厄介な話
清体師によって掻き立てられた欲情は、今宵の誓約で一気に暴墳し、恐れていた尻の痛みのことも忘れ、春道は獣と化した。桃龍の一挙手一投足に対して吠えて吠えて吠えまくり、最後は卒倒するほどに果ててしまった。
果てた後も暫くは桃龍の玩具になる。赤子が意味のなく玩具を弄ぶかのように、桃龍も春道の正面に胡坐を掻き、男の身体を優しくなぞる。彼の身体はほのかに熱を帯びたまま、なされるがま ま、左右に揺れる。
たわいのない会話をしている最中、桃龍は不意に手を止め、何かを思い出したかのように立ち上がって、奥の自室に入ったかと思うと、すぐに戻って来た。
「そういえば昨日、西院に連れられて妙な男が訪ねて来てね」
そう言いながら、彼女は名刺を添付した手紙を差し出してきた。名刺には組織の名前も何も記載されておらず、「佐藤果花」という個人名の上に「さとうかか」というふりがなと、電話番号しか載っていない。桃龍は自分のおでこを指さし、「ここに大きな黒子がある男だった」と言った。
(あの男だ)
春道はあのリアカーを押す男を思い出しながら、手紙に目を通した。
「大宮様、これは」
「議会からの紹介状さ。この名刺の男の要件は議会のお墨付きなので安心しろってことよ」
「それで、この男の話とは何だったのです?」
「南瓜を輸出しないかって話さ。南瓜目当てに葦原京へやってくる外国人観光客も多いだろう?輸出すれば高値で売れるって話よ。で、この男がそのブローカーだよ」
「この男を通して間接的に議会に金が流れるってシステムですか」
「さすが、頭の回転が速いね」
「それはやめたほうがいい」
桃龍の揉む手が緩まった。春道は続ける。
「夢南瓜はあくまで村で消費する分と、必要最低限の生活収入が得られるだけの収穫量しかない。それは秩序を保つためでもあるのです。これを第三者が、それも議会のような巨大な組織が介入するとなると、村ごと乗っ取られるようなものだ。我々は夢南瓜を生産する為の労働力になるだけだ。それに」
「それに?」
「夢南瓜は、今はこの村と葦原京の闇市場的なところだけで楽しむ趣向品のような扱いにとどまっていますが、もし世の中に、大っぴらに出回ったら麻薬のように、法で規制される恐れがあります。そうなれば村で唯一の産業が消滅してしまう。収入どころか村が無くなりますよ」
「わたしもそう考えた。しかし、この佐藤果花という男は、そうはさせないので安心しろと言うのだ」
「そんな言葉は信じられません。議会の力があれば、この村なんかあっと言う間に屈服させられてしまいます」
春道の下半身で蠢いていた桃龍の手が止まった。
「ただね、西院たちが乗り気でさ。これは良い機会だと息巻いているのよ。あとは室戸の陰松」
「室戸が?」
「ええ、彼も昨日、一緒にここへ来た。西院も、話しを持ち寄るのがお前ではなく室戸っていうあたり、色々考えているようね」
「見くびられたもんだ」
「じゃあ西院がお前を誘って来たとしたら?」
「無論、突っぱねる」
「彼もそれを分ってるのさ。お前に話しても無駄だってね」
「なるほど」
桃龍は再び、手を激しく動かし始め、春道は若干の痛みを伴うむず痒さを感じた。
村の中でも最も夢南瓜をビジネス的に取られて営業活動に熱心なのが、西院熊二郎であ る。そして、碧小夜から波羅愛されて以降、誰の氏子にもなれず、営業活動する目的もない室戸の陰松。しかし、この輸出の話が成功すれば、売り上げ成績も急上昇、彼がこの期を一発逆転のチャンスと考えるのは自然なことだ。
「室戸は主人を求めてくるつもりでしょう。まさか碧小夜と」
「確かに、この話が上手くゆけば主人が欲しいというような事は言っていた。しかし、碧小夜との復縁は、私が許さない。まあ、あの男自信もそれは望まないだろう」
「えっ?」
「あ、いや、何でもない。とにかくこの話は馬方の爺様らともよくよく吟味するつもりだ」
桃龍は立ち上がると、春道に向かって「早く帰って休め。お前、最近疲れているだろう」と言い、奥の間に入って行った。
彼はしばらく分娩台に座ったまま天井を見上げて、一面に広がる彫刻物の中を走る色々な形の木目を目で追っていた。
(この話、何が何でも破談にすべきだ)
そう思った。
やがて下半身にも少しは力が入る気になった頃合いを見て、立ちあがった。それでも一度はがくんとふらついた。ズンズンと下腹部を内部からバチで叩かれてような感覚がある。
早くきつい南瓜汁を煽りたいと考えながら、部屋を出た。
池に月が映し出された相変わらずの光景が横にある。そしてその先に、碧小夜の影が揺れているのが見えた。
ほんのりと花のような香りをのせた風が、通り過ぎる。碧小夜の周りを揺らめき踊る、有沢獅子、犬若、大山大和の姿が脳裏に浮ぶ。
季節には早い風鈴の音が聞こえた。
歩を進め、彼女の色がはっきりとする距離で、「よお」と声を掛けると、「うん」という返事が相変わらず返ってきた。
綿毛のように柔らかな、親に抱かれた赤ん坊にも似たその横顔は、母桃龍から醸し出されることのない表情である。
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