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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
葦原京今昔祭
13/125

大山大和、恋をする

 聖女無天村の行列は清水川の東岸を北上して行く。

 

 水面がキラキラ光っていて、白い鷺が水中をつついていた。


 石畳の歩道を歩いていた人々が皆、足を止めた。次々と駆け抜ける人力車の乗った美しい宮女たちに誰もが目を取られ、観光客はこぞってカメラを構え、夢中でシャッターを切っている。


 那智の春道は桃龍の乗った人力車の横を駆け足で走った。


 目の前には碧小夜を載せた車の後部が見えた。

 

 背もたれと雨避けの隙間に、彼女のうなじが揺れているのが見える。時折、それを引く、大山大和の豪快な笑い声が聞こえてくる。


 当の大山はというと、この時、完全にのぼせ上がっていた。年に数回と無い高天の宮女と接触できる貴重な時間を心の底から楽しんでいるようである。


「あの、お名前を聞いてもよろしいですか?えっ、碧小夜?ということは大宮様のご息女であらせられ宣いまするか!いやいや、これは失礼つかまり候らえど、儂は大山大和と申します」


 照れ隠しか、大山は言葉を発する度に、自分ひとりでがははと笑った。 


「しかししかし、ほんまに美しいでんな。いやいや、失礼でしたら謝ります、がはは」


 普段、外部の男との関わりが皆無と言ってよく、あるいは、氏子を持たない身である為、村の男ともろくに会話する機会もない碧小夜は、はじめはこの奇妙な男を警戒したような態度であったが、徐々に心も解れてゆき、だんだん面白くなってきて、気が付けば、口数も増えていた。

 嫌味というものが微塵も無い、この男の雰囲気がそうさせているのだろう。


「毎日こんなに重い車を曳いて、お仕事は大変ですね?」 


「いやいや、儂の本業はこれじゃないです。これは今日だけ、がはは」


「では普段はどんなお仕事を?」


「儂はドクターなんです、がはは」


「ドクター?」


「発明家です。この人力車も儂が作ったんです、がはは」


 「すごい!」と碧小夜は大きな目を開いて、今までに見せなかった明るい笑顔を見せた。


「いやいや、人力車の百や二百、朝飯前ですわ、がはは」


「そんなことないですよ。へえ、すごいなあ」


「皆さんの生活にも多大なる貢献をもたらしてるんですよ、がはは」


 ただし普段、村で重宝されている羞恥に満ち満ちた性具を、日ごろ多大なる時間と労力を費やして生産しているとは、この美少女に対してはさすがに言えなかった。

 それどころか、碧小夜に至っては「すごい!すごい!」を連発して感心している有様なので、大山も「いや、そのような大それた男ではござまへん」とまた、照れ隠しにがははと笑うしかなかった。


 しかしながら、こんなに人に褒められたのは、小学生時代の工作の時間以来だったかもしれない。最近では、いくら高性能な肛門洗浄機を作り上げても褒めてくれる人間など誰もいない。


「街に出るのは久しぶりですか?」と今度は、大山が尋ねた。


「はい、もう一年近くぶりになるかしら」


「ほへ、一年近くも。ずっと村にいるのも退屈でしょうに、がはは」


「もう慣れましたから。でも、いつかは街をゆっくり散歩してみたいって思ってるんです」


「それがええです。村人がいる前で、大きな声では言えませんけど、若いのにずうーっと家の中に籠ってるのは体にも心にも良うない。そや、街に出る時は儂に声をかけてください。この人力車にあなたを乗せて、街中どこへでも連れて行かしてもらうさかい。那智の春道にいうて儂を呼んでくれたらいつでも迎えに行きます、がはは」


 しかし、彼女からの返答がなかなか来ない。大山は背中で何か重苦しい雰囲気を感じた。何か言ってはいけないことを言ったかと思い、「天空でもいいですよ」というと、ようやく「はい」という返事が来た。

―那智の春道と彼女の間には何かあるのか―。

 大山はむむっと呻いた。


 道中、大山は会話を途切れさせる事無く、事実、現実、妄言、虚言、なにこれ厭わず、しゃべくり続けた。沈黙がもったいないと思った。単刀直入に言うと、彼は完全に、碧小夜に惚れてしまっていた。


 そんな、のぼせ上がった大山に向かって、不意に碧小夜が改まったように言う。


「わたし、今年初めてこのお祭りに出させて頂くんです。とても緊張していたのですけど、大山さんとお話ししているうちに、だんだん気持ちが落ち着いてきました。ありがとうございます」


 これには大山も飛び上がらんばかりに浮足立ち、このまま人力車ごと彼女を、時空を超えて連れ去ってしまいたいと思った。


 儂の次なる発明は時空を超える人力車じゃ!

 

 大山は心の中で絶叫した。


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