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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
ワールドスポーツフェスティバル葦原京
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新型原動付き櫓

 村の若い衆が葦原京へ下り、数多の取引でてんてこ舞いになっている聖女無天の者等を捕まえて、事件の顛末を伝えて回った。己の住処が奪われるだけではない。ただでさえ希薄な自身の存在そのものが更に悪い立場へ追い込まれる。最悪の場合、単なる農機具として天寿を邁進することになる。人権も無いのだから、どんな扱いをされようともどこの人権団体の助けも期待は出来ず、ならば自分たちで立ち向かわなければならない。


 春道もまた、葦原京にいた。自ら下山して、一刻も早く、頭数を揃えて帰村し、戦闘準備に取り掛かるつもりであった。


 先刻、高天の宮を出ようとして、靴を履いていた時、不意に背後に視線を感じた。振り返ると碧小夜がいた。不安そうな顔をしたまま黙っている。


「心配するな。何とかなる」


 現実は悪いほうに何とか転がる確率のほうが高い。しかし、春道もそう答えてやるのがやっとだった。それと、もう一つ、彼女が問わんとしていることがあることを察した。ただ、彼女は自分の口からその問い繰り出すことは、特に春道相手にはできないことだった。それでも、最も理解してくれるのが春道だからこそ、彼女はここにいるのだろう。


「犬若がいないな」


 春道は自らそう言った。


「ごめんなさい」


「なんで謝る。俺も心配だ」


 春道の言葉に、碧小夜は頬の力を緩め、嬉しいとも悲しいとも言えない表情で涙を流した。


「見つけたら、半殺しにしてでも連れて帰ってくる」


 彼はそう言い放って村を出た。


 下山した春道が天空雨の丞を見つけた時、幸か不幸か、奴も一緒であった。


「そんなアホな話があるか!」


 大山は激怒した。「儂の南瓜はどうなるんじゃ!」


「そんなもん知るか!とにかく、すぐに村へ戻るぞ」


「そうは言っても相手が悪すぎる」と雨の丞は意外に冷静だ。「観光協会と手を組んだところで国家権力を本気で相手にするつもりか!」


「かといって、大人しくしているのもどうかしている」


 聖女無天村のふたりがああだ、こうだと言い合う中、大山は腕組みをして難しい顔をしていたが、やがてもっそりと「ここはもう一手、打つべきではなかろうかの?」と言った。


「もう一手?」


「そうじゃ、敵の核を突く。今、あいつ等が最もかき回されとうないのは何じゃ?」


「ワースポか!」


「そう!そこを引っ掻き回す。奴らは世間の目を逸らす為に、このお祭りのどさくさに紛れて事を起こした。ならば、世間の目に付くところへお前等が出て行けばいい」


「しかし、丸腰で会場に乱入などできるものか」


「阿呆、丸腰で乱入などできるか!儂がええもんを持っとる。半分はお前等のもんじゃ。那智は儂と来い。天空はまだ葦原京にいる村人を集めて来い」


 大山は雨の丞に倉庫の場所を説明した。


 人々の群れがメイン会場のある西へ流れて行く。春道と大山もその波に乗った。幸い、大山の倉庫はメイン会場から遠くない。


 秋の日は傾くのが早い。気が付けば夕暮れが迫っていた。


 やがて住宅街の中、辿り着いたのは倉庫というよりも、納屋と呼ぶべき、小さな平屋のボロ小屋である。外壁の木材は腐っていて、所々をバラックで継ぎはぎしてあった。三人ほどで押せば天地ひっくり返りそうな代物だ。その倉庫と隣家の僅かな隙間に、ブルーシートにくるまれた、細長い建築物があった。


「おい、これを引っ張り出すぞ」


 ふたりがシートを掴んで引くと、タイヤが付いているのがわかり、意外に軽くすーっと

出て来た。そこでその奥にも同じものがあるのに気づいた。それも引っ張りだすと、更に奥にまだあった。合計三棟の可動式建築物である。


「めくってみい」と言われ、春道がブルーシートを剥がすと、中から現れたものは、「これは、あの!」と思わず声を出さざるを得ない、見覚えのあるものだった。


「俺たちの櫓」


「原動を付けた。キーを回してエンジンをかけて、ハンドルを捻れば進むぞ。今のうちにガソリンを入れておかんとの」


 暫くすると、蒼ざめた顔の村民たちがパラパラと到着し、皆が一様に櫓を見て「何だ、この櫓は」と声を出した。

「全員が揃ったところで説明する。まず、お前たちの持っている夢南瓜を全て、そこに集めろ」


 小一時間ほど経って、ようやく雨の丞がやってきた。


「時間が無い。集められたのはこれくらいだ」


 総勢で二十名ほど。中には牛飼いの譲、江州悪源太といった宮中に主人を得て、労働意欲も満々な、新進気鋭たる若者もいる。

 そこへ大山大和が例の中田君に三メートルほどの長さの帆布生地を何枚も買って来させて地面に広げ、今度はバケツに墨汁を流し込み、大きな筆を漬け込んだ。そうして、帆布に何やら書き込んで行く。


 その横で、春道が村民たちに作戦を伝える。


 果たしてそんなに上手く行くのかと訝しがる村民を、「大丈夫!何とかなる!」と納得させ、やるしかないと説き伏せた。


「この騒ぎが伝われば、村へ向けられた警官がこちらに差し向けられるかもしれない。村を攻める敵戦力が削ぐのも目的のひとつだ」


 春道は櫓の中に潜り込むと、左手で備え付けられたハンドルを握り、右手でキーを捻った。乾いたエンジン音が夕日に照らされた赤い空にこだまする。後方に白煙が上がり、櫓はゆっくりと進みだした。何人かの村民が、その櫓にしがみ付くもバランスを崩し、危うく横転しそうになったところを残った者が慌てて支えた。


「あほ!片側ばかりにしがみ付くからそうなるんじゃ。補助輪をつけてあるから、左右から交互に乗ればこけはせん、はずじゃ」


「はずじゃ、じゃダメだろ!このガラクタ職人め。それに速度が遅い。こんなんじゃいつになったら現場に着けるかわかったもんじゃない」


「ならば運転手以外、走って行け!乗り込むのは会場に着いてからでも遅くない」


「先行きが思いやられる」


「うだうだ言うな。もう時間がないぞ。ほれ、垂れ幕じゃ。あと、南瓜は積んだか?準備ができたらさっさと行け!」


「お前はどうする?」


「儂はあくまで一般庶民じゃ。巻き込まれて逮捕されるのは御免じゃ。心配するな、援護射撃はしてやるさかい。その代わり、捕まっても儂の名前は出すなよ」


 横で中田君もエライ事件に巻き込まれたと半泣き状態である。


 沈みゆく赤い太陽の逆光を浴び、三基の櫓の黒い影が、更に西へと進みだして行った。

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