早く支度をする。

 やがて高山紫紺が低い牢屋の扉を、背中をかがめて入ってきた。

「準備はいいか」と言いながら、注射器を受け取り、村民のひとりの包帯だらけの腕を取ると、関節部を叩いて血管を浮き出させた。そうして手慣れた手つきで針を刺すと、ゆっくりと中の薬物を彼の体内に注入した。

 同じようにもう一人も処理すると、「これで種は抜けた。君たちも気を付けたまえ。ヘマをするとこいつらのように種を抜かれる羽目になるぞ。これからは隊内の規律もいっそう厳しくなるからな」

 高山はまるで独裁者のように言い放つと、何のことも良く分からずただ不気味に怯える平部員たちを置いて、座敷牢をあとにした。


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