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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
ワールドスポーツフェスティバル葦原京
117/125

アイヤージーザスオーマイゴッド!

次回3/5投稿予定

 何が起こったのか。


 時は選手入場の直前。


 葦原京スタジアムは北西の方角に入場ゲートがあり、その外では各国選手が、入場する時を待っていた。心地よい風が吹き、半月が空に浮かんでいる。自国の威信と期待を背負い、常人には考えもつかないプレッシャーと緊迫感の中で己の限界に挑もうとする筋骨隆々たる選手たちは、開会式という直前のお祭りを、浮かれるともなく、張り詰めるともなく、瞳を輝かせながら待機していた。

 

 そこへ図らずも沸き起こった騒ぎ声。会場内の歓声とは反対側から悲鳴や怒声が、なんだか近づいてくる。そして、悲鳴や怒声が選手団の中からも湧き上がり、某欧州の棒高跳びチャンピオンの言葉を借りると、振り返ればそこに三基のモンスターが聳えていた。それらはエンジン音を立て、選手団を掻き分けながら接近してく。「Oh、No!」「What`s Happen!」といった意味の様々な言語が渦を巻く中、そのモンスター、ジャパニーズネーム「ヤグラ」が、バリバリと割れるような、劣悪下品なエンジン音と共に彼の横を順番に通過する。木で出来ているようだ。おかしなオフホワイトの「キモノ」を来た奇妙な人々がそれに七、八人ずつしがみ付き、それを止めようと後部に抱き着いた警官や警備員が、何人も引きずられている。


 チャンピンもまた、「ジーザス・・・」と呆然としながら、胸で十字を切った。


 選手の中を警官たちが掻き分けて入り、何とか櫓の進路を防ごうと必死になるが、如何せん、人数が足りない。配備予定されていた人数よりも、明らかに少ない。聖女無天村討伐部隊として割かれたからだ。


 櫓側とすれば、発砲されても致し方ない状況でだが、警察側も流れ弾が選手に当たれば国際問題に発展する。―すでに国際問題に発展して叱るべき状況ではあるが―。もはや肉弾戦、日ごろ柔道で鍛えた肉体で、真正面からぶつかるしかない。見よ、各国柔道選手たちよ。是が国技とする日本警察の底力だ、と言わんばかりに、前方へ回り込んだ数名が先頭の櫓にぶつかった。


「ひけ、ひけー!違う、退却じゃない!轢けというのだ!」


 最上部にしがみ付いている天空雨の丞がハンドル操作している江州悪太郎に向かって怒鳴っている。しかし、日本警察なかなかやる。エンジンが俄然、獰猛なうなりを上げるも、押し返される。


「どけ、この野郎!」


 天空雨の丞が最上部から警官の頭上目がけて飛び降りると、櫓の正面に立ち塞がる人間の塊が崩れた。それでも後から警官隊が押し寄せる。櫓から、村人が次々に飛び降り、警官に飛びかかった。二基目、三基目の櫓の村民も皆、大地の下り立ち、もみ合いの群れへ参戦する。


 那智の春道も、その群れの中で、警官の脇腹に噛みついていた。警官がぎゃっと奇声を上げる。そこへ警備員と学生ボランティアの集団が乱入、もちろん、平和の祭典、葦原ワースポを妨害せんとする櫓に乗ったテロリストどもを排除すべく参戦したのだ。


「だめだ」


 牛飼いの譲が弱々しく呻いた瞬間、どっと将棋倒しが発生し、警官、警備員、ボランティア連合軍が、崩れる聖女無天村軍に圧し掛かった。これで櫓のテロリストは制圧されたかに思われたがその時、更に連合軍の背後から何者かが襲いかかる。その襲撃者が強い。体操選手が真っ青になるほどの身のこなしで、連合軍の脛や鳩尾といった急所を攻め、のたうち回る者、蹲るものが続出した。聖女無天軍も必死である。膝をついて身体を起こし、抑えつける連合軍を再度、押し返しにかかった。


