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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
ワールドスポーツフェスティバル葦原京
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誇り高き交渉

 幸村朱鷺は桃龍に向けて、口下手なりにも、我らが見立てを説いた。あくまで推測に過ぎない。しかし、村がこのタイミングで西京府の土地に編入されたことで、推測は確信に変わったと、むさ苦しいほどに熱く、力強く言った。息切れさえしている。


 その時、わっはっはあ!と大形なな笑い声が起こった。


「要はお前たち、葦原京を追われてここに逃げ込んで来たということではないか」

猫の坊は、これは傑作だ、と手を叩いた。「まさか、観光協会青年部が聖女無天村に入村希望とはな」

「馬鹿げた解釈をするな」


「違うのか」


「当たり前だ!大宮様、我々は一時的な共闘を申し出ている」


 「これは可笑しな話だ」桃龍は笑いながら言った。「このままでは、この村は議会に乗っ取られるということだろう?観光協会としては願ったり叶ったりではないか。共闘などする意味がどこにあるのか?」


「議会は夢南瓜を合法化するつもりだ。簡単な話だ。独占できれば、とてつもない財源となる」


 十分、幸村に恰好をつけさせた後、ついに高山が口を開いた。張り詰めた幸村のいかっていた肩が、気持ちと一緒に撫で下ろされる。さあ、高山よ、あとは任せたと言わんばかりに、彼は可愛く一歩退いた。


「ここは目下、西京府に属する土地だが、葦原京ではないから、この場で俺たちが手出しすることはできない。つまり、西京府が差し向けた制圧部隊が来れば、お前たちはこの村を明け渡さねばならない」


 桃龍は黙って聞いている。


「この村を明け渡して、これまでの自由な生活が保障されると思うか?残念ながら、夢南瓜はあればあるだけ、言い値で売れる。輸出ができるともなれば、莫大な財を産むビジネスになる。その夢南瓜を栽培できるのは、聖女無天の村人だけだ。つまり、奴隷のように、死ぬまで働かされるぞ」


(馬鹿な!)と廊下にいた春道は拳を握った。


 高山は続ける。


「つまりはこういうことだ。貴方たちは今の生活を守る為、我々は夢南瓜の、今以上の流通を阻止する為に、共闘する」


「我々をこつこつと取り締まっていればいい、今までの状況のほうがマシだってこと」


「そういうことだ」


「随分と妥協したものね」


「俺たちにとっても本意ではない」


「その程度の覚悟なら・・・」


「協力できないと言いたいところだろうが、協力しなければ双方、終わりだ」


「貴様、わきまえろ!」


「テメエが言うか、那智!腐っている野郎に用はない。さがれ!」


「控えなさい!春道」


 桃龍に一喝されては、春道も立場が無い。敷居に踏み入れた片足を、ふたたび廊下にさげて、板の間に正座した。


「失礼した」


「これを失礼とおっしゃるなら、これまでの彼の行動は、我々にとって極刑に値します。色々と、面倒をかけられましたから」


「それを言うなら、あなただって、私にとっては大罪人ですわ。あなたは私の大事な人々の運命を狂わせた大罪人です」


「我々は観光協会としての任務を遂行したまでだ」


「いいえ、あなたがいなければ単なる木偶の集まりですわ」


 木偶の集まりと!

 幸村が嘔吐しそうなほど前につんのめった。しかし、そんな聞き捨てならない発言も、今は議論の対象としている暇はない。幸村は大きく深呼吸して目を閉じ、腕組みし直した。


 桃龍は意に介さない。


「そうね、有沢獅子を処分したことで、観光協会の核はあなたになった。犬若の一件、獏への暴行も含めて私や碧小夜、春道の未来も大きく変えた。それに馬方、西院という私の大きな支えになってくれていた者に対する酷い仕打ち、悪党子と落語家の事件、他に何人の村人を去勢してくれた?お前は何の恨みがあって、私をこんな気持ちにさせるのさ!どの面下げてここに来たんだい!」


「今あなたが述べた全てに関して、俺に一切の過ちはない」


 柘植重衛、旦国寺猫の坊らが立ち上がると同時に、観光協会の面々も立ち上がって両者身構えるも「ここは高天の宮ぞ!」と、清体師の張り上げた声に一同、振り上げた拳の力を抜いた。


「貴方方の南瓜を使った悪習を、葦原京に持ち込んで来たのがそもそもの元凶ではないのか?」


「葦原京への夢南瓜の供給は、お前たちが現れる前から成り立っていたのだ」


「しかしそれが悪習とならば改める必要がある。この神聖なる葦原京に、夢南瓜の氾濫はふさわしくない。それが我々、観光協会が下した結論だ。気に食わなければもとより、議会と組んで俺たちを排除すればよかっただけの話だ。今からでも遅くない。俺たちの申し出を断って、議会と手を組めばいい」


 桃龍はいまにも懐刀を握って飛び掛からんばかりの殺気に包まれながら、高山紫紺を睨みつけている。呪い殺さんとする目つきである。互いが、後の無い、まさに崖っぷちという状況に置かれてはいるが、それでもたとえ僅かにせよ、相手よりも優位な足元を確保したい。

 しかし、この高山という男は、無駄口は叩かぬくせに、言うべきことは無駄なく言い尽くす。蟻一匹がやっとこさ通るほどの理屈の穴すら残してはくれない。この広間に集まった大勢の前で、意気揚々と上座に陣取ったはいいが、徐々に崖っぷちに追い込まれて行くのは桃龍に取って屈辱以外の何物でもなかった。


 玄関側に溢れていた観光協会の面々が俄かに騒めいたのは、ふたりの問答の最中、僅かに沈黙が大広間を包んだ時である。玄関のほうから、乱暴な足音が近づいて来る。


「藤田!」


畳の間に入ってきた男がその名を呼んだ幸村の前に膝まずき、「申し訳ありせんでした!」と畳に額を擦りつけながら喚いた。


「議会は夢南瓜を独占する気です。そして、この村を丸ごと牛耳り、男は労働力として、そして宮女を連行し、ワースポ国際委員会の接待役に利用する目論見です。警官隊が組織されている。数時間後にはここへ到着し、力ずくで制圧する気だ」


「もたもたしている暇は無いのだ、大宮様。俺たちか議会か、どちらと手を組むか、今すぐ決断を下せ」


「・・・」


「時間がない」


「わかった。しかし条件がある。手を組むからには互いを信用するという契約が必要だ。高山紫紺よ、お前の肉体を私に差し出せ。契を交わし、契約とする」


「大宮様!」


「何だ、那智。妬いておるのか」


「お戯れを!」


「お前は私にこれ以上の恥を掻かせるつもりか?」


 そして、察せよ、と言わんばかりに春道に命じた。


「観光協会の指示にしたがい、すぐに準備に取り掛かれ。それから、葦原京に下った村民を一人でも多く連れ戻せ」


「はっ」


「では客人を」


 赤い浴衣を着た禿の少女がふたり、高山紫紺の両脇を囲んだ。


「その者達に従って、我が寝床に参れ」


 高山はふたり禿の脳天を一瞥ずつして、顔を上げ幸村朱鷺に向かって頷いた。


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