畳の香りと春の味
四畳半の畳の上に、全裸になって胡坐をかく春道に、「じゃあ始めるよ」と清体師が声をかけ、髪に鋏を入れた。黒い髪が塊になって、ひとつひとつ、目下の畳に落ちてゆく。
「何かあったか?心がお空に飛んで行っているようだぞ?」
手を動かしながら清体師が訊ねてきた。
「まあ、色々とある」
「大宮様の誓約に挑むのだぞ。邪念は捨てろ」
春道は少しだけ頭を上げた。四角い窓の外から見える畑の向うに、夕日を照り返す隣県の湖が見える。
「変なことを聞くが、あんたは女としての幸せを考えたことがあるか?」
「はあ?何を聞いているのだ?」
清体師は眉間に皺を寄せている。
「下界の、普通の男と一緒になって普通の生活に憧れることはあるのか?」
「普通とは何なのか、わたしにはわからないね。ろくに下界に下りたこともないから」
「じゃあ、この村の男をどう思う?自分の全てを捧げてもいいと思ったことはあるか?」
「本当に変なことを聞くね。まあ、若いころはそんな気も起こしていたこともあったよ。何も知らないで美しい幻想の中で生きているころはね。そうね、宮に入らず、ここにいるということは案外、わたしは乙女チックなのかもしれないね。ということは、下界の暮しのほうが向いているのか?今からでも下界におりて適当な男をとっ捕まえてみようか」
清体師は艶めかしい笑みでそう言った。
「何で宮に入らなかったんだ?」
「男を虐げることに快楽を感じられなかったからだ」
彼女ははっきりとした口調で答えた。
「わたしが宮の生活に悩んでいる時に、ちょうど清体をやってた婆さんがいて、老い先短いから後継を探しているというので、わたしが弟子入りして今に至っているのだ。以来、村の全ての男の裸体を見ている。尻の毛も毟り取るし腸内洗浄の手伝いもする。もはや男に対する美しい幻想なんて微塵もない。単なる欲望の塊としか見れなくなったよ」
「俺も単なる欲望の塊でしかないのか」
「何を今更。この期に及んで色気づいてんのか?」
「まさか、そんなことは考えてない」
やがて全体が虎刈りになったところで、カミソリが入れられた。剃り上げる低い音が、心地の良く、耳に響く。
「綺麗な形の頭じゃないか、ん?よう似合うとるよ」
清体師が剃り残しを処理しながら色っぽく囁いた。正面に膝を立てて白熱灯の光に輝く春道の頭を掴み、角度を変えて眺めている。彼女の胸が目の前にあり、白衣の胸元から少し下に垂れた柔らかそうな乳房が揺れ、時折濃色の乳首が見えた。
「俺は実は、あんたに憧れていたんだよ」
「えっ?」と清体師は手を止めた。
「餓鬼の頃の話だよ。いつも、碧小夜をここへ送りに来ると、あんたが出迎えてくれた」
「ああ。そうだったね。今はどうなの?もうこんな年増には興味がなくなった?」
「いや、そんなことは」
さっきまでは全くそんな気にはなれなかったが、いざ目の前に男の欲望をそそり立たせるものがぶら下がると、みるみるうちに春道の血は沸き立ってきた。
「失敬する」
春道は言うが早いか、尻の痛みなどお構いなしに彼女の体を抱き寄せて、胸元の顔をねじ込むと唾液を含んだ口で、大きな乳首を頬張った。
遠くのほうから寺の鐘の音がひとつ、聞こえてきた。
清体師は抵抗もせず、堂々と片膝をついた姿勢のまま、春道に胸を吸わせてやる。四畳半の静かな部屋の中、春道は小さな音を鳴らしながら赤子のように、必死に食らいついた。
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