「立て!押せ!道を作れ!」


 春道が叱咤すると、これがラストチャンスとばかりに皆、残った力を振り絞った。

 その混乱の最中、春道は押し競饅頭と化した大集団の隙間から、空中を戦闘機のごとく飛び交う恐ろしく強い男の姿を見た。


「犬若!」


 そう漏らした瞬間、また連合軍の反撃が始まり、視界は再び閉ざされた。


「背後を開けろ!」


 後方から声が聞こえたと同時に、揉み合いの塊を強烈な衝撃が襲った。どこからか脱出して二基目の櫓に乗り込んだ天空雨の丞が、前方の櫓に突進。


「さあ、もう一発!」


 今度は三基目も追突すると、集団が一瞬ばらけた。と同時に、聖女無天軍が立ち上がり、ひとりまたひとりと、素早く櫓に乗り込むと、再び進軍を開始する。


「何が何でも食い止めろ!」


 と、喚き散らす警官に、犬若の妨害が入った。低い姿勢から警備員や警官に打撃を加え、上から見ると、何の脈略も無く、人々がバタバタ倒れて行くように見える。


 それでも多勢に無勢という状況に変わりなく、(さすがの犬若でもいくら倒せどきりがない。そのうち力尽きて捕らえられるだろう)と、最前の櫓にしがみ付きならが春道は幼馴染の無謀な大立ち回りに、冥福を祈るような気持ちでいたのだが、その時不意に、彼の前に、人混みを採掘して、犬若がひょっこり顔を出した。


 唖然としながらも春道は「犬若、どういうつもりだ?」と問うと、彼は憮然としたまま、「自分の居場所を守る為」と涼しく滑らかに答えた。それと同時に、彼の体を何か異様な大きな影が包み込んだ。直後、その大きな影と犬若が美しくシンクロしながら、反転すると突破口を開くべく、連合軍の群れに突っ込んだ。


「岡莉菜だ!」


 聖女無天の面々が、同時に叫んだ。周囲を取り巻くアスリート達をも遥かに凌ぐ体躯の男が、狂ったように暴れはじめた。その轟々とした暴れっぷりにアスリートも、オーマイゴッド!と頭を抱えて宣うしかない。サムライか、ニンジャか、カミカゼか、はたまたスモーレスラーか。


 阿修羅、狂人、鬼、そう、鬼だ。ドロドロに汚れた聖女無天の作務衣を着て、伸びかけ坊主頭は針山のごとく、無精ひげが顔の下半分を包んでいる。黒い肌も手伝って、その顔は真っ黒、白光する目玉だけがごろごろと動いている。その鬼が豆まきをするかのように、人々まき散らし、夜空に悲鳴がこだまする。まさに金メダル級の大暴れである。


 更にいつの間にかもうひとり、この櫓の露払い戦線に参戦している男がいる。これも汚い。日本の恥を一手に背負って立っているほど小汚い。


 どこから調達してきたのか、乳白色の作務衣を着こんだ大山大和が、入場ゲートに向かって前進する櫓に乗った面々に、ニッと笑顔を見せながら、「お前等!必ず南瓜に火をつけろ!儂の為にじゃ!儂のタダ南瓜の為にー!」と叫ぶと立ちはだかるボランティア大学生に金的を喰らわせた。


 犬若と岡莉菜の援護を受けた櫓はいよいよスタジアムの目前にまで迫った。巨大なスタジアムは滑らかな曲線を描いて偉そうに聳えている。見上げると、スタジアムのてっぺんは中からの照明が溢れ、ぼんやりと明るい。


「突入ー、突入ー」


 スタジアムのインフィールドに向かって号令され、とうとう櫓がゲートを潜り、世界各国のテレビに生中継された。テレビの前の外人さんも、唖然としたことは言うまでも無い。インド人はナンを咥えて呆然とし、アメリカ人はコーラを吹き出し、中国人は「アイヤー」と大騒ぎ、ブラジルではサンバが中断、イタリア人は鼻からパスタを垂らし、フランスの芸術も爆発した。


 そして、日本では観光協会の老人たちが、観光産業への影響を想定し、算盤をはじいている。

 国営放送のアナウンサーが「トラブルがあった模様です。何等かの建造物が入ってまいりました。開会式のオブジェの搬入に不手際があった模様です」と冷静にコメントしたのはさすがではあるが、実際は、如何わしいこと限りない無戸籍部外者の大乱入、もはやテロとも言うべきこの状況は万国に醜態を晒す国辱として歴史に名を刻むべき事件である。


 テレビ画面には何が起こっているのかわからずに、ただただトラックの左右に道を空ける選手団、その中を、スピードを上げてばく進する三基の櫓と後を追う警官や警備員の黒い群れが映し出されていた。櫓の支柱にフードの付いた乳白色の着物を来た男たちが、しがみ付いて前方に何かを叫んでいる。しかし、その中に那智の春道の姿は無かった。


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