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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
葦原京今昔祭
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葦原京今昔祭

 毎年四月に葦原京今昔祭あしはらきょうここんさいという祭が、市街地の北にある御園天満宮みそのてんまんぐうで行われる。

 この祭りは、神社の境内で、葦原京の歴史を、遷都されて間もない雅の時代から、戦禍に包まれた時代、太平の世を過ごした時代、革命時代といった流れで、時代ごとに舞台化した演目が披露されるという催し物である。


 演目の中に、太平の世の遊郭の様子を繰り広げる場面がある。日暮れの時間帯に、色とりどりのライトが舞台を照らす中で、その場面が演じられるのだが、いつの時代からか、聖女無天村の村人がその場面を担当するという、習わしになっていた。遊郭の客たる侍役や若旦那役は、村の男が演じ、遊女は高天の宮の女たちが演じるのである。高天の宮女が山を下り葦原京に繰り出す、年間でも数少ない機会のひとつがこの祭なのだ。


 祭当日は春の匂いが心地いい、晴天なり。


 昼を過ぎたころ、宮の門前に、祭に参加する男たちが集合した。本日の花を出迎える為である。

 しかし、晴れ渡る空とは対照的に、祭といえども浮かれている者はひとりもいない。皆一様の神妙な表情で、宮女たちを待っている。


 彼らが緊張するのも当然で、祭といえば多くの観光客が集まる為、葦原京観光協会も大いに携わっている。無論、青年部も例外ではない。


 今年の参加者の中には、那智の春道や天空雨の丞の姿もあった。 


 春道の横で剃り上げた頭との境目がわからないくらい、顔面までテカテカと光らせながら西院熊二郎が呟いた。 


「今年も無事に終わればいいが」


「去年は生きた心地はしなかった」


 春道は去年、初めてその祭に参加した。あいにくの雨天だったが、始終、観光協会青年部に周囲を囲まれ、脅され、威圧され、出番が終わるまで言葉ひとつ発せなかった。


「南瓜は、所持していなければ奴らも手を出せない。問題ないさ」


「わかっているけど、どうも落ち着かない。特に関東派の連中は、南瓜云々抜きにしても、何をしてくるかわかったものではない。それに」春道は鼻から一呼吸吐いた。「あの岡莉菜という男が危険すぎる」


「そんなにヤバいのか?」


「話が通じるような相手ではなさそうだ。人間かと問われると、自信がない」


 「猛獣の類か」と言って西院は、ううむ、と唸った。


 暫くふたりは黙っていたが、おもむろに「去年は犬若も来ていたな」と春道は言った。 


「遠目にしか見ていないが、久しぶりに姿を見た。あの日は調子が悪い日だったみたいだ。ずっと、裏の山を眺めていたぼうっとしていた」


 その時、不意に門が開いた。


 太鼓の音が鳴らされると、宮の中から花魁の衣装で身を包んだ女たちが一人ずつ、門をくぐって姿を見せる。その美しさに誰もが言葉を失った。毎年の光景だが、何度見ても見とれてしまう。


 先頭に立って現れたのは、黒を基調とした着物の、銀糸で鯉の刺繍をあしらえた大玉引おおたまびきという熟年宮女である。


 彼女が目の前を通り過ぎる時、西院熊二郎が膝をついて手を差し出した。大玉引は無言で彼の大きな手のひらに自らの手を置き、二人は並んで大通りを歩き出す。


 その後、色とりどりの宮女たちがそれぞれの氏子を伴って春道の前を通過した。次々と通り過ぎる宮女たちの華やかさに、春道はまるで、万華鏡の中に放り込まれたような感覚になった。天空雨の丞も主人である紅金魚べにきんぎょを伴って行った。


 やがて宮女の列も終わりに差し掛かろうとした時、この日の空をそのまま身にまとったかのような透き通る青色の着物を来た碧小夜が、前方の一点を見つめたまま歩いて来た。

 春道は伏し目がちに、彼女の通り過ぎるのを待った。そして碧小夜が通り過ぎると無意識その行き先を視線で追った。


 彼女には、室戸の陰松の一件依頼、長い間、氏子がいない。


 誰が彼女をエスコートするのかと気にしていると、馬方藤十郎うまかたとうじゅうろうという老人が現れ、手を取ることなく、彼女の前をゆっくりと歩いて行った。

 馬方藤十郎は、先代の大宮様の誓約を受けていた男であるが、桃龍の代になってから、自らも精力減退を理由に身を引いている。何より人柄が穏やかで人望も厚く、引退した今も村民からの信頼を寄せられている。


 馬方藤十郎が碧小夜の氏子役を務めるということで、春道もほっとした。しかし、同時に自分がその役を担いたい、何故、俺ではないのだというもどかしい気持ちを沸き起こしていると、「何を見ているの?」という声がして、春道ははっとした。桃龍がしなやかな指を軽く曲げた手を差し出している。金糸を用いて、目を剥き口を開く龍の刺繍をした一際絢爛な深紅の衣装を身に纏っている。


「何か気になることでも?」


 微笑みかける桃龍に、「いえ、何も」と春道は答えたが、碧小夜に気を取られていることを悟られているのは明らかであった。しかし、今さら慌てることもない。

 それは桃龍も十分、承知している。


「早く行きましょう。皆が待っている」


「はい」


「いいお天気ね。外に出るのは久しぶり」


「はい」


「昨日、美味しい苺をもらったんだよ。祭から帰ったら一緒に食べるかい?」


「はい、是非」


 たわいもない会話、というより、春道は相槌を打っているだけだが、そんなやり取りをしながらふたりは宮女を載せる人力車が待機しているはずの、村の入り口へ向かった。


 道中、祭に参加しない男たちが通りの脇に立ってその行列を見入っている。


 当日、彼らは全くに用無しかと言えば、そうではない。


 祭りに参加する者を見送った後、すぐさま営業の準備に取り掛かる。

 何せ、高名な葦原京古今祭である。観光客の数も多く、取引の依頼も平時の何倍も入っており、年に有数のかき入れ時なのだ。彼らは祭の終焉を待って洛中に繰り出し、売って売って売りまくるという重要な任務を引き受けている。


 その中に、室戸の陰松の姿もあった。作務衣は下だけ穿き、上は白のシャツのみという出で立ちで、いかにも馬鹿馬鹿しい、という表情をしながら睨み付けていた。彼に関しては営業に出る気もないらしい。

 礼儀知らずの恥知らずで、あろうことか娘にこの上ない恥辱を与えようとした男の前を、桃龍はまるでそこには何も存在しないかのように通り過ぎ、一歩一歩を噛みしめるようにして歩いていた。


 門前には多数の人力車とそれを引く車夫の頭数を揃えて来た大山大和が、大きな口を開けて笑っている姿が見えた。


